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05.陽の届かない世界へ


 さっきまでの銃撃戦が終わり、嘘のような静けさだけが残されている。

「……四季!」

 私は後ろから彼女に抱き着いた。

「お嬢様!? よかった、ご無事で……」

 どうやら茂みに姿が見えなかったことで心配をかけていたらしい。

 四季はガバメントの雪上迷彩をスカートの中にしまうと、なぜか私の頭を撫ではじめた。

「アパッチが来たところで危ないと思って、気づかれないように移動したんだ」

 私の説明を四季は優しい笑顔で聞いている。

「その……悪かったな、心配かけて」

 私は視線を横にそらし、少しの恥ずかしさを覚えながら言った。

「お怪我が無くてなによ……り?」

 四季は気づいてしまった。

 アパッチがミサイルを放ち地震のような衝撃が襲ったとき、私は転んでしまった。その結果、左膝からは少しだが血が出ている。

「フフッ、このくらいは大丈夫だよ。お前は心配性すぎるぞ」

 私はその場で3回、ジャンプして見せた。

「それよりもお前は大丈夫だったか?」

「は、はい」

「そっか」

 まだ不安そうな四季を安心させるために、私は自然な笑顔を作って彼女の右肩をポンポンと叩いた。

 私達は通りに出ると、自分達が生きていることに不思議さすら感じてしまった。

 炎上したままのパトカーの火で辺りが見えるが、地面も、建物も、全てが破壊されている。

「いてっ」

 私は何かにつまずいてよろめいた。

「大丈夫ですか、お嬢様? これは……」

 四季が両手で抱え上げるそれは、ガントラックに乗っていた男が落とした軽機関銃(ライトマシンガン)だろう。

「私が『跳弾狙撃(リープスナイプ)』で殺した男のものでしょう」

「りーぷ……?」

「跳ねた弾で敵を撃つ技術です。私が命名しました」

「ふーん、カッコイイじゃん」

 私は肘で四季の腰を軽く小突いた。彼女は恥ずかしさ半分、嬉しさ半分という顔をしている。

 見るところによるとこの軽機関銃、アメリカ製のM60機関銃だ。オーストラリアとかでは今でも現役で使われている。

 有効射程はオプションの三脚を使って1100m、装備の二脚を使って800m、点標的に対しては600m、移動する標的に対しては200m。熟練した者なら面射撃や制圧射撃で1500mにもなるという。

