第三話 猿
あれから更に1年が経って六歳だ。唐辛子の販売は順調で、村の特産品になったほどだ。それと農業は結果が分るのに時間が必要なので置いておく、問題は今の処なさそうだしな。
村は順調だが、俺自身に関しては順調ではなかった。例の呼吸法の際に発生する力の波動が、溜まり続けて居るのは分かるのに、全く使えないのだ。ラノベ定番の魔力だと思い、魔力体内循環とか無詠唱とか現代知識魔法とかステータス百万回連呼、なども全部試したが全滅だった。全く無駄な事をしているだけかも知れないが、何かコツ及び秘密があるかも知れない。日々の修練は欠かせんな。これを使える様に成れて、そして大物になれれば良いが。
この力の波動の能力開発が、失敗する可能性も充分にありえる。その場合は家業の狩人でコツコツ遣るにしても、最低限の武力は中世レベルの世界では必要だ。
ジュゲムに弓を習うだけじゃ足らないだろう。魔法は皆に訊いても知らんらしいので兎も角として、剣術の出来る奴もいないのは酷い話だ。
俺が前世で読んでいた物語では、元宮廷魔術師が村外れに住んでるか、父親が凄腕剣士で母親が魔術師と相場が決まってる筈なのにだ。せめてもの出来る事で、自主練習をしよう。
実は前世の実家は、先祖代々古武術道場をやっていて化け物みたいな祖父に48の殺人技を叩き込まれてはいないので、小学生の時の子供空手教室で習った事で凌ぐしかないのだ。それと王さん健康教室で暇潰しだからと王さんから教わった事も有り、赤ん坊から努力していて極めさえすれば凄い技の筈。
あと適当に棒でも振って剣術のマネゴトしても変な癖が付きそうだし、ジュゲムに弓を習って近距離は打撃屋さんで凌ぐ、そんな感じだ。
前世では打撃屋オンリーだったから、組み系は敬遠しがちだった。でもそうも言ってられんし、出来るだけ練習する事にする。
実戦じゃ相手は剣とか振って来るし回避主体だな、でも鋼鉄の手甲とか付ければもっと安全に防御できそうだ。基本は拳闘ケンカスタイルでいこう。
とりあえず身体が出来上がってないから、身体のハード面は今は諦めるしかない。どのみち暫くすれば家の手伝いが始まり、全てが人力で行われる為に充分過ぎて筋トレに匹敵するだろう。今はソフト面の柔軟な身体と、神経や感覚を鍛えて行く。他にも色々やって、ゆっくり身体を作るが無理は禁物だ。
そんなある日、俺はお気に入りの手作り下駄をカランコロンさせながら家路へと急いでいたら、後ろから声を掛けられた。
「おい! お前ジュゲムさんの息子の、空き地で変な踊り踊ってる奴だな?」
振り向くとちょっと大きな子供がふんぞりかえっていて、隣に年格好が同じ位の奴がニヤニヤしてた。たぶん産まれてから家族と村をやっと把握し、子供達の中じゃ結構大きいんで安心して調子に乗ってるな。
大抵この後はラノベじゃ「手下にしてやる」から始めて主人公が「嫌です断ります。訳が分かりませんし」で「何だと!」で殴って来て、主人公が「仕方がないな」って正当防衛返り討ちして、「後悔させてやるからな! 覚えてろ!」ヨタヨタ逃げる。それからずっと嫌がらせされ続けて、幼馴染みのケモミミが人質にされ怒ってチート勝ちのパターンだ。でも幼馴染みケモミミいねぇし。それどころか、この世界には普通の人類しか存在しないのだ。
「手下にしてやるあがっ?!」
主人公みたいに正当防衛での自己弁護は必要ないので、完全に油断している間抜けの虚を突き懐に飛び込み、身体全体で倒れ込む様に捻り挙げた肘を間抜けの顎に叩き付けた。
目を回しフラフラしているガキ大将は放って置いて、大将の後ろで驚き固まっているニヤニヤ野郎の鳩尾に右ストレートを叩き込みゲロ吐き野郎に変えてから、二人に跨がり尋問を開始した。
これ以上身体に怪我はさせられない為に、張り手で二人の頬を叩き声をかける。
「名前は?」
二人共、泣いて怯えている。
「ファミレス……」
ガキ大将が答える。
「コンビ……」
ニヤニヤが答える。
飯屋と便利店か、前世でよく世話になった外食ペアだな。正座を教えて座らせ、俺は椅子位の大きさの石に座る。
「で、誰が誰の手下だって?」
二人は顔を見合せ、躊躇いながらも言った。
「俺達の手下にするつもりでした」
「なんで俺なの?」
「勝てると思って……だから」
「今はどんな感じ?」
「「すいませんでした」」
