ニートの俺がVRMMOをやったら、職業ニート以外なかったけど最強だった
全世界に向けて発売されたフルダイブ式RPG――――その名も、マネーキングダム。内容はただ単に生活するだけの簡単なVRMMOである。しかし、通常のゲームと違うのは、お金が沸いて出てくる事である。それはどこかの国の石油とかそんな感じ。世界もそのシステムに魅了されているのだ。
そのシステムは、戦闘で得たゲーム内通貨を現実通貨として扱う事ができるのだ。しかも、それは一円→一円のままだ。ここまで美味しいゲームはないという噂が出てきて、世界のゲーマーは皆本気でゲームを購入しようとしていた。
本体価格は十五万円と高いが、なんといってもモンスターからお金が溢れてくるのだ。別に高いわけじゃない。
高校生の引きこもり――――鷺宮 慶も、そんなゲームに興味がある一人だ。自宅がお堅い感じで、ゲームなどさせてもらえなかった慶。しかし、そんな慶も今はゲームにハマっている一人なのだ。というのも理由があり、彼はずっと政界系で働いてきた父親に勉強を強要されて、遊びというのを知らなかったのだ。
遊びを知るようになってから手を出したのが、簡単なテレビゲーム。それにハマり、今度はネットゲーム。そして、最終的にたどり着いたのが、VRMMOなのだ。
彼が遊びを知ったきっかけは、父が何者かに暗殺されてからだ。総理大臣となった彼の父は、それはもう反感を喰らうような事ばかり発言していたので、仕方がないとさえ思える。今となっては、死んでくれてよかった。母親も一生使っても使い切れないほどの金を手にした。
そして、俺にも当然資金が巡ってくるわけだ。俺の存在を公に晒したくない家族は俺だけを、まるで核兵器のように隔離したわけだ。それはそれでアリだったのだが、何かしろ仕返しがしたかったのだ。そこで俺は考えた。金持ちになって見返せばいいのだと。
俺の結論は、マネーキングダムに辿り着いた。このゲームで頑張れば、きっと母親も家族全員が俺の事を見直す筈だった。
「さて……ネット仲間はもうINしたのかな」
一体今がいつで何時なのか、さっぱり分からなくなってきた今日。引きこもり生活が長いからか、時計も日にちも確認しないようになったせいで、今が寒いのか熱いのかすら分からない。正直なところ、この世界にはウンザリしていたから仕方ない。
ヘルメットを被り、ボタンを押す。すると、体に不思議な浮遊感が生まれる。耳元では『メインシステムの起動を開始します』とか言っている。
――――俺の復讐が始まるんだ。
瞳を閉じると、意識は途絶えた。
◇
「着いたか……」
説明書を読めば、最初辿り着くのはマイホームだという。配置はランダムで、所持品や金もランダムらしい。ネットなどでは完全な運ゲーとまで言われていた。
そんな運ゲーも面白いものだ。初めから恵まれていた(金的に)俺はどんなステータスなのだろうか。期待を膨らましながら、俺は説明書に記載されていた個人ステータスを見る方法を実行してみる。
鷺宮 慶
レベル:1
HP:0
MP:0
力:0
防御:0
素早さ:0
能力アビリティ:ニート(負荷)
特殊スキル:潜在意識魔法
なんだろうか。0って。最初は皆ステータス値がゼロなのかもしれない。俺はそう思って、ステータスを閉じた。いつまでも見続ければいいものではない。
俺のマイホームは何もなかった。それこそ、空白の空間と言ってもいいくらいだ。
扉を開けると、そこにはヨーロッパの風景が広がっていた。よくドラク○にありそうな光景だった。さすがにVRMMOという事だけあって、街の作りは細部までしっかりしていた。それにいろんな人が出歩いてる。猫耳や犬しっぽ。数えきれないほどの種族がいるようだ。人間のままの人も当然いるんだけど、猫耳などをつけていた人達のほうが強い。そのため、人間のままの人は淘汰されるのだ。