 攻撃状況にも防御状況にも使うことができる、非常に便利な銃だ。

「一応持って帰ろう」

「……」

「なに、使うかどうかは後で考えよう。また敵の手に戻るよりはいいだろう?」

「そうですね」

 私は四季から奪うと両手に抱えた。

「警察のほう見てきますね」

 四季は何か武器が落ちていないか、小走りで探しに行った。

 にしてもガントラックはたぶん日本製だろうが、アパッチ、M60とここまでアメリカもんが多いな。

 まぁ、たまたまだろう。

 もしも裏側にアメリカの何かが絡んでいたら……なんて、あるわけないよな。

「お嬢様ー、短刀を見つけましたー!」

 考え事にふけっていたが、四季の声で現実世界に戻された。

 短刀(たんとう)とは、長さ一尺(約30.3cm)以下の刀の総称で、英語でいう所のショートソードからナイフに相当する概念の武器だ。

「どれどれ……、これは懐剣だな」

 かいけん、ふところがたな、とも呼ばれるこいつは護身用の短刀で、守り刀とも言われている。

「きっと、これを持っていた人のお守り代わりだったんだな」

 私の言葉に、四季はドキッとした様子だ。お守りをパクって来ちゃったんだから、まあ良い気分ではないよな。

「ご主人様は死んじゃったんだし、今度は私達を守ってもらうか」

「……はい」

 四季はその守り刀を背中に隠し入れた。

 他にはないようだし、帰るかな。今はこれ以上戦いたくないし。

 四季のほうを見ると彼女も気持ちはお同じだったのか、小さく頷いてくれた。

「よし、帰るぞ!」

「はい!」

 今回はもうヘリの音も聞こえないし、何事もなく街はずれの空き家へ帰ることができた。


 ここで現在の武器を確認しておこうと思う。

 コルトガバメント雪上迷彩モデル、砂漠迷彩モデルが1丁ずつ。使用弾薬の.45ACP弾は残り45発で弾倉(マガジン)6個分。

 雪上のは四季が使い、砂漠のは私の護身用。

 M60機関銃が1つ。装弾数はベルト給弾式。使用弾薬の7.62mmNATO弾はざっと見、残り200発もないな。

 こいつは対アパッチ用にでもしておこう。

 最後に、守り刀が1つ。

 剣と弾倉の確保。当初の目的はとりあえず達成ということでいいだろう。

 次に敵戦力についてだ。

 移動手段はAH-64アパッチとガントラック。

 アパッチは重装備、重装甲が可能な『空飛ぶ戦車』と呼ばれる攻撃ヘリコプター。武装はM230機関砲が一門とAGM-114ヘルファイア空対地ミサイル。

 ガントラックは重機関銃(ヘビーマシンガン)を1つ搭載。それと軽機関銃を持った男が3人乗っていて、内1人は四季が『跳弾狙撃』で射殺。

 そして『kIll』の仇と思われるのが、右手に髑髏(ドクロ)のタトゥーが入ったスキンヘッドで切れ長の目をした男。こいつは恐らく相当な太刀の使い手。

 奴らがどんな目的で動いているかは分からないが、私達が狙われているのは間違いないだろうな。


 しばらくの仮眠をとって、時刻は午後1時。

 空はやたらと澄み渡っている。

「ん?」

 見ると、擦り剥いていた左膝に絆創膏(バンソーコー)が貼られている。その犯人、四季の姿は見当たらない。

 することもないので、家の中を物色してみようかな。

 といっても、風呂とトイレを除いて2部屋しかないので対した期待はない。

 タンスには……コートが1着。黒いトレンチコートだ。

「冬用……だよな」

 と言いつつも袖を通してみる。

「ピッタリだ」

 その場でくるっと回ってみるがキツくもないしブカブカでもない。姿見が無いのが残念だ。

「……お嬢様」

 どこからか現れた四季は、今の私の行動をバッチリ見てしまったようだ。

「いや、違うんだ、これはっ……!」

「か、可愛い……です」

 四季の目はハートになっている。

 おい、まさかそっちに目覚めたのか?

「お嬢様! もう1回、もう1回くるって回って!」

「ちょっ! どうしたんだお前!? や、やめろ! どこ触ってんだ!?」

「お嬢様! お嬢様!!」

「離せバカ! きゃっ、らめ……そこは……!」

 なぜか私は四季に押し倒され、彼女の手がセーラー服の中に滑り込んでいく。

 目が、目がイってる!

「ゃ……いやぁぁぁぁーーーー……」


「本当に……すみませんでした」

 賑やかな街並み。少し後ろをついて来る四季は同じ言葉を繰り返して8回目。

「…………」

 今回ばかりは許さん!

 あんな……あんな卑猥なことぉ!!

「……お嬢様!」

 四季は突然、私を細い路地に連れ込んだ。

「おまっ! まだヤル気……ぐもっ!」

 私は彼女に口を塞がれた。

 勢いで家を逃げ出したせいでトレンチコートを着たままなのがいけなかったか!?

「シーーー!」

 そこで彼女の目が違うことに気づき、私は固まった。

 固まったというか、落ち着いたと言ったほうが正しいか。

 仕事の時の、鋭い目つきだ。

「あそこの男を見て下さい」

 私は通りに顔を半分だけ出し、四季が指差す男を見た。

 右手の甲には髑髏のタトゥー。黒いレザージャケットを着たスキンヘッドの男の後ろ姿。

 間違いない、ヤツだ!

 『kIll』を壊滅に追い込んだ男だ!

