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猫と横浜  作者: のらしろ
第一部 猫に引っかかれて明冶にまいる …

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第5話 日付の判明



 ここまでするのにも相当時間がかかったのか、外は暗くなっている。

 部屋の中はガス灯がいくつかあり薄暗くはあるが、作業には支障が無い。 

 支障は無いがいい加減疲れたのと、そういえば俺は、今日昼抜きだったこともあり腹が減っている。


 時間を調べようと腕時計を見るとまだ夕方の6時だが飯を食うことにして、洗面台まで手を洗いに行く。


 そういえば、電車の中で猫に指先を引っ掻かれたのだと思い、指先を見るとすでに血は止まっていた。

 まあ、当たり前か。


 一応手を洗って、いつも持ち歩く薬用のポシェットから抗生剤入りの軟膏を取り出して塗っておく。

 動物からは、訳の分からない病気を持ち込まれることがあるとのことで獣医のOBからこの薬をもらったのだ。


 治療も終わったことで、俺はロビーまで下りてからフロントで、食事について相談してみた。

 館内のレストランならばいつもご利用になれるとのことで、レストランに向かい、食事を頼んだ。


 食後にラウンジを覗いて見たら、美女がたくさん集まっている。

 人種もまちまちで、白人にアジア系でも東南アジア系、それに日本人かお隣の国の人のような者までたくさん集まっている。

 パーティーにしても変な感じだが、それとなく様子をうかがうと……ひょとしてあれか。

 皆ここで春を売る人なのか。


 そう思っていると、一人、また一人と金持ちに見える人に誘われるかのように客室に消えていく。


 さすがにここでコーヒーは楽しめそうにないので、今日のところはあきらめて自分の部屋に戻っていく。

 今日は異様に疲れたので、そのまま寝てしまった。


 翌朝にレストランに向かい朝食をとる。

 その後一度フロントによって、英字新聞と地元新聞を買う。

 フロントに地元新聞が売っていなかったこともあったが、フロントでは後でボーイに部屋まで届けると言ってくれたので、一度部屋に戻り待つことにした。


 まずは英字新聞を眺めてみる。

 さすがに全く読めないなんてことは無いが、もともと英語が得意でもないので、苦労しそうだ。

 翻訳ソフトがあるが、これも手入力しないと翻訳ができないというデメリットがある。


 それでも調べる価値はあった。

 新聞の名前が、『上海デーリー』とあったので、発行元は上海にあるのだろう。

 それで一番肝心の日付だが1887年3月28日とあった。

 あれ?今3月だったけか。

 長野でも桜が咲いていたことだし、3月だったのかもしれないが、この1887年というのが大事だ。

 早速昨日も開いたPCを使い歴史を調べると1887年は明治20年とあった。

 PCからわかることはこの年に大企業となる会社がいくつも起業しているくらいだ。


 別に大きな事件もPCからは分からないから、たぶんなかったのだろうな。

 そうこうしていると部屋の扉がノックされた。

 俺は扉まで行くとボーイが新聞を持ってきてくれた。


 チップなど渡す文化があるのか知らないので、支払いはと聞くと後にフロントで清算されるとのことだ。

 俺はお礼を言ってから新聞を受け取り日本語で書かれた地元の新聞を見てみるとそこには『横濱新聞』とあり、日付が明冶20年4月10日とあった。


 あれ、4月10日だと……ああ、そうか、横浜までは船便で運ばれてくるのか。 

 だから遅れての発売になるのか。

 上海から横浜まで約10日かかるということでいいのかな。

 これではっきりとした訳だ。

 この世界では、現在が明治20年……あれ、なんかおかしくないか。

 よくよく新聞を見ると、いろいろと言いたくなったが、それでも活字は読めるが、そこにあるのは俺が駅で感じたような違和感だった。


『横浜』と『横濱』くらいはっきりとしていれば良かったのだが、新聞にあるのは『明治』ではなく『明冶』だ。


 一見違いが無さそうに見えるが明治の『治』の字が違う。

 『さんずい』でなく『にすい』だ。

 そう、点が一つ足りない。

 これでは『メイジ』ではなく『メイヤ』とでも読めばいいのか。

 多分読み方は『メイジ』なのだろうな。


 一応、俺の置かれている世界が分かった。

 明治時代のようだが、俺のいた世界ではない。

 なので、この世界で俺は自由に行動してもSFのお話に出るようなタイムパラドックスなんか気にする必要は無さそうだ。


 ならば、とにかく生きていくことを最優先に横浜の街を調べてみよう。

 時間は無限には無い。

 どこかに拠点でも置かないと、いつまでもホテル住まいという訳にもいかないだろうしな。


 PCで調べた限りでは、港の周辺もある程度栄えているだろうが、ここから少し離れた場所に関内というところがある。

 この関内は江戸末期に幕府が外国人の居留を制限して作った街のようだが、そのおかげで、外国人の多くが関内に店を出している。


 また、維新後は日本人の入場制限も取り払われて、日本人でも野心的な人たちが関内に店を開いて、横浜一番の賑わいだとか。

 まずはそこに行って、街の様子をじかに感じてみよう。


 今いる場所が桜木町だから、関内ならば根岸線で次の駅だ。

 歩いても行ける距離だし、散歩代わりに歩いて出かけることにした。

 フロントでカギを預けて、荷物があるが触らないでくれとだけ頼んでの外出だ。


 一応現金と国債、それにPCだけはリュックに仕舞って持っている。

 盗まれても最悪どうにかなると考えてだが、正直この時代の日本の治安についてよくわかっていない。

 大丈夫だとは思うが、まあ、できる限り早めに戻ってこよう。


 そこでホテルを出たけど道がよく分からない。

 大きめな道をたぶん関内と思われる方向に向かって歩いた。

 俺には横浜についてのある程度の土地勘があったので、山手と呼ばれている丘を目印に歩いた。

 この時代でもあそこには外国の領事館などがあったはずだ。

 その山手のふもとが関内だ。


 関内の目抜き通りを目的もなく歩いている。

 午前中だということもあってか、ご婦人のような人はほとんど見なく、港から荷を運ぶ人足ばかりが目についた。


 それでも活気があって気持ちがよかった。

 オープンテラスのような店が見たので、少し早いがそこで昼食を摂った。

 何せ桜木町から関内まで30分あればいけると高をくくっていたけど道がよく分からないところに、とにかく道が悪い。


 未舗装の道を歩くのには慣れていないこともあり疲れた。

 軽い食事をテラスで摂りながら、俺は考えている。


 はっきり言って俺はこの世界では異質だ。

 常識が無いと言われるだろうから、言い訳を考えないとまずい。

 一番楽なのが海外暮らしになるが、それもヨーロッパだとさすがにごまかせないだろうから、南米の適当な国からとでもしておこう。


 そう、俺の爺様や、父親辺りがコロンビアで一山当てたことにして日本に戻って来たことにでもしておくか。

 そのあたり矛盾が出ないように俺のカバーストーリーをこの場で考えている。

 うん、南米からの帰国の案は案外よさそうだ。

 難しいことを考えたこともあり疲れたので、一度ホテルに戻るか。




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