俺どんな種族なのかも分からないので、とりあえず鏡を見たい。いや、しかし、さっさとモンスターを退治するのが先かもしれない。
街を出ると、そこには草原が広がっていた。現実の時間とリンクしていると説明されていた。という事は現実世界は今が昼なのだ。
そして、俺は目の前に現れたモンスターに目を奪われる。
黄色いプリンのような生き物。
名前はイエロープリンというようだ。完全にそのまんまだった。そのプリンを倒すと、仮想モニターのお金のマークにチリンっと音を立てて数字がプラスされた。
所持金がゼロから、一気に三十円である。
これは美味しい。コイツだけ狩ってもお金は入るのだ。
それから、俺は二時間イエロープリンを倒し続けた。
「はぁ……はぁ……」
何かがおかしいなと感じ始めた。
まず一つ。レベルアップしない。
二つめ。攻撃したら、必ず一撃で仕留められる。
三つめ。攻撃を喰らっても死なない。
全ての要因を上げて、俺は疑問に頭を悩ませた。
アビリティのせいなのか。それともバグなのか。定かではない。これも運なのだろうか。しかし、すぐ近くを通りかかった勇者のような派手な格好の男性が次々に剣で攻撃を繰り広げている姿を見ると、何とも言えない。
俺のアビリティはニートだ。これは完全に意味不明でしかない。あとは、潜在意識魔法だ。これだけ書かれても普通は意味不明でしかないだろう。こういうとき、ヘルプでもあれば……。と思ったら、ヘルプが出てきた。これもバグの使用なのだろうか?
説明が現れる。
スキルやアビリティは、一人一つ所持してこの世界にやってくるらしい。アビリティというのは大体ステータスに反応するもので、大半が『強靭』や『屈強』などといった体力増殖系らしい。アビリティについては『魔力拡張』や『射程大幅変更』といった感じの攻撃系に関係することが多いのだという。
俺のアビリティ……ニート(負荷)。スキル……潜在意識魔法。
説明などなく、まったく意味が分からなかった。あとの事はどうやらヘルプでは見れないらしく。スキルについて聞きたい事があれば、NPCのスキル屋やアビリティ屋に行って情報を買うしかないのだという。
という事で、俺はバグに遭ったのだと軽い気持ちで考えていた。
「おーい! 慶さん!」
遠くから声がした。そういえば、待ち合わせをしていたネット仲間が何人かいたのを忘れていた。
徐々に見えてくる姿を見て、俺は絶句した。
ウサギ耳……だとっ!?
その子はウさ耳のバニーガールだった。黒髪のぱっつんな感じでミスマッチ具合が似合っていた。
「その格好ってことは……バニさん?」
「そうそう! 慶さんでしょ?」
「なんでわかったんですか?」
「だって格好が、あたしが想像した通りだったんだもん! まんまニートって感じで面白いよ! 鏡見てないの?」
「え、あ、あーうん」
「早く見た方がいいって! 笑えるから!」
自分の姿を見て笑うってどういう神経なのだろうかと思いながら、俺は街に戻って鏡を見る事にした。もちろん、バニさんも一緒である。この人とは、牧場ストーリーというゲームの攻略サイトで知り合った女の子だ。俺と年齢が近いながら、なかなか現実生活ではリア充ライフを楽しんでいるのだとおっしゃっている。だが、平日でもよくINしていることが多い。その理由は聞いてはいけないみたいだ。
街に辿り着いた俺は、『魔境の鏡』と呼ばれる場所の前に立った。
「……って、これ、俺まんまじゃん!」
「え? そうなの? 慶さんってそんなに笑える格好でINしてたの?」
「いや、ただグレーのスウェットなだけだろ!」
「でも、ズボンのあたりなんか白く濁ってるよね?」
「……ち、ちげーよ? 俺、そんなんじゃねーぞ!」
「…………」
バニさんが俺の事を変な目で見てくる。それはそうだ。俺だってこんな変なズボンを履いてる男がいたら笑うだろう。もちろん、男の性を否定する気はないけど。
