01.瞳の住人
死後の世界があったとして、
私は皆と同じ地獄にいける。
そう言って、
初めて人を殺した殺し屋は笑ったんだ。
ビルの山へ消える雲1つない青空。なんて清々しいのだろうか。
頬を撫でるそよ風には街路樹の香が混ざっている。
緑のカーテンから降り注ぐ木漏れ日は春の訪れを感じさてくれる。
公園の隅に設置された木造のペアシート。その左側に座るのは――
――皆さんこんにちは、御凪れいです、またお会いしましたね。
あの騒動から早くも3ヶ月が経ちました。
が、私はいつも通り浅葱色のセーラー服姿です。決してコスプレではありませんよ。年齢的にもまだまだセーフ!
その上に羽織るトレンチコートは新品です。
まぁ、私の気持ちは今もぐらぐらと不安定ですが、世界は何事もなかったかのようにいつも通り動いています。
人の『死』から遠ざかってからというもの、幸か不幸か生きている実感が薄れたような気がします。
あ、でも先週、フフッ……第1助手の源三君が車に撥ねられて死……。
「ちょっと待てぇぇーーーい!!」
勢いよく突っ込みを入れてきたのはその第1助手の火村源三だ。
「人があんたの我がまま聞いてクレープ買いに行ってる間に勝手な回想してると思ったら、何であんたの脳内で俺は死んでるのかな!? しかも思い出し笑いしたな!?」
小柄な源三はジーパンに黒いPコートを着て、茶色いマフラーを巻いている。いわゆる普通の格好だ。
「フフッ、読者の皆さんに今の近況を教えてやろうと思ってな」
私は自慢の1つ、ツインテールに結んだ超ロングでつややかな黒髪を膝の上でいじいじしながら、ニヤッ、とした笑顔を見せてやった。
ちなみにこのツインテール。皆さんの想像以上に長いですよ。
私の身長は女子の中でいえば高いほう(これ以上詳しいことは乙女に聞いちゃダメよ)だが、ツインテの先っぽはついに膝に到達しました!
立った状態で膝に届くので、今みたいに座っていると地面について汚れちゃうんです。だから髪とお手てはお膝の上なんです。
ちなみに髪止めは、左は使い古されたゴムの髪止めで、右は白地に水玉柄のシュシュです。
この一見、間違ってしまったようなファッションが、あえて、だということを理解できるのは……今では源三くらいだろう。
「状況は正確に正しくお願いしますよ。……俺は生きてますからね」
源三は悲しみと優しさが入り混じったような笑いを見せ、私の右隣に座った。
「あぁ……、悪い」
『死ぬ』とか『生きる』という言葉が、今の源三にはまだ傷を抉る言葉のようだ。
「はい、クレープ」
源三は持っていたクレープの1つを私の目の前に出現させた。
突然無性に食べたくなってしまったので、さっき源三に買いに行かせたんだった。
源三の顔を見ると、俺優しいでしょ、って顔で優越感的なものに浸っている。
世間ではそれを『ドヤ顔』というんだよ。
まあいい、食べよう。
「いつまでもこんなんじゃダメですよね」
源三は自分の分のクレープを一口かじって空を見上げた。
私も一口かじって空を見上げてみる。
同じ一口でもそのかじり跡の大きさの違いが、小柄の源三も男なんだなと感じてしまう。
「空は……遠いな。でも、近そうにも見える」
私はクレープをもう一口かじってみる。今度は口を大きく広げて――ぱくっ。
生クリームの滑らかな甘さが口いっぱいに広がり、不覚にも私の脳味噌は一瞬で幸せに満ち、さらにもう一口かじった。
「あまりにも遠すぎて近く感じてしまうんですよ。人間の脳ってバカだから」
生クリーム如きでこんなに幸せを感じてしまうんだから、確かに脳はおバカさんだな。
「バカなくせに、嫌なことはいつまでも覚えていやがる」
源三はずっと空を眺めたまま、一定のリズムでクレープをかじっている。
私は、うん、と一言返し、両手で持った自分のクレープと源三のクレープをちらっと見比べた。
「ついてるぞ」
クレープを見ようとしたはずなのに、私の視線はなぜか源三の顔にいっていた。
源三の口元には――生クリーム。
男といえどまだまだ子供だな、フフッ。
人差し指の腹で丁寧にすくい取り、いただき!