腫れた頬を水で冷やさせながら身の上話をさせると、木こりのトマスさん所の双子で三男ファミレスと四男コンビだそうだ。長男は家を継ぎ、次男はどっかの村で婿になり、二人は冒険者になるそうだ。物好きだな、俺は例の力が物になるならやってもいいが。二人は剣術を鍛えているらしいので見せて貰うと、ヤンキーの金属バットの使い方と変わりがなかった。
俺もチャンバラのたいした事は知らないが、青眼の構えを教えると感謝し態度もほぐれ、また教える事を約束をすると帰っていった。まあ躾るのも大人の義務だと思いながら、家へと帰る。
今回二人に追い込みを掛けたのは、物語の主人公みたいな中途半端なケンカの仕方が一番拗れるからだ。相手に「覚えてろ!」何て言わせて逃がす時点で甘すぎる。喧嘩も戦争も、どんな形で終わらせるかの後始末が一番大事なのだ。
あと、ビンタで二人を見極めていたのだ。何発叩こうが最後まで睨み付けてきて危険度マックスなら、何らかの処置が必要だと思っていた。幾ら子供でも、親から最低限の毒性植物位は習う。それを使って最後まで突っ走る馬鹿は居るのだ。
前世じゃ検死であっさりバレるのに、やる奴は居た。中世なんかじゃ完全犯罪が可能だし、中世を舐めてなけりゃ有り得ると考えて行動するべきだ。
前世の軍隊じゃ何故敵を殺すのが必要な事なのか、キッチリと兵士に教育するらしい。これは理由付けがちゃんとしていると、罪悪感が薄れる為にだ。それに敵を殺す時に、一々罪悪感持たれても困るのだ。
俺も現在が中世な異世界だと知って、すぐに俺自身の教育を始めた。周りの大人達の意見を聞いたりもする。流石に中世の人間は、子供にでも温い事は言わないな。「生き残る為なら何でもしろ」とか「殺られる前に殺れ」など、実に有意義な意見を聞けた。生き残る為には、そうじゃなきゃ駄目なんだろう。もっと積極的に洗脳してもらうべきだな。
両親に餓鬼をぶん殴って泣かして謝らせて仲直りして、色々相談に乗る事になったと話した。そしたらジュゲムが俺も昔は暴れたもんだとか、父親の定番のセリフで武勇伝を語り始め、ハンナは俺に友達が出来たと大喜びしていた。
今日も空き地で訓練をしていると、二人がやって来た。ファミレスは赤毛で碧眼、コンビは黄髪に緑眼で、兄弟揃ってガタイが良い。
「シグマ君、今日も何か教えてよ!」
ファミレスは、嬉しそうに赤毛を揺らして頼んでくる。
「前に教えて貰った奴、二人で試したらシグマ君の言うとおり防御がしやすい構えだったよ」
コンビも黄髪を揺らし、報告してくる。
困ったな、チャンバラなんて分からんぞ。準備体操でストレッチをやらせたが、意味が分からないのか変な顔をしている。強くなれると断言すると、痛がりながらもやり始める。
チャンバラは知らんが身体の効率的操作は教えてやれそうなので、二人を猿化させて見よう。勿論、満月みて大猿になる訳じゃない。俺がやってる身体の効率的操作方法だ。訓練を終えると二人共地面に突っ伏してるので、ちょっとやり過ぎたかも知れない。
「二人共、盾は使わないのか?」
「なんか格好悪いし、面白くないから使って無いよ」
と、ファミレスが言い。
「盾と剣で別々に持つんなら両手に剣持った方が強そうだけど?」
コンビも盾否定。
戦闘では防御は大事だ。だが練習は地味で辛くて、成果も出るのに時間が掛かり嫌んなる。逆に攻撃練習は楽しいし爽快感もあり、成果がすぐ出るから皆やる。だが長い目で見ると、強くなるのは防御練習をじっくりとやった奴だ。盾に誘導した方が良いな。あと二人共にとは言わないが、せめて片方ぐらいには槍を持たせたい。
「でも敵も攻撃してくるぞ、どうすんだ?」
「「殺られる前に殺る」」
二人でハモりやがる。ここで、周りの大人の洗脳が悪い方に行ってるな。じゃあ俺も意味を歪曲して使うか。
「じゃあ生き残る為なら何でもしろは? 盾を使えば生き残れるんじゃないかと思うんだが」
「「なるほど!」」
簡単に転ぶな、子供だしこんなものか。
あんまり考えてないのか、自分達より相手が強ければ言うことを聞き逆だったら聞かなそうだ。だから二人との身体の効率的操作のスペック差を使い、木槍で圧倒したら槍をコンビが使う事になった。ファミレスが片手小剣と盾、コンビが槍のラインナップだ。やっぱ敵をチクチク削る方が、安全だよな。将来的に二人が俺にとって、プラスになればいいが。