第六話 遺跡
「お話したいことがあります」
俺の家でお食事会を開いて、食後のお茶を飲んでいる両親と叔父夫婦に声を掛けた。
「森が騒がしいのです。何かが起きています。良くない事が」
「何かがかい? 森で?」
フォクスが不思議そうに言う。まあ、漠然とし過ぎるのだろうな。何かが起きているって言われても困るか。
「俺は何も感じねえぞ、気のせいだろ」
ジュゲムは呑気に茶を啜っている。ジュゲムだけに理屈ではなく、普段の狩りで感じた事を本能で言っているだけなのだろう。
「毛人達とか~? 集まると大変になるし~」
「大毛人って線もあるわね」
この世界には化物が色々と存在するらしく、特に毛人や大毛人と呼ばれる化物は女性の天敵なのだ。繁殖するために女性を襲う為、女性が嫌う化物の代表的種族だったりする。人型で毛が余す処なく体を覆っている化物だそうだ。
「胸騒ぎがします。叔父さん、冒険者に調査を依頼出来ませんか? 僕の気のせいなら良いのですが、何かがあってからじゃ遅いと思います」
俺は前世のドラマの様に、意味もないのに観音開きの木窓の傍へ行き、外を眺めながら苦しそうに胸元を手で握りしめる。深刻そうな雰囲気出ていると良いが。
「う~ん、まあ昔よりは金銭にも余裕が有ります。他ならぬシグマが言う事ですし。依頼を出しましょう」
フォクスには常々精霊の加護がある感じを匂わせていたので、何だかんだ言いながらも信じて依頼を出すと言ってくれた。済まんな。
フォクスがハグナムさんに手紙を出してお願いをした。冒険者に調査を依頼したいと。そして3週間後、四人の冒険者が村にやって来た。普段からハグナムさんと懇意な冒険者は別件で忙しく都合が付かなかったらしい。だから彼らはハグナムさんですら知らない奴らだそうだ。狩人見習いを装い尋ねると、彼らは明朝にも出発するそうだ。その夜に家族をもう一度集めて話をした。
「実は昨夜、就寝後に夢の中で精霊様にお会いしました。精霊様は僕に【邪悪なる獸を討伐せよ】と仰いました」
んな事、誰も言ってねえし。俺が遺跡を探索する為に創った捏造だ。
「邪悪なる獸ですか、どんな獸なんですか?」
フォクスは耐性が付いた様で冷静に聞いてくるが、他の三人は状況に追い付いていないのか、初めて精霊に付いてのカミングアウトをした俺の告白で固まっている。フォクスが見かねて説明をした。以前から俺を通して精霊が干渉してきているのだと。半信半疑の三人だったが、フォクスへの信頼からか渋々だが信じてくれた。
「僕もどんな獸かまでは知りません。しかし感じるのです。奴の邪悪な波動を……今この時も着々と力を蓄え、この国を喰らわんと爪を研いでいます」
奴って誰だよ奴って。俺も大概だな。滅茶苦茶に胡散臭い。
「駄目だよ~シグマじゃなくて国がやれば良いよ~」
ハンナが半泣きで言ってくる。ハンナ、俺が大物になる為には必要な事なんだ。無理言って済まん。
「そうね、その通りよ。こんな時こそ国が何とかしないと」
漸く孕む事が出来て、妊娠三ヶ月目に入ったミレーヌも反対してくれた。遂に妊娠出来たのだ。胎教に悪い話で済まん。
「俺がぶっ殺してやんよ!」
ジュゲムよ。そんな化物なんて居ねぇし、分け前やっから。な? 堪えてくれや。
「父さん、気持ちは嬉しいけど精霊様はこうも仰っいました。家族を庇いながら戦えば、僕も含めた全滅する未来が見えたと。奴は禍々しい力を秘めています。国が動いても犠牲者が出るだけです。だから明日の朝、冒険者に適当な理由を付けて奴の傍まで連れていって貰います」
俺がお宝見て、欲深く笑ってる処なんか見せらんないよ。
「「「そんな」」」
ハモんなよ。
「勝算は有るんですね? シグマ」
流石はフォクスだ、冷静に訊いて来た。
「僕は幼少の頃に、精霊様から加護を賜わりました。身も心も精霊様と共にあります。大丈夫ですよ」
俺はニッコリと微笑む。
前世で俺は宝くじを買うとテレビ台の上に置き、たまに見てはひょっとしてなんて考えてニヤニヤしていた。それが例の力に対する今までの俺のスタンスだ。今の状態はそれに加え宝くじ番号下二桁以外は当たりの確認をした感じだ。チートだったら人生変わるし、遺跡を探索してでも危険を被る価値はある。それから結構ジュゲム達に反対されたが、フォクスの口添えで何とか言いくるめる事が出来た。
