第五話 地図
村は以前よりずっと暮らし易くなり、晩飯換算でオカズが二品増えた感じだ。前にフォクスへ[おっきーの]伝言を使って新型農法を広めさせておいた成果と、スパイスボールの売り上げが効いてる様だ。
フォクスは貧しい時期において、冬越え時の食糧備蓄や住民達の不平不満で忙しく大変だった筈だ。今も忙しいが、村の余った穀物や他の貧困な村々がコツがあるなら教えて欲しい、なんてのをどう恩に着せようかニタニタしながら考える、もはや趣味なのか仕事なのか分からない事や村の唐辛子資金で不便な小川に橋を掛けるか、それか村の防備柵を補強するか等々、嬉しい悲鳴っぽい感じだ。
お陰で村の唯一の識字人フォクスから字を習いたいのに、時間を取って貰えないのだ。暫くはフォクスが暇に成るのを待つしかないか。
さて、今日もジュゲムと狩人の修行中だ。村の裏には山が聳えていて、頂上まで徒歩で二時間位掛かる。ジュゲム曰く沢山の獲物が棲息していて、山道を登る甲斐はあるのだそうだ。朝から出発し頂上付近に着く昼前には兎を二羽ほど狩って、血抜きも済んだ物が背負い袋の中に仕舞われている。
「父さん、お昼は頂上で食べるんですか?」
「そうだ山頂に丁度良い場所があるぞ、見晴らしも良くて見物だぞ」
ジュゲムは笑顔で答えてくれたが、それでも恐ろしげな顔に見えてしまう。幸い俺の顔は両親の怖顔と可愛い顔が丁度良い具合に融合して、濃い色男になった。前世はモンゴロイド系のノッペリ顔だったので、嬉しかったりする。
山頂には前世の学校校舎位の巨大な岩があり、明らかに人工物の四角い一枚岩だ。古代帝国時代の物らしいが、滑らかな表面に上部は平らで、見晴らしも良く遠くまで見える。何の為の物なのか考えたが、おそらく見張り台か何かだな。二人で側面に付いている階段を上がり、昼飯にする。
「やっぱハンナと一緒になって良かったな、料理は上手いし可愛いし言う事ねえな」
ジュゲムの恋女房に対する惚気を聞きつつ、ハンナの作ってくれたパン、ハム、チーズ、レタスっぽいのが入ったサンドウィッチを食い、のんぴりと景色を眺めた。
暫く経って、ジュゲムからウンコしてくるから待ってろと言われ、大人しく待つ事に成った。景色の良さや山の天辺岩の状況は修行っぽいと思い、座禅を組んで呼吸法をやり始める。何時もの様に力の波動が腹から湧き出し俺の体を包んだ。これに意味が有るのか無いのかすら、未だに分からないのだから虚しくなる。
「魂力の入力を確認しました」
突然アナウンスがあり、頭ん中に前世の液晶画面に近い物が展開され、地図らしき物が表示された。
何だ!
辺りを見回すが誰も居ない。ひょっとして只の巨岩に見えるがこれがやったのか? 古代帝国由来の巨岩が、俺の謎の力に反応した?
謎の力について分かった事はなく、只々身体に力が溜まっていた感覚がしていただけだ。周りの人々に訊いても、誰も何も知らないと言われただけだった。双子にも呼吸法を教えたが、前世の一般的な効果を越える物ではなし。自分なりに試行錯誤はしていたが、まったく反応もせず諦めていたのだ。
古代帝国由来の巨岩が謎の力に反応した事で、一つの仮説が出来た。昔は、この力を皆が自由に使えたのではないかと。俺が特別なのでは無く、周りの人々が異常に成った。古代に神の力とやらを失った時にだ。魂力とかアナウンスしてたし、古代の人は何らかの理由で魂を汚染されたとか?
