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その2 ココア

――動物アレルギー。

その言葉が胸で弾け、記憶を呼び覚ました。

頭の奥で、『彼』に巻かれた糸がほどけた。

――

「トラウマを糸で保護した。いずれほどけるだろう」

――


俺はウサギの動画を見ていた。

「わー 可愛いー!」

「ウサギなんでこんな可愛いかなぁー」

「あ! 前足クシクシッってした! 可愛すぎる!!」

「あぁー、死んでみてぇー」

「死ぬ時はウサギに囲まれて死にてぇー」

そう、俺は動物アレルギーだ。ウサギは飼えない。


――


ば、馬鹿にしてんのか!!!


アウトライアーに意識を向けると、意識が沈んだ。

――

「君の意思で僕と会話ができる」

――プシュン。


この空間と世界がカチリと接続された。

真っ暗な何も見えない空間。それでもアウトライアーの姿はくっきりと見える。


俺は喉から血が出そうなほど叫んだ。

「馬鹿にしてんのか!!」

「どうでもいいだろうが!! 成人男性がウサギかわいがってるの!」

「何か? 『死にたい』ってとこか? あんなもん軽口だろ?! それぐらいウサギが好きって言う表現でしかないだろうが!!」

「あんな! もんを!! 俺のトラウマ扱いするな!!!」


「いや、落ち着けって」

アウトライアーは目をひそめていた。

「ざっくり、ヤバそうなとこに錠前かけただけだ」

「いいから、責任を果たせ」

「僕たちを産み落としたのは君だろ?」

アウトライアーは爪をいじっていた。


――プチュン。

ふわりとした甘い匂いで目が