第九話 御業
次の訓練日の昼頃、俺達は裏山の巨岩の上部に居た。
「二人共、俺が教えた基本呼吸法をやってくれ。ただし床に触れた儘でな」
これで俺の時の様に、頭の中に地図が浮かぶのだろうか?
「「うんっ」」
自分で魂力が作れるといいんだがな、それが出来れば二人の脳に岩からのアクセスが発生する筈だが。
「なんか変わった事あったか?」
二人は、何の事を問われているのかすら理解出来ないみたいだ。
たぶん駄目だ。こりゃ壁床触りは全部俺がやんなきゃダメか。二人には先行してから、南部全域を先に総ざらいして欲しかったけどな。
「「何もないよ、何だったのこれ?」」
「まあ待て、腹ペコだし先に飯を喰おう」
俺は持って来たランドセルサイズの倉庫箱から、弁当箱を三つ出した。倉庫箱に繋がる亜空間内は時間が止まっていて、腐らず温かい。
「何だそれ! スゲー! どっから出したんだよ」
「シグマ君、これって遺物だよね? まさか二週間の間に?」
「喰ってからだ。兎に角喰え」
皆で景色を眺めながら弁当を平らげた。
「まずは俺が精霊の加護を受けた話だが正確には分かんねぇな、赤ん坊だったし。ただ不思議な力が気が付けばあったのは間違いない」
前世の話をしても仕方ないしボカして話す。
「で、この場所で精霊に仕込まれたらしき呼吸法をしたら、岩が力に反応したんだ。頭の中で地図が浮かんでな。こんな風に」
俺は双子にネットワークを繋ぎ地図を脳内表示させた。
「なっ、何これ? 凄ぇ!ヤバいって!」
走り回るな、落ち着けよ。
「わっ、……これって地図? だよね? しかもマクシズ国のだ。間違いないね前に見た事あるよ。シグマ君どういう事なの?」
俺は二人に脳内液晶画面からの考察や、冒険者達と本当にあった事なんかを説明した。
「マジで! ぶっ殺したのかよ? まあ、その状況じゃ分かるけどシグマ君はもう最初のハードル越えちまったのか。出来っかな俺に……あっ、帝国の剣とか宝が、その荷物に入ってるんだろ! 見してくれよ!」
うっせ。
「シグマ君、とすると精霊様のくれた力は帝国の遺物と関係があって、君だけが今の所は起動する事が可能だって事だよね。しかも秘密の部屋の発見も出来るし、地図で遺跡の場所も分かる。ちょっと怖い位に凄過ぎるよ。信頼してくれて嬉しいけどね」
まあな。
「まだあるぞ、あの山を見てくれ集中してな」
「「えっ、うん」」
赤毛と黄髪は遠くの山をジッと見ている。俺は二人を巨岩から突き落とした。
「「わあっ」」
二人は何とか落下を止めようとしながら空間を掻くが、大して減速せずに着地する。結構な音を立てて着地するが、二人共に何事も無く無事だ。
「「あれっ?」」
呆気に取られた顔で見合う二人。彼ら的には、十数メルドの衝撃が3メルド位に感じた筈だろう。俺も跳び降りて着地する。
「「うわあっ、シグマ君! 大丈夫?」」
「ああ、平気だ。
脳内プログラムのお陰でな」
二人に、俺のプログラムの能力の事や魂力などを説明した。
「ヤバい、凄過ぎ、何これ何なの!」
赤毛が壊れた。
「ちょっと僕の予想を越え過ぎだよシグマ君、でも先に冒険者になって出発する僕らに何をさせたいか分かって来たよ。色々な情報だよね? いや、でも伝える術がないから合流するまで意味ないか」
普通に戻った赤毛も頷く。
「考えてあるぞ、地図でズームして俺を見てくれ」
俺は前後左右に動きまわる。コンビ達には点が規則的に動いて見えている筈。これを決めておいた言語と対応させれば、簡単な会話位は出来るだろう。
「あっ、そうか! 信号だね! でも距離的に大丈夫かな?」
「やってみないと分かんねえな、駄目なら仕方ないしな」
ネットだから本当は通信を期待したが、お互いに魂力で発信し繋がらないと無理らしい。他の人間は、俺から貰ったプログラムを作動させる位しか出来ないみたいだ。
「ともかく、俺としては二人に色々情報を貰って、合流する頃には南部全域の秘密の部屋総ざらい位は終っていたいと思ってる」
「なるほど、僕らも宝は貰って良いって事か」
「そんなトコだな」
「俺達さあ凄い金持ちになれんじゃん、だろ?」
「狙われる危険も増えると思うよ。シグマ君ほど強くはないし慎重にしないとね。禿鷹共に喰い物にされるよ」
「細かい事は後で詰めるとして、俺もトマスさんの木こりの手伝いをやって身体を作るつもりだ。お前らもウチの父さんの手伝いをして森の基本行動位は学べ。あとフォクス叔父さんに話は付けたから、三人で字と計算を習おう」
「えっ、俺もかよ! 冒険者にそんなの要らねぇよ」
「駄目だ」
俺が睨むと観念した様だ。さっきのテンションどこいった。
「ファミレス落ち込むな。遺物の炎剣とか見せてやるから、あとお前らに死んだ冒険者の武具もやる。今ここに持って来てるぞ」
「嘘っ、炎剣っ! 俺の武具っ! 見せて!」
もう復活したか。
そんな訳で今世のメインプロジェクト[この世の宝は全て俺の物]はスタートした。
深夜、突然にミレーヌの陣痛が始まり家族一同大騒ぎした。産婆を呼んで湯を沸かして清潔な布を用意した。
「ヒーヒーフー、ヒーヒーフー」
俺が教えたラマーズ法でミレーヌが呼吸をする。横にハンナが付いていて一緒にやっている。
男の俺が産婆の手伝いを申し出て変な顔をされたが、フォクスの口添えで何とかなった。
産婆の肘から先を石灰水に浸し、産褥熱対策も終える。この世界の衛生観念では、消毒の対策すら疎かにされるから死亡率も高いがこれで大丈夫だ。陣痛の間隔も5アル程になり、いよいよお産が始まった。
「こっ、こりゃマズイ逆子だ!」
産婆が焦った声で告げる。逆子とは足元から産道を通ることで頭が引っ掛かり、赤ん坊が窒息死する可能性が高い事を意味する。確かにマズイが、この為に俺が居るんだ。
「母さん、御願いします」
ハンナが打ち合わせ通りに俺の手を取って誘導する。産婆の手元を伝い赤ん坊の足先に触れて、脳プログラムを作動させた。
「多少強引でも早く取り上げろ!」
焦ってたのか、怒鳴ってしまった。産婆は躊躇いを捨て、ちょっと強引に赤ん坊を見事に取り上げた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
男の子か。
ミレーヌを見ると、女性が大仕事を終えて一番美しく誇らしい顔をする瞬間を見て満足する。
「私の赤ちゃん……ありがとう生まれて来てくれて……抱かせて」
今度は、女性が慈愛溢れる母親に変わった瞬間の顔を見て感動する。俺の仕事の報酬としては充分だ。格好付け過ぎか。
「良かった~。ミレーヌおめでとう~」
ハンナも笑顔で祝福している。
「ミレーヌ!」
フォクスが扉を開け駆け寄ると、震えながら母子共に抱き締めた。産婆に怒られて泣きながら離れる。夫婦間で高齢出産の為に色々葛藤があったろうに良かったな。この従兄弟はイクスと名付けられた。
こうして第4プロジェクト[生命の神秘、神の御業]は大成功した。