「仕方ねぇ。腹は決まっちまってるみてぇだな」
ジュゲムは不満顔だ。
「帰って来ないとダメだよ~」
本泣きするハンナ、鼻水垂れてるぞ。
「そうよ、この子にも会ってあげて。シグマ約束よ」
腹を撫で上げ、目尻を光らせるミレーヌ。家族からの心配は嬉しいが、決心したのだ。今世で俺は大物になると。それにはまず金が必要なのだから。
こうして[邪悪なる波動]計画は発動した。
明朝、村の空き家へ行くと四人の冒険者が準備をしている最中だった。
「お早うございます、聞いていると思いますが今回案内役をさせてもらうシグマです」
フォクスに頼み、孤児の狩人見習いが途中まで案内するという筋書きで説明して貰った。本職のジュゲムは、体調不良で動けない設定になっている。説得に随分と苦労したのだ。
「お前が案内役かよ。まあ狩りの範囲なんて知れてるから良いけどな、足ひっぱるんじゃねえぞ」
ゴリ男が偉そうに言ってくる。何様なんだ。
「一応こんなのでも案内役だ。あんま言ってヘソ曲げられたら困るぜ」
前髪がツンツンした痩せ型の野郎も、何か戯れ言を吐きやがる。
「そうそう、ネリアンの言う通りガキでも自分達の狩場位は案内出来るっしょ」
フツメン野郎、お前もか。
「あら、可愛い子じゃない。オビートの言う通りよ流石にそれくらいはね」
ゴリ女に可愛いとか言われても嬉しくないぞ。
「エンリエッタがそう言うなら仕方ねぇか」
渋りながらも自己紹介してくれた。ふむ、シャイアントゴリ男、ネリアン痩せ型、オビートフツメン、エンリエッタゴリ女、か。
「宜しく御願いします。僕は見習いだけどちゃんと案内出来ます」
「準備は全員出来た見てぇだな。村長に会ったら出発すっぞ」
シャイアントがリーダーの様だな。予想通りか。
「あっ、フォクス村長が昨夜に顔合わせは済んでるんで、好きに出発して欲しいと伝言されてます」
家族の心配顔で、勘繰られると困るしな。何しろ精霊の加護を受けている設定だとしても、ジュゲム達からしてみれば納得しかねるのだ。洗脳し……いや精霊の加護持ちだとの考えを馴染ませて来たフォクスの説得がなければ、出発は難しかったかも知れない。
「チッ、愛想のねえぇ野郎だな。よし出発だ!」
シャイアントの号令で俺、ゴリ男、痩せ型、フツメン、ゴリ女の順で森に入る。俺の仕事は狩場の南端までの案内役だ。上手く誘導して、そこから地図の光点まで連れていって貰わんと。
シャイアントが壁役で盾持ち小剣、ネリアンが牽制で両手短剣、オビートが槍で削る、エンリエッタが弓矢を打ち込む、そんな感じかな。全員が分厚い革の服と革の帽子だ。鎧兜の重装備とかじゃ、冒険者の活動的な行動は出来無いのだろう。狩場は珠にハグレ小毛人が一匹出る位だし、昼過ぎには狩場の南端位かな。
予定通り昼過ぎに狩場の南端で昼飯を食いながら、連中は調査計画を立てている。最も計画といっても行ける処まで化物狩りをして、魂石と呼ばれる石を化物から取り帰ってくるだけの事だ。魂石とは化物の胸中部にあるビー玉サイズの赤石で、古代帝国遺物や現代魂道具の動力源として色の濃淡によりピンキリの値段で売られ、人体からは出ない謎物質らしく研究しても分からんらしい。
遺跡から発掘される遺物と呼ばれる出土品は、強い力を持ち高額で取引される。これは数も少なく誰も造れない。現代魂具の方は前世の量産電化製品的な立ち位置で、遺物から解析出来た仕組みを元に職人が造れるらしい。一説には化物は古代帝国の作った家畜で、遺物の動力源である魂石採取用だというのもあるそうだ。多分だが、物語の魔石みたいなもんだろうか。
「あのっ、すいません! ちょっと良いですか? お話したい事があるんです」
空気扱いの俺が冒険者達に声を掛けた。
「何だよ、餓鬼が大人の話の邪魔すんじゃねぇ!」
シャイアントが吠える。
「取引したいんです」
オズオズと口を開く俺。
「何を言ってんだお前?」
ネリアンは呆れ顔だ。
「古代帝国の遺跡が有るかも知れない所を、知っているんです!」
ちょっと得意げに胸を張って、餓鬼っぽく言ってみた。
「何だと!」
シャイアントとネリアンは目を剥いている。
「本当なのか?」
オビートとエンリエッタは疑ってるな。猜疑の光りが目に宿っている。