「ちょっ……!」
源三の頬は、ぽぽぽ、と少しずつ赤らんでいく。やっぱり子供だな、フフッ。
空は……やっぱり遠いや。
……って何で私まで赤くなってるんだ?
違う、これは……暑い! そう、コート着てるから暑いんだ!
「にしても、まだまだ風が冷たいっすねー」
縮こまりながら少しだけ近づこうとした源三のみぞおちに私は右肘を突き刺した。
「なぁ、源三」
クレープを食べ終えたからか、源三に向かう顔が自然と笑顔になってしまう。
くそっ、表情筋が……!
「何です?」
私の分のクレープの包みも捨ててきてくれた源三は私と視線を合わさずに右側に座り直した。
何でまだ顔が赤いんだ? そんなに寒いか?
「私もまだ、まぁその……整理がつかないんだ。今でもまだ、あそこに帰れば皆が待っていてくれてるんじゃないかって。そう思うと眠れなくなっちゃうんだ」
初めてだろうな。あの騒動以来、私は自分の黒い部分の気持ちを誰にも話していない。
言えば何かが壊れてしまいそうで、怖くて怖くて仕方なかった。
目の前で仲間が、いや、家族が死んでいく……そんな光景を思い出しては息が詰まった。
源三は……少し困った顔をしているな。当然だろうな。
「時が経てば癒える傷もあるけど、私達の場合は違うと思うんだ。だから……付いて来い!」
今なら大丈夫な気がする。
確証はないけど、今ならあそこに行ってもいい気がするんだ。
「走るぞ!」
私は驚いて目を丸くしている源三の手を取った。
走るぞ……か、フフッ。
敵を追うでもなく、追われるでもなく、ただ自分が走りたいから走る。
そんな単純な行動も久しぶりにやった気がする。
息はすぐ切れたし、汗もどんどん流れてきた。
それでもこの脚を止めたくはなかった。
なぜだろう。
あの頃が夢だったんじゃないかと思うくらい、今、私は感じている――
――私は『生』きてる!
「はぁはぁはぁ……はぁはぁ………はぁ〜」
私は思った――
――遠い!!
「体力ないのに、全力で、走るから、ですよ!」
さすがの源三もだいぶ息が上がっているようだ。
膝に両手をつけて、顎の先端からはぽたぽたと汗が地面に落ちていく。
「ぁ……はぁはぁ」
言葉が……出てこない! こんなに体力が落ちたとは……いや、元から……?
ってそれは今はいい。
仕方ない。指を差すから見ろ、源三。
「大丈夫ですか、れいさん?」
源三は私と私の指差す方を交互に見ている。
私の指の先にあるもの――
――旧帝国軍の施設跡を乗っ取り、内部を少し弄った私達のアジト……だった場所。
「き……れい……すぎ」
綺麗すぎる……って言いたいのに!
源三は私の言葉を必死にくみ取ろうと唸っている。
そして、ぽんっ、と左掌の上にグーにした右手を乗せ、頭上の豆電球を、ぱっ、と点灯さてた。
必死に搾り出した言葉の真意は源三に欠片も伝わらなかった。
「あぁ……好きだよ」
――――ドスッ!
一応説明しておこう。殴った音だ。
ったく! な、何で告白してんだよ!
あーもう! 何で私は顔が赤くなってんのよ!