「追うぞ」

 私達は尾行を始めた。

 今にも殺してやりたいところだが人が多すぎる。

 それに、敵は奴だけじゃない。向こうのアジトが分かればこれからの戦い方も変えられる。


 澄んだ空はだんだんと黒く澱んだ雨雲に覆われてきた。

 尾行を始めて約10分。

 男は人と会うでもなく、買い物をするでもなく、ただ歩いているだけだった。

 ……散歩、なのか?

「油断は禁物ですよ」

 四季め、噛み殺した欠伸に気づきやがった。

「……あっ!」

 男は急に駆け足になって道を曲がった。

 気づかれた!?

「ちっ、どこ行った!?」

 急いで追うが男の気配はまるでしない。

 こんな住宅街のど真ん中にアジトがあるのか? それとも、まさか……?

「くそっ……!」

「どうしましょう、お嬢様!」

 せっかくの手がかりなんだ! 逃げられてたまるか!

「とにかく探すしかない」

 私達は辺りを走り回って男を探した。

 ……が、やはり見つかるわけもなく、すぐにバテた。私が。

「くそ~~~!」

「お嬢様、とりあえず落ち着いて……」

 公園のベンチの前、私は悔しさから地団駄を踏んでいる。

 四季はきちんと座りながらそんな私の背中にいる。

「これが落ち着いていられるかー!」

「なんでなんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 …………ん?

 最後の叫びは私じゃないぞ?

 四季も頭の上に「?」を乗せて首を傾げている。

「…………」

「…………」

 長いようで短い沈黙の後、私達はある答えに達した。

「行くぞ!」

「行きましょう」

 声は重なり、叫びがした方へと急いだ。

 間違いない。奴がまた何かしたんだ。恐らく、連続殺人の続き……。

「ここですね」

 四季はスカートの中からガバメントを取り出し、両手で胸の前で構えた。

「入るぞ!」

 ――ガチャ。

 限界は開いている。

 家の中は、なんというかその……荒れている。

 靴や洋服が散乱し、床は土足で上られたように砂が舞っている。

 そしてこの臭い……血だ。あまり時間の経っていない人間の血。それも……大量に。

 廊下を渡り、リビングへの扉を開く。

 ――バタン。

 そこに広がっていたのは想像通りの景色だった。

 本来は白を基調とした部屋だったのだろうが、今では赤1色。

 壁、テーブル、テレビ、床……隅っこにあるあの花は、確かスズランか? とにかく全てが血で染められていた。

「チッ、遅かったな。四季、一応2階も見てこい」

「はい、お嬢様」

 そう、遅かった。私達は街で犯人を見かけたにもかかわらず、尾行を撒かれ、結果としてまた関係の無い人間が死んでしまった。

 四季はすぐさま廊下に戻り、2階への階段を登って行った。

「さてと……」

 想像と全く違うことが1つある。

 部屋の真ん中あたりに転がっている2つの大きな肉片。この家の夫婦だろうが、これではない。

 その目の前で今にも泣きそうな顔をした子供がいるのだ。

 子供といっても歳は私と同じか、少し上くらいだろう。

「君、ここの息子?」

 ブレザー姿のその少年と目が合ってしまい、とりあえず当然の質問をしてみた。

「…………」

 思いっきり警戒してるな。

 まあ、当たり前か。

 自分の両親がこんなになってて、今度は拳銃持ったセーラー服がご登場。

 今までの世界では考えられないことだ。

 まるで自分が映画の世界にでも迷い込んでしまったんじゃないか……。

 悪い夢なら早く覚めてくれ……。

 きっとそんな思いだろう。

「これはな……」

 この少年のためにも、真実を伝えるべきなのだが……。

「今、私達が戦っている組織の仕業。多分なんらかの形で……ご両親は関わってしまったのだろう……」

 言えない……。連続殺人で、たまたま君の親が狙われて、偶然殺されてしまったなんて――言えない。

「私達ももう少し早く突き止めて追っていれば……クソッ!」

 そう、私達のせいだ……。私達のせいで君の親は……!