「そういえば、バニさんの初期ステータスってどうでした?」
「んー? あたしのステータスは……ぼちぼちかな。そっちは?」
「俺……全部数値ゼロなんですけど……」
「え、嘘!? それヤバくなーい!? ウケるね!」
「全く笑えませんから!」
完全に俺の事をバカにするバニさん。いや仕方がないんだ。分かってはいるんだけど、イライラしてくる。拳を固めて我慢しているのを悟ったバニさんは俺の事を宥める為か、手をうちわにして「まぁまぁ」と怒りを鎮めようとしていた。
「で、アビリティとかはどうなの?」
「ニート(負荷)」
「あはははは! それは面白いね!」
「笑いごとじゃねっつの!」
「ごめんごめん! あまりにも運がなさすぎるからさ! でも、アビリティは変えられるんだよ?」
「は? どうやって?」
「ハローワークに行けば変えてくれるよ。もちろん有料だけど」
「はぁ……まだ金は失いたくないから考えるわ……」
「それで、スキルの方は?」
「スキルは、潜在意識魔法ってやつなんだけど……」
「わかんないわ……」
トドのつまり、俺のステータスは崩壊しているという事なのだろうか。下手にアビリティとか変えないほうがいんじゃないかと思えてきた。それにしても、ハローワークに行けばアビリティは変えられるのか……何と変えられるんだろうか。
それからバニさんは夕食なので、ログアウトした。俺はそのあとの約束もないので、一人でハローワークにやってきた。
アビリティの交換をお願いしたのだが。
『あなたのアビリティは違法です。ただちにIDを消してください』の一点張り。完全にバグとしか思えなくなってきた。
その次に職業があるらしく、結局職業を選択すればステータスもマシになるかもしれないなと思い、ジョブ表一覧を呼び出して眺める。
……。
…………。
………………。
……………………可笑しいな、俺が狂ってるのか。ジョブ表一覧にはニートとしか書かれていなかった。完全に俺はニート以外にはなれないらしい。
完全にこのゲームの神から見捨てられた存在であった。
それから、職業変更も諦め、ログアウトしようとした。
「あれ?」
ログアウトボタンが半透明になって、ログアウト不能になっていた。周囲の人々も何かに手間取っているようだった。なんかのイベントなのか?
そうとしか思えなかった。以前起きた大規模なVRMMO事件でデスゲームと化したタイトルがあった。前回のは誰も死なずに済んだのだけど、今回もそういった俺らニートを巻き込んだ犯罪でもするのだろうか。
俺はサポートに問い合わせるボタンを探した。そこにはよくある質問欄があった。
Q.ログアウトできないんですが、どうすればいいでしょうか?
A.ログアウトするのには、今持っている所持金を全て銀行に預けるか、現金に変更しなければいけません。それができなければログアウトできません。ちなみに手数料は百万円かかります。
「う……そ……だろ?」
俺は一人言を呟いた。周囲の人々も顔を上に向けて仰け反っている。完全に詐欺以外の何物でもない。そんな中、ログアウトボタンを連打する俺の元に警告メッセージが現れた。
『説明書のP.18にちゃんと書かれています。確認ミスは当社は責任を負いかねますので、何卒よろしくお願いします』
P.18をしっかりと思い出してみる。あのページは、確かごちゃごちゃと呪文めいたことばかりが書かれていた筈だ。それを確認しなければいけなかったわけか!
どうやらまんまとハメられたようだ。このクソゲーめ。この世界でのお金が現実通貨と同じ価値があるとかふざけ過ぎている。っと待てよ。じゃあバニさんは既に百万円持っていたという事になる。
あの人は一体……ってそんなことよりも、早くこんなクソゲーからでなければならない。じゃないと、俺らはこの世界に閉じ込められたままになってしまう!
