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02.十字架の絆


「……と、昔話に入る前にだ」

 私は首を伸ばして入り口へと視線を向ける。

「聞きたいのならお前も中に入ってくればいいだろ、源三」

 隠れているつもりだろうがバレバレだよ。

 入り口に小さく見える黒い陰、源三はビクッと反応し、目を合わせないようにそっぽを向きながら歩いてきた。

「時間はたっぷりあることだし……」

 そう言って享一はどこかからかコンビニのビニール袋を取り出し、中の缶ジュース(?)数本とおつまみがを机に並べた。

「さっすが一之瀬君!」

 私はもちろんお気に入りの葡萄ジュース(?)をいただきます!

 ――カシュッ――グビッグビッ――ぷはぁーー!!

 やっぱり葡萄ジュース(?)は最高だなぁ!

 鼻に抜けるアルコー……あ、熱い感覚と、喉を通る、カー、っとした感じ!

 おっ! カッパ○えびせんもあるじゃん! 一之瀬君は分かってるなー!

 ――カリッ!

 このサクサク感といい、絶妙な塩味といい、最高だなぁ!

「んだよ、スルメはねーのか」

 ちゃっかりと享一の隣に座った源三はおつまみを物色しているようだ。

「源三、かきぴーよこせ!」

 グビッと喉で音を立て、左手でおつまみをよこすようジェスチャーして催促してみる。

「はいはい。さて俺はどれにしようかなー」

 ちゃんとかきぴーを掌に乗せてくれた源三は、机に並んだジュース(?)の中から何を飲もうか悩みだした。

「………」

 一之瀬君はというと、少し呆れながら右手に持ったカップ酒を飲んでいる。

「おい一之瀬、未成年は酒を飲むな! そして酒じゃなくてジュース(?)だ!」

 悩みぬいたあげく、オレンジジュース(?)をガブ飲みした源三はその場に立ち上がって天井に向かって叫んでいる。

「気にすんなー!!」

 その源三のみぞおちを私は酔いのせいで手加減を忘れた正拳突きで貫いた。

「ぉ……ぎゅぷっ……」

 声にならない叫びを漏らしながら源三はリングに沈んだ。

「……大丈夫か?」

 ツンツン、と一之瀬君はうずくまった源三の後頭部を(つつ)いている。

 これだから後輩に舐められるんだよ、フフッ。

「れい……さん…………いい加減…その癖……なんとか………ぎゅふぉっ!?」

「おっとスマンスマン、手が滑った」

「ちょっ、あと2cmで踵が目ん玉直撃でしたよ!? なーんで酒飲むといっつも……ごほぉぉぉ!?」

「うるさいうるさいうるさーい!! これは酒じゃない!! ジュース(?)よ!!」

「れい、そのくらいにしないとホントに火村が死ぬ」

「……1回くらい、死んでみる?」

 あ、私今、自然と笑えてる! 心からの笑顔が出せるよ!

「い……いやぁぁぁーーーー…………」


「……大丈夫か?」

 ツンツン、と一之瀬君は白目をむいて口から泡を吹いている源三の肩を突いている。

「フフッ……さてと、そろそろ昔話でもするか?」

「俺はいいが……」

 椅子に戻った一之瀬君は苦笑いしながら源三を見下ろしている。

 ……うん、コレは放っておこう。そうしよう。

 さてと、ここで私は落ち着くために足を組み直します。

 次に、右、左と1回ずつ自慢のツインテール手ぐしを入れます。

 最後に小さな咳を1回して、うん、準備完了!

 目をつぶって、ゆっくりと話し始めればいい。

 そう、まずは私の生まれについてから――。




「れい。お前の名前は、れいだ」

 終わりを告げ、始まりを与える。

 私の名前は、御凪れい。


 私が生まれた『御凪』は、100年を越える老舗の酒屋だ。

 だからは私はお酒には強い。

 ……その目は何だ? 疑っているのか?

 祖父は私が生まれる前に死に、父親が社長をやっていた。


「子供に酒はダメだ!」

 父はそう言っていつも私を酒蔵に入れてくれない。

 普段生活する家と酒蔵は車で十分くらいの距離なのに、ずーっと籠りっぱなしで帰ってきてくれなかった。

 俺はオヤジを越えるんだー、とか言っちゃってさ、たまに帰ってきて「れい、また大きくなったな」なんて、それは田舎の叔父ちゃんのセリフでしょ?