「はい! これを見てください。森で見つけた冒険者の死体の傍に落ちていた地図です。ほら此処です! 帝国遺跡って描いてるでしょ!」
勿論、羊皮紙を古ぼけた様に加工した出鱈目な地図だ。一瞬だけシャイアントとネリアンが剣の柄に手をかけ、オビートとエンリエッタが僅かに首を振るなんて素振りがあった。それに気付かずに大人に凄い事を話して興奮した子供を装い、続きを話す。
「村長の家にこの辺一帯の古い地図があって、ずっと勉強してきたんです。孤児の僕が這い上がる為には、財宝を見つけるしかないと思って。山分けしますから此処まで護衛して欲しいんです。どうですか?」
「この辺一帯の地図ってのは、どこにあるんだ?」
ネリアンが訊いてくる。
「村長の書斎と僕の頭の中です。帝国遺跡の地図の方は地図範囲が狭いから、場所の特定に随分と時間が掛かったんですよ」
つまり俺しか場所を特定出来ないと言った訳だ。途端に四人が舌打ちしそうな表情になり、目を見交わして何らかの合意に達してから頷いた。何の合意だか。
「取引しようじゃないか、それで距離は? あと村を何日も離れてお前は大丈夫なのか?」
オビートが確認してくる。ま、当然だな。
「ハハッ、僕は村の厄介者ですから大丈夫です。表向きは狩人見習いと言っても、随分と長い間雑用ばかりをさせられています。居ても居なくても誰も気にしませんよ。距離は片道4日位だと思います」
暗い顔で自嘲し俯く。
「決まりだな。山分けで遺跡まで護衛しようじゃねぇか。いいなオメぇら!」
吠える。
「「「応!」」」
吠える。
その日は皆が精力的に道のりを進み夜営場所で保存食を喰うと、俺以外でローテを組んで見張りをしながら寝る事になった。
「餓鬼は寝たのか? 狸寝入りじゃないだろうな?」
シャイアントの声。
「大丈夫ね、間違いなく寝てる時の寝息よ」
エンリエッタが俺を確認した。
俺は呼吸に関した事はちょっとしたもんだから、余裕で騙せる。
「まあ分かってると思うが、お宝見つけて帰るだけになったら餓鬼はバラすぞ」
シャイアントが言う。やはりな。
「「ああ、分かってる」」
オビートとネリアンは良い返事だ。
「可哀想ね、あんなに可愛いのに」
「んな事言って二年前の餓鬼ん時は、結局お宝を前にしたエンリエッタが止め刺したんじゃなかったか?」
ネリアンが茶化す。
「仕方ないじゃない、あの子供が聞き分けない事言うからよ!」
屑だな。前にも似た様な事が偶然にも有ったのかな。騙し易くて助かったが、餓鬼の冥福を祈ろう。
「声がでけぇよ。よし決まりだな。それまで餓鬼はいい気分にさせとくか。皆頼むぜ」
「「「分かった!」」」
これで勝手にだが言質は取った。この計画はAプラン、Bプランがある。Aプランは、冒険者が善人だった場合には仲良く山分けをする。んでもってBプランは、今この時から発動したって事だ。しかし腹に据えかねる連中だ。
次の日からは森の奥深くへ差し掛かった為か、何度か化物と遭遇した。毛人五匹、毛人三匹、毛人七匹の順番にだ。この毛人と云う奴は成人男性位の能力しかないが気合いが凄く入っていて、油断していると奴等の手作りの槍を喰らって殺られそうだ。根棒と盾を持っている奴も居て、防御しながら襲って来て更に厄介だ。冒険者達は屑だが中々の連携を見せ、化物共を倒してみせた。驚いたのは剣術流派が存在しないらしい事だ。愛想がやけに良くなった彼らに聞いたが、意味が分からない様で首を傾げている。
彼らの剣術は実際の処、ヤンキー金属バット流のまま成長したらこんな風になるだろうなって感じだった。年季がある分それなりに攻撃力はあるが、実際には隙だらけだ。まあ中には千人に一人位は天才がいてもおかしくはない。だが流派を開く事での名声や利益よりも、自分の純粋な利益中心に考えているのかもな。これなら自己流で棒切れ振ってても良かったか。
それから四日位して、遂に遺跡の見える丘までやって来た。
「あれだな! よし行くぞ!」
四人の頭には、都合の良い展開が浮かんでいるのだろう。あと俺の事は何時でも始末出来るからか、アウトオブ眼中だ。最悪の場合には脳地図を頼りに姿を眩ませる事や、唐辛子のハルマゲドンモード及び毒茸での毒殺位は考えてはいるが、多分大丈夫だろう。