前世から転生した俺だからこそ汚染されていない純粋な魂を得ていて、古代帝国由来の巨岩を起動出来た? まだ幾つかの仮説が建てられるが、推測であって不確かなもんだ。
まあ、この世界の人間が失った魂の力みたいな物とでも思ってりゃ間違いはなさそうだ。そしてこの様子だと、俺には古代帝国の技術が使えそうだと云う事。これで俺ですら規模の把握が出来ない程に溜まっていた謎の力の活用法が、見つかるかも知れん。
どうやら座禅の最中に魂力とやらが俺から漏れて巨岩に触れ、それを切っ掛けに巨岩が起動したとみえる。そして俺の脳に巨岩からプログラムらしき物が送られて来たのかな。
俺の脳内に展開された地図には無数の光点があり、現在地表示機能もあるようで青い光点が南部の端っこに見える。自分の使いやすい様にカスタム設定もあって、自由度がかなり高い様だ。見た目は液晶画面に、地図だけ突っ込んだ感じかな。
地図の上部の所に全体を示す物なのか[ゲヘナ帝国資源開発特区地図]とあった。しかも日本語でだ。何故に日本語……
「シグマ! おいっ!」
突然肩を揺すられ振り返ると、ジュゲムが俺を覗き込む様に見て息を吐いた。
「シグマ、返事ぐらいしろ」
「ごめん父さん、景色に見とれて気が付かなかった」
情報を整理したいが注意力散漫に成って怪我をしても困る。家までの辛抱だ。帰るまでが遠足とも言うしな。でも一つだけ頭から離れない事があった。ジュゲムが糞をひりだした後、俺の肩を叩く前に手を洗ったかどうかだ。
それから数週間、隙をみて何度か巨岩の調査をした。そしてあそこは前世の地図案内板の様な物と結論付けた。何故なら、地図しか液晶画面に表示されないからだ。しかしこんな凄いシステム構築しておいて、それだけで済ますとは思えない。
もっと凄いプログラムが何処かにある筈だ。そして地図名が日本語だったのは、俺の一番知ってる言語を巨岩が読み取り表示しただけの様だ。脳にあんな感じでアクセス可能なら、難しい事じゃない。
あと地図上には古代帝国時代の街の緑色光点も有るのだが、外食ペアからの情報じゃ古代帝国時代の遺跡は発掘すれば随分と儲かるらしくて、皆が古代帝国遺跡を探しているそうだ。
すると俺の脳内地図の価値は、跳ね上がる処か天井知らずだ。地図に載っている数え切れない遺跡であろう緑色光点が、宝石に見えて来た。上手く立ち回れば凄い事になる。それに古代都市のお宝や冒険を想像すれば、俺だってそれなりには興奮する。
俺が地図を意識して念じると、地図が俺の脳内に現れる。視覚で見ている景色と、脳内地図を同時に両方認識しても混乱しない造りになっている様だ。
俺の現在地から最も近い緑色光点は、村からは南の裏山を越えた先、何日か掛かる所だ。名前が[災害用物資保管所]とある。地図を見れば東西南北全てに同じ施設がある。東の塩湖、西の鉱山、北の王都だ。
今すぐにも一番近い緑色光点の場所に行ってみたいが、色々と越えなければいけないハードルがある。まずジュゲム達の了解を得る事や、流石に人里から離れると化物に襲撃される恐れもある。
もう少し大人に成るのを待つか? いや、今までは俺の暫定的進路であった狩人だが、ジュゲムもそろそろピクニックの延長の様な物から本格的な訓練を始めるのかも知れない。
もしも散々ジュゲムから狩人の訓練を教わった後に、古代遺跡から特殊な能力プログラムを入手したから俺は狩人じゃなく冒険者やりますじゃ、ジュゲムに申し訳ない。
それに凄い能力プログラムを入手すれば冒険者に成る助けになる。それに最初の生活を支える種銭も流石に必要になるだろう。今、行くべきだ。
あと単独行動なんて自殺行為だから、誰か連れて行かないと。双子は? 駄目だ腕は上がったけど危なっかしいし、まだ子供だ。冒険者でも連れてくか? でもこの世界にテンプレ冒険者ギルドは存在しない。魔法冒険者カードもなければアルファベット式ランクもないらしい。
精々酒場の端っこの掲示板に依頼が貼ってあり、札を取り連絡を取って始める原始的な物だとか。成果は独り占めしたいし悩み処かな。これは色々と策を練らないとと無理か。