 それで私がもっと遊んでー、って喚けば「女の子なんだからもっと上品になさい」って母が頭をなでなで……。

 そこで私は口を尖らしてこう言うのだ。

「色んな男の人とおねんねすると上品なの?」

 夫が普段いないのをいいことに毎晩違う男の人と夜を過ごしていた母。

 顔を真っ赤にして口をぱくぱくしていた。


 生活用の家はちっちゃな山の上に建ってて、豪邸で、お城みたい。

 私の部屋はその2階にあって執事やらメイドやら家政婦やら色々いたし、何も不自由なく暮らしていた。

 勉強なんて家庭教師で十分よー、って母の一言で私は学校に行ってません。

「れいちゃんはお父さんに似て賢いわねー」

 カールがかった茶色い髪の先生の口癖。

 なんでも凄くいいとこの学校を出た人らしい。

 今となっては顔も思い出せない。

 そんな私に少しは同年代の子と接しられるようにと、って思ってとった母の行動。

 それは同い年の子を『買う』こと。

「初めまして、れいお嬢様。四季美里亜(しきみりあ)です」

「……ょ、よろ…しく」

 そう、母は四季を四季の家族からお金で買い、その一生を私に捧げるように命令したの。

 人形で遊んでいた私の目の前に現れたその少女は、幼ないながらも整った顔立ち、艶々した黒く長い髪。

 着慣れないピンクのワンピースをまとい、緊張しながらも私にぎこちない笑顔を見せていた。

 あの子が私を『お嬢様』って呼び続けているのはそのままの意味。

 四季と私が初めて会った日は、その後を予兆するかのような荒れた天気だったわ。

 重い雲が低く重なり、大きな雨粒は風に乗って吹き荒れていた。


 でも母は、そして父も四季を奴隷のように扱ったわ。

「とっとと動きなさいよ!」

「何でこんなことも出来ないの!?」

「お前は俺達に買われたんだよ!」

 私が眠っている間、四季は毎晩のように罵声とビンタを浴びせられていた。

 そのことに気付いた時には、彼女の身体は既にアザだらけだった。

 まだ10歳かそこらの女の子だったのに……。

 優しく、温かく育てられた私は大人達の顔色ばかりをうかがい、次第に四季といるとき以外で笑顔になることはなくなった。

 厳しく、乱暴に扱われた四季は英語、空手、柔道を既にマスターし、変わりにその瞳や表情から人間らしさが失われていった。

 私達はどうにかしてここから逃げ出したかった。

「お嬢様……私、もう……!」

 11歳の春。桜の木が緑色に変わり始めてきたある日。四季は初めて私の前で涙を見せた。

「でもこの家から出ることなんて……」

 ベッドの上、うなだれる四季を前に、私にはどうすることもできない。

 この家はまるで牢屋のように私達を閉じ込め続けていた。

「お嬢様……お許し下さい!」

「四季……っ!?」

 後ろに回り込んだ四季は私の首、延髄を手刀で軽く叩いた。

 私は視界が一瞬ブレたかと思うと、意識なく倒れた……らしい。

 私を気絶させた彼女は1階のキッチンにいる母のもとへ向かった。

「ん? 何か用かい?」

 四季の存在に気がついても、見向きもしない母。

 でもそのほうが好都合。

「んっ!!!?」

 四季は両手でしっかりと包丁を握り、力いっぱい背中に突き刺した。

「ぅ……この、コムスメェェ!!」

 四季はいったん距離をとり、よろめきながら振り向いた母へ一気に近づいて腕を振り回した。

 右に縦に……、いや、縦から右だったのか、それが分からないほどの早さで銀の刃を振った。

 母の胸には大きな十字架が刻まれ……仰向けに倒れ……死んだ。

 大量に噴き出した鮮血は四季の薄い緑色のドレスと水色の絨毯を見る見るうちに赤黒く染めていく。

 物音に気付いてやってきた父は目を見開いて言葉を失った。

 床も壁もベットリした赤い液体で染まり、それが自分の妻の胸から溢れる血だと気づくのに時間は掛からない。

 そしてこの惨劇の実行犯が目の前にいる11歳の少女だという事実もすぐに気がついた。

 四季は包丁を握り直した右手を真っ直ぐに挙げ……振り下ろす。

 ――ドスッ!