そんな中、街の中央から火の手が上がった。
『皆様。お待たせいたしました。第一回、魔王討伐会を始めます』
魔王討伐会。それは全員で倒すと大量の金を落とすイベントである。ちなみに、魔王一人に対して完ストが何千人いても勝てないと言われている無理ゲーイベントである。あと仕入れた情報では、大量のお金をゲットできる為、ユーザーは一度死んだら復活不能で、魔王を倒すまでは動くことすらできないのだという。
まだ正式なサービスが開始されたばかりのこのゲームで、一体誰が勝てるのだろうか。千人の完ストで倒せないのに、レベルがまだ二桁行ってない連中ばかりでは、本当の人がゴミのようになるだけだ。
俺は決めました。
「ここは逃げるしかないだろっ!」
俺は逃げ続けた。
◇
あれからどれくらい経ったのだろうか。第一回魔王討伐会が開かれて、ちょうど一ヶ月。
人もだいぶ減って残り数十人。世界中のプレイヤーは既に魔王の炎に消されていた。街はオブジェクトだからか、綺麗なまま残っている。あたりに散らばるユーザー達の残骸。そして、このイベントが発生中は、フィールドモンスターが発生しない為、百万円などという大金を稼ぐことは叶わず、生き残った者達は疲れていた。
俺もその一人である。この一ヶ月間、魔王の様子をうかがうだけだったのだが、そうとう疲れた。この世界から出られないという圧迫感が精神を襲っていて、我慢の限界だった。
皆、誰かが言うのを待っていたと思う。それは、魔王を討伐しようという無防備な作戦だった。
ちなみにバニさんはサービス開始時から見ていない。謎が多すぎる人であった。
俺はただの見張り役で、初めに戦闘要員としてはゴミクズ以下のニートだ。と言っておいて戦闘に参加しないことはあらかじめ伝えておいた。それだけ言うと、皆「わかった」としか言わなかった。
生き残った俺たちの間では奇妙な噂が立っていた。
戦闘に敗れたユーザーは、手数料が倍になるだとか、ログアウトできずにずっとこの状況を見てるとか。色々ある事ない事騒がれていたのだ。
俺は皆の勇姿を見守った。
魔王に突撃する剣士たち。そして、回復要員。皆頑張ったと思う。
しかし、魔王のある魔法一つによって、全員のアバターが宙に浮いた。
――――俺は、このVRMMOの世界において、一人になった。寂しくなんてなかった。不思議と恐怖などという感情はなかった。魔王がそれだけ強いという事実の他ないのだ。
俺は両手を上げて、魔王に頭を下げた。
「降参です」
しかし、言葉は返ってこなかった。代わりに返ってきたのは炎。
全身が燃えるかのような感覚にさらされる。はは、熱い熱い。
――――って熱くないぞ!?
俺は気が付いたら、体が燃えていなかった。ヒットポイントゼロって、それ以上ヒットポイントがなくならないってことなのか?
不思議と自分の身体を見ていると、何が起こっているのか分からなかった。
そして、次なる炎を魔王が発射する。
それも俺にはノーダメージだった。
次に魔王は上空に浮かび上がり、俺に攻撃する。
しかし、それもノーダメージ。
次々と攻撃を繰り返されるうちに、俺はあることに気付いた。
――――魔王が俺の思った通りに動いている。
全てが予測した通りに、魔王は俺を攻撃する。
だが傷一つ与える事ができなかったのだ。
もう自分の潜在意識魔法というのが、どういうものか分かってしまった。
潜在意識魔法。それは、全てが自分の思った通りに世界に影響させるSSSクラスのスキル。つまりダメージを受けないと思えば、傷一つ受けないし、死なないと思えば死なない。そして、どんな攻撃をするのにもイメージだけでできてしまう凶悪なユニークチートスキル。
全ては想像が支配する能力である。
「つまりは、俺がチートフォースであると……面白い! 俺がこの世界の神ってわけか!」
俺は絶叫した。目前にいる魔王が驚いて、後退を始める。
しかし、ここまで気持ちいいのはない。全てのゲームをプレイする中で、チートを手にする快感というのは癖なのだ。ネットゲームではなかったからか、今回のこのVRMMOにて存在していることに感動したのだ。
笑いながら、手を掲げた。
「……じゃあ、この大地ごと滅ぼしてしまおう! 喰らえ! 愚民の力!」
そう叫ぶと天地から、落雷が発生し、魔王を一瞬にして塵にした。
それから大地にひび割れ、一ヶ月間逃げ回っていた街にお別れを告げる。
仮想モニターの中に、数億ものお金が振り込まれる。恐らく魔王を討伐したときに、振り分けられるからこんだけ高額なのだろう。だが、俺は一人で討伐したのだ!
「なるほど……この世界。面白い! 面白過ぎるぞ!!」
俺は叫んだ。
この物語は、お金を集める事を第一目的とし、ゲームにのめり込み、ニートエンペラーと呼ばれる男の生活である。