その9 コンビニ
仕事終わり。
ペットショップに向かおうとするも、卯月さんにかける言葉なんて考えてない。
手ぶらで行くのも違う気がして、コンビニで差し入れを買っていくことにした。
――コンビニ店内。
卯月さんが何を好きかとか全然知らない。
さすがに猫買っていくわけにもいかないし。
諦めて咲希に電話した。
「はい? 女の子が好きそうな食べ物?」
「知りませんよそんな物。そんな一般論を私に……あ、凛! それ私のアイス!!」
「おコタで暖まって食べようとしてたの!!」
ぶつっと切れた。
凛に電話を掛けてみた。
「は? 私が好きなお菓子?」
「まあ、モナカは美味しかった」
今度は切った。
どうやら咲希が食べたかったのは、モナカアイスらしい。
ひとまず、どら焼きやたい焼き、大福を買っていくことにした。
ついでにモナカアイスも入れておいた。いらないと言わせて、俺が楽しむ算段だ。
……楽しんでる場合じゃない。
深く息を吐き、覚悟を新たにした。
いい加減、ペットショップに向かった。
――ペットショップ内。
相変わらず動物がわちゃわちゃとしていて、心が癒やされる。
同時に鼻がムズムズしてきたので、早いとこ卯月さんを見つけなくては。
周囲を見渡すも、卯月さんの姿は見えない。
店員さんに聞いてみた。
「あ、彼女辞めましたよ?」
「ほら、魔法が使えなくなったとかで。心配してたんだけどねぇ……」
店員は軽々しくその言葉を吐いた。
店員の口角はほんの少し上がっていた。
肌が粟立った。
『心配』の皮を被った好奇心。怒りが腹の底から湧くが、それを噛み潰した。
この予感が事実に変わる前に――
急ごう。時間の問題かもしれない。
卯月さんにLINEで連絡を入れた。既読はつかない。
電話をした。出ない。
車内に、差し入れを放り投げ、アクセルを踏み込んだ。
赤信号で車が止まった。
ハンドルを握りなおし、苛立ちを飲み込んで凛に電話を掛けた。
「凛! やばい! 桃、ペットショップクビになってる!!」
「あ? 待て、なんだと?」
電話口の沈黙が、わずかに伸びた。
「なるほど。そういう感じか」
温度のない声が返ってきた。状況を把握したらしい。
「今、桃の家に向かってる」
「あいつ、一人暮らしか? そもそも実家の可能性は?」
「一人だし、あれの性格上、親に頼らないような気がする」
「……もし見つけたら家につれてこい。仮眠室を開けておく」
電話が切られた。
――卯月宅前。
インターホンを鳴らしながら、叫んだ。
「卯月さん。卯月さん!」
「桃! 居る? 居ます?!」
返事は返ってこない。
玄関のドアノブに手を掛けた。
鍵がかかっていない。
どれだけ不用心なんだ、あいつは!
「卯月さん! 入りますよ! いいですか?!」
返答がない。
自分の胸を叩いて、勢いで部屋に入った。
室内は真っ暗だった。カーテンも締め切ったまま。
換気もあまりされていないのか、空気が淀んでいる気がする。
玄関には、トートバッグが乱雑に捨てられていた。
リビング。台所。浴室。
自分の足音だけが響く。
そうして、彼女は寝室にいた。
彼女はこちらを見て、ゆっくりと瞬きした。
意識が朦朧としている。焦点が合わない。
「よ、よかった、無事だった……」
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
床にあったカップ麺が、ぐしゃりと潰れた。
正直――
『縄から垂れ下がった彼女』ぐらいの覚悟はしていた。
杞憂に終わって、本当によかった。
「桃、大丈夫? 話せる?」
返事はない。唇が乾いて、少し空いたままだった。
「凛たちのとこに行こっか」
彼女をゆっくりと持ち抱え、車に乗せた。
――探偵事務所。
「桃、大丈夫そうですか?」
咲希は眉をひそめて聞いてきた。
「……なんで今ここに居るのかもわかってなさそうだった」
咲希は自分の頭を掻きむしった。
「何にせよ」
凛は言った。
「お前は一旦帰れ、祥也。とんでもない顔してるぞ」
そう、らしい。自覚はなかった。
「一回帰って寝ろ。桃は私たちに任せて」
拒否できる空気でもない。その言葉に甘え、自宅に帰ることにした。
「また明日ね」と桃に掛けた言葉は虚空に消えていった。
車内には、差し入れがあった。
それを力いっぱい蹴り飛ばした。
溶けたアイスがこぼれ、ビニール越しに床が染みた。