 それにしても分からない。

 この両親は体中を撃たれ蜂の巣状態だ。

 でも髑髏の男は、機関銃のような物は持っていなかった。

 それに銃を乱射したような音も聞こえなかった。

 そんなことを考え、しばし沈黙が流れていたが……。

「なぁ……戦うって、一体あんた達は何と戦ってるんだ?」

 何と……か。簡単そうで難しい質問だな。

 私は少年の目を一瞬だけ見て、俯きながらこう言った。

「戦うのは勿論敵だけど……もっと……大切な何かの為だな。その為に私達は引き金を引き続けるしかないんだ。この世界に……」

 ――生きてお前達のように苦しんでいる奴を救え――

 そう、私達は生きる為に戦っているんだ。

 この汚い世界には私達のように地べたを這いつくばって生きてる人がいっぱいいるんだ。

 そんな奴らを助けられるのは……同じように地べたを這いつくばっている私達なんだ。

「2階見て来ましたが何もありませんでした」

 四季が階段を下りながら私の背中に声を飛ばしてきた。

 ……嘘が下手だな。

 何かありました、って顔に書いてあるぞ。

「そうか、ひとまず……戻ろう」

 この少年がいるからだろうな。2階でのことはここを出てから聞くとしよう。

「君、じゃあな」

 私達は少年に背を向けて玄関へ戻った。

「……待てよ!」

 よせ、そんな迷子みたいな声を出すな。

 確かに私達は君みたいな奴を救いたい。

 でも分かるだろ? 私達がどんな危ない橋を渡っているか。その目で見ただろ?

 私と四季は同時に振り返り、四季は「?」を浮かべている。

「俺も……俺もお前達について行きたい!」

 やっぱり……そう言うのか。

「えっ!? 君、いきなりの入隊希望?」

 四季は驚きのあまり素の表情で聞き返している。

 ってか2人しかいないのに隊なのか、おい?

 少年はしっかりと首を縦に振った。

「……何で君はウチに入りたいと思ったの?」

 こっちの世界は生半端な気持ちで生きれるほど甘くはない。

 私は厳しい表情で、しかし目は虚ろにして心の奥を覗くように少年を見据えた。

「俺は両親を守れなかった……。知らなかったとはいえ、今は後悔でいっぱいだ。でも俺なんかただの高校生で、無力なのは自覚してるけど決めたんだ! これから少しでも人を守れたら、って! だから俺は……あんたにこの命を捧げるつもりで守り抜いてみせる!」

 少年は拳は強く握り締め、その目はまっすぐ私を視線に応えた。

 私を守る……か。驚いたな。

「フフッ、君は面白いね。でも守りたいって言ったって、私達は戦うのが仕事。人を殺すのなんて当たり前だ。君にそこまでの覚悟があるのか?」

 私を守るってのはそういうことだ。

 敵対する全てを消すつもりでいなければ、守りたいものも、大切なものも、自分自身すら守れない。

 そして私は……普通の世界の人間ではないんだ。

「俺はあんたを守るって言ったろ?」

 フフッ……。こんなにまっすぐした目を持った人間、久しぶりに会ったな。

 いいだろう、なら守ってみせろ。

 もう楽な人生は送れないぞ!

「君、名前は?」

 私は立ち上がってこっちに歩いてくる少年に聞いた。

 紺色のブレザーは学校の指定服だろう。髪は黒くて短く、小柄で私達とさほど身長は変わらない。

「俺は、火村源三(ひむらげんぞう)だ」

 ……何だろう。

 初めて会ったのに……初めて会った気がしない。

 懐かしいような……なんだこの、お帰りって言いたくなる気持ちは。

「源三……か。よし、ついてこい。私は御凪れい。れいでいい」

「私は四季、よろしくね!」

 ――ガチャ。

 3人となった私達は家を出た。

 雨雲はいつの間にか消え去り、薄暗い空には三日月が浮かんでいる。

 四季はどこか落ち着きがなくニコニコしている。

 源三は不安と決意が入り混じったような顔だ。

 私は……今日、新しい仲間を見つけた。

「あ、そうだ。ここを出る前に、だ」



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