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その3 探偵

翌朝、十一時。約束の十二時まであと一時間。


「卯月さーん。そろそろ時間じゃないですかー」

俺は、『入るな』と言われた部屋の前から声をかけていた。

だが、返事がない。


寝てるな、これ。

化粧の時間とか大丈夫なんだろうか。


「卯月さーん! 起きろって!!」

声を荒げるも、返事は返ってこなかった。


しばらくの苦悶の末、決断した。


こんこん。――無反応。

ドンドンドン。嫌な汗すら出てきた。


勢いよくドアを開け、寝室に入ると、パジャマ姿で眠りこけている卯月さんがいた。

体を揺すると、反応が返ってきた。

「ううーん。まだ十一時」

「今日、休み……」

彼女は、満面の笑みで二度寝をした。


俺は苦虫を噛みながら、体を揺すった。

「卯月さん! 今日、休日じゃない!」

「やりたいんでしょ! 探偵!」

「探偵さん!!」

その一言で、彼女はガバッと起きた。


――探偵事務所の前。時計は、すでに十二時半を回った頃。


バッチリお化粧を整え、探偵コーデをしている卯月さんは言った。

「まあ、遅刻は私のせいだとは思いますが」

「でも、もっと早く起こしてくれてもよくないです? 」

俺は拳を握りしめた。殴りかからない自分を褒めたい。

「……入りづらい」

「まあ、これ以上遅れるわけにもいかないので入りますか。」


息を吐き切り、震える指でインターホンを鳴らした。


ピンポーン


音の後、女性の声がインターホンから聞こえた。

「はい」

「すみません。先日お話した、佐藤というものですが」

「……わかりました。少々お待ち下さい」


ガチャリ、と玄関が開き、そこには白髪の若く小さな少女が立っていた。

高校生ぐらいだろうか。強い意思を持った目をしている子だった。

猫のような警戒が見て取れる。尻尾があれば逆立っていたことだろう。


「……っ!!」

唐突に、卯月さんが白髪の少女に飛びついた。

う、嘘だろ?! この女?!

「可愛い!!!」

卯月さんは少女に頬ずりをした。


白髪の少女は焦りながら言った。

「なになになに! ちょ、どなた?! や、やめ、やめろ!」

卯月さんは抱きしめる力を緩めない。

「ちょ、怖い怖い! 凛!! 助けて!!! 変な女に襲われてる!!!!」


ガチャリ、玄関の奥のドアが開き、凛さんが出てきた。

「何やってんだ? お前ら」

俺何もしてねぇよ。


――探偵事務所内。

中に入ると、コーヒーの香りがする。湯気のたつカップが一つ。

壁一面には本や辞書にファイルバインダーがぎっしりと。紙とインクの深い匂いが充満していた。

奥の机には『最終調査報告書』と書かれた紙。それに、写真が数枚貼られている。写真にはやけにウットリ顔で男にくっつく女が映っていた。


「シャーーー!!」

「おいどうすんだ。咲希が警戒モード入ったじゃねえか」

「や、やっぱり猫ちゃんなの?」

少女は一歩下がり、両手を出して爪を立てる真似をした。


咳払いをして、白髪の少女はやけに丁寧に言った。

「葉月 咲希、です。よろしく、したくないです」

「なあ、もう面倒くさいから依頼内容話していいか?」

凛さんは眉を細め、睨みつけてきた。


凛さんは椅子に腰を落とした。椅子の軋む音がした。

「今回するのは不倫調査、そのための潜入聞き込みだ」

「不倫調査、潜入」

卯月さんは小声で目を輝かせた。


「依頼主は不知火 穂香。旦那の行動に不信感を覚えたらしい」

「時間通りに帰らず、聞いても手術が長引いたの一点張り」

「調査対象は不知火 仁一郎。とある大病院のお偉いお医者様だ」

咲希は書類をめくりながら言った。

「48歳。男性。京都大学医学部卒、同病院で研修を終え、現就職先、稲穂病医院へ」

「調べてみても、クリーンな経歴しかありませんでした」

「なんでだろうなぁ。医者なんてエグいのゴロゴロ出てくんのにな」

凛さんは報告書を指で叩きながら、湿っぽく笑った。


息がつっかえた。

遊び半分で来るんじゃなかった……

ただ、明日からの生活のことも考えると、胸につかえたそれを飲み込むしかない。


「向こう方も、うちとしても秘密裏にやりたいし、嗅ぎ回ってることも知られたくない」

「それで、侵入調査、と」

凛さんは満足げに頷いた。

「そもそも病院だからな。バレた時点で身分照会が飛ぶ」


全身に冷ややかな悪寒が走った。

……俺、身分証すらない。


俺は冗談めかして言った。

「すみません、安全保障ってあります?」

凛さんは軽く笑った。

「安心しろ。私が責任とってやる」


彼女は鼻を鳴らしながら、軽々しく『責任』と断言した。

一見、無責任にも思えるそれを、確信を持った力強い目で言い放つ。

そんな照れ隠しにも見える矛盾に、彼女の人間性が垣間見えた気がした。


自分の胸を強く叩いた。


さて、

もう後には引けない。契約書にはサイン済みだ。

潜入捜査を始めよう。

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