 投げられた包丁は正確に父の胸の中心に突き刺さり、膝から崩れ落ちた。

 意識が戻った私はゆっくりと体を起こす。

 はっきりとなってきた視界の真ん中には四季がいる……全身を赤く染め、茫然とたたずむ四季が。

「……し……き?」

 私が恐る恐る彼女へと近づくと……。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 四季は自分が涙を流していることにも気づかず、ただ無機質にその言葉だけを繰り返した。

 私はただ、抱きしめていることしか出来なかった……。


「四季」

「……はい」

「行くわよ」

「え?」

 しばらくして私は決心した。

「ここを出て、私達2人で生きていくのよ」

「お嬢様………はい」

 私達の瞳の奥には既に明るい輝きなど無い。

 変わりに決して許されることのない十字架を背負い、この世界を生きていく。

 たった2人で。


 私達は持てるだけの札束を抱えて家を抜け出し、とにかく遠くへ走った。

 いくつも山を越えて遠く遠く、誰も私達を知らない場所までひたすらに……。

「お嬢様、この街で落ち着きませんか?」

「あぁ、そうだな」

 野宿を繰り返して1週間以上、お金には当面困らないだろうけどそろそろ身を潜める場所を探すことにした。

「とは言っても、まだ11歳だから家も借りれないよなー」

「そうですよね……」

 四季は夜になるとあの光景を思い出して震え出すことがよくある。

 だから他の誰かと一緒に暮らすわけにはいかない。

 そんな時、活気盛んな田舎町で私の目に1枚のポスターが止まった。

 A4サイズの黒地の紙に、赤色の字で書かれた文章をそっと口にする。

「年齢、職業不問……危険有、寝床提供」

 頬を汗が伝う緊張感と共に私はどこか興味をそそられていた。

「今更『危険』なんて言葉……私は大丈夫ですよ」

 隣の四季は無機質にそう言ってみせた。

 その言葉を聞いて私にはもう迷いなどなかった。

 どんなことをするかなんて分からないけど、十字架を抱えた私達にはお似合いな仕事だろう。

 半ばヤケクソ気味だが、私達は物騒なチラシに書かれた『kIll』という店に向かった――。




 それから4年があっという間に過ぎた。

 危険な仕事というのは簡単に言えば法に触れることだ。

 人を殺して逃げ出してきた私達にそれ以上危険なことなど無く、言われるがままに仕事をこなしている。

「御凪、四季、仕事だ」

 色黒で筋肉質のこの男が一応ここ『kIll』で一番偉い人。

 品の無い金色の長髪で野太い声、自称32歳の小林さんです。

「今回も人を殺してもらう可能性がある」

 そう、今回も、だ。

 ここでの私達の実力は4年でトップにまで上りつめた。今では困ったことならお2人に、とまで言われている。

 その一番の要因は四季の圧倒的な戦闘力だ。

 10歳で空手と柔道をマスターした彼女は、この4年間でさらにスキルアップ。

 刃物を扱うために剣道を、身のこなしをよくするためにダンスを習った。

 今更ながら思うが、四季の運動神経は抜群だ。

 ちなみにもちろん両親を殺したことは誰にも言っていない。

「詳しい内容は何でしょうか?」

 仕事の話は4階建ての事務所の2階、ここの一番奥の個室でされる。

 私は壁に寄りかかり、四季は机を挟んで小林さんの正面の椅子に腰を下ろす。

 依頼の実行をはじめ、小難しい決まりは物覚えのいい四季が全て担当する。

 じゃあ私は何をするか?

 四季の物覚えが良くなったことを幸とするならば、私の傍から離れることが出来なくなったことが不幸だろう。

「つまり、そのターゲットを備考してイっちゃってる場合は殺せってことか?」

 ちなみに私の性格はとても捻くれた。

「ま、そんなとこだ。出来るな?」

「分かりました」

 四季は丁寧な口調でお辞儀する。

 でもその目はいつも死んだ魚のように沈んでいる。私といるとき以外は、だが。

「四季」

「はい」

 事務所から出て私は四季に声を掛ける。彼女の声は先程とは別人のように明るい。

「また人を殺すかもしれない、大丈夫か?」

「もう慣れましたよ。夜も普通に眠れますし」

 その言葉に嘘は感じられない。だが……。

「そう……か」

 でもそれを喜ぶことなどできるわけがない。

「それじゃ、行こうか」

「はい、お嬢様」

 ツインテールの私とポニーテールの四季、どちらも腰まで届く長い髪をなびかせながら私達は仲の良い姉妹のように並んで歩きだした。

 そして、この仕事が私達とあの男を巡り合わせることとなる。

「……あ、荷物忘れた」




第一話に続きこの第二話も2/19に編集しました。

ご了承下さい。


from.ルキ



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