「ぐ……ぅ……」
源三は腹を押さえてミミズみたいにうねうねしている。
ついつい本気でやってしまったみたいだ。私の右手も少しズキズキする。
「そろそろ来る頃だと思っていた」
突如、聞き覚えのある声が耳に流れ込んできた。
アジトの入口に佇んでいるのは――
「一之瀬君!」
だ。
一之瀬亨一。
彼は一番最後に仲間に加わった無口なイケメン。
長かった前髪は横に流れ、少し茶色に染めたおかげか、かつての暗い雰囲気が和らぐどころか今風のモテ男へと変身している!?
家は狩猟が出来るくらい裕福らしいんだけど、訳あって家出。
ま、人の過去を探るのは私が決めた禁止事項の一つだから、本人が言わないことまでは知らない。
それと、視力がとてつもなく良い。
彼と初めて会ったあの日、照準機もつけずに800m先の目標を狙撃銃のレミントンM700で射抜いたことは鮮明に思い出せる。
「見違えたわねっ!」
近江一家との1件でバラバラになって以来、もう会うことのないと思っていたのに……まさかここでまた会えるなんて!
「れいは変わらな……、いや、少し明るくなったか?」
外見は変わっても、彼のローテンションの喋り方は変わっていないみたいだ。
「ジャケットにブーツなんて……現代っ子になったわね〜」
私はニヤニヤしながら肘で一之瀬君の腰を小突いた。
一瞬骨盤かと思ったその場所にあったものは――
――クナイだ。
言い忘れていたが、彼はクナイのこととなると熱く語りだしてしまう。何かのスイッチが入るんだな、うん。
あ、決して忍者ではないと思う……たぶん。
「お〜い、話しが噛み合ってないぞ、お二人さん」
後ろから源三の詰まったような声が聞こえてくる。
立てるようになったか。まだお腹押さえてるけど。
「お、いたのか」
一之瀬君はわざとらしく驚いた表情を見せてる。
「お前は相変わらず先輩に対する態度がなっていないな……」
言葉とは裏腹に、源三の顔は怒っていないようだ。もう慣れたのか?
そうそう、もう1つ言い忘れていたが、一之瀬君は敬語が苦手らしい。
ただ、源三に対してはわざとな気もするが……まぁいいや。
「で、何で一之瀬君がここにいるの? アジトも綺麗すぎでしょ?」
私は改めてアジトの外壁を見回した。
3ヶ月も放置していればけっこう汚れが目立ってくると思うのだが……。
視界の端っこで源三が、綺麗……き、れい……すぎ……あっ! って具合でさっきの私の言葉がやっと理解できたらしく、顔を真っ赤にさせている。
「前に罰として俺と火村に基地の徹底大掃除を命令したことがあったんだけど……覚えてるわけないよな?」
一之瀬君は後ろ髪をポリポリ掻きながらそっぽを向いている。
「それを、わざわざ……?」
私は茫然、というか、少し笑いが込み上げてきた。
「することもなかったしな……」
ちょっと一之瀬君、明らかに恥ずかしそうじゃん。
顔とか少し赤いぞ。
「なんだよ〜、少しは後輩らしいこと出来るじゃねーか」
「火村の分は残しておいた」
「えぇっ!?」
「俺達2人への命令だったから」
源三はきっと心の中で直前の言葉を撤回しただろうな、フフッ。
あ、アジトに逃げた。
「れい達はどうしてここに?」
一之瀬君は先輩(と思っているのかな?)の寂しそうな背中を横目に捉えながら聞いてきた。
「まぁなんだその……ここに来れば少しは気持ちが変わるかな……ってさ」
くそ、また顔が赤くなってきてる!
はっ、つられて私も後ろ髪掻いてるし!
「そうか」
一之瀬君はそれ以上言葉を返さなかった。それがきっと彼なりの優しさなんだろう。
私は一之瀬君と並んでアジトへ歩いた。
源三以外の人と一緒にいるのが久しぶりだからかな? 少しドキドキする……。
い、いやっ!
ドキドキって別にそういう変なことじゃないよ!
源三とも四六時中ずっと一緒にいたわけじゃないんだからな!
だからこのドキドキは……喜び! そう、喜びよ!
仲間と会えたんだから喜んでもいいでしょ、バカっ!!
「おまっ!? 半分とはいえよく1人でやったな……」
掃除開始から30分、運動不足の源三は既にガタがきたご様子。
廊下の床磨きをやっていたようだが、もう壁に背中を預けて座り込んじゃってるよ。
でも確かに一之瀬君は凄い。
元が軍の施設だっただけのことはあり、小部屋や通路がやたら多い。
天井はそこまで高くないものの、60年以上も前のものとは思えない出来栄えだ。
「本当に皆、居なくなっちゃったんだねー」
私と一之瀬君がいるのはよく宴会をやっていた、いわゆる食堂という部屋。
と言ってももちろんシェフなんていなかったから、いつも皆がコンビニで買ってきたものを広げてわいわいやっていただけだ。
そんな場所に今は一之瀬君と2人っきり。
無駄に広く感じてしまう空間に、二度と帰ってこない仲間達を思い出させられてしまう。
このリサイクルショップで大量に仕入れた椅子も、今じゃその役目を失っている。
「れい、目を閉じて」
机を挟んで反対側に座る一之瀬君は右肘を付き、手のひらに顎を乗せている。
「え? う、うん」
再び膝の上に乗せた髪を弄っていた私はそれを中断し、言われた通りに目を閉じてみた。
背中は床と垂直に伸び、おもちゃを取られた手はグーにしてきちんと腿の上へ。
「聞こえないか?」
「……何が?」
「俺がここで過ごしたのはほんの短い間だったけど、そんな俺にも聞こえるんだ。れいならちゃんと、全員の声が聞こえるはずだ」
そう言った一之瀬君も目を閉じて何かに耳を傾けているのだろう。
シーンと沈黙がだけが続く中、微かに耳の奥で何かが聞こえてきた。
「……ぁ、聞こえる。皆の……皆の笑い声だ!」
声が、笑顔が重なって、耳の奥と、目蓋の裏に思い出される。
「……あれ?」
自分でも気づかなかった。
いつの間にか、自然と目の端から大粒の涙が溢れていた。
「ったく、一之瀬の野郎め」
やけにリアルな声がすると思ったら廊下からだ。
きっと源三も私みたいな状態だろうな、フフッ。
「ありがとう、一之瀬君!」
ゆっくりと目蓋を開いてみると、涙のせいか世界が少しだけ輝いて見えた。
蛍光灯の光が屈折して十字に輝いている。
「思い出すなー、私が皆と出会っていった日々」
私は立ち上がり、2、3歩机から離れて一之瀬君の方へ振り返った。
「聞きたい?」
ぶりっ子を意識したつもりはないのだが、振り向いた私は手を後ろで組んで、上半身を少し屈めて首を左に傾げている。
我ながらこれはきっと……可愛い……はず。
「じゃあ、是非聞かせてくれ」
一之瀬君はフッ、と笑いながら脚を組み直した。
その際、すぐに視線を横にずらした。頬を赤くさせながら、ね。
「フフッ……あれは今から何年前になるかしら。最初の仲間は、四季だったわね――――」
明けましておめでとうございます、元有北真那こと今雲流鬼です。
このたびはリレー小説『bullets──独りの少女の弾丸たち──』の続編にして過去編を私が勝手に書かせていただくことなりましたというかしました。
bulletsの2番手として散々爆弾放り込んで散らかしてきた私ですが、今回は少し真面目にやろうと思っています!
って言ってるそばから第1話が青春ラブストリー風(笑)
更新頻度は少し遅くなると思いますが、ぜひよろしくお願いしますm(_ _)m
P.S.
2/13に一人称の進行を大幅に編集したため、セリフ等の内容も少し変わりました。
ご了承下さい。
from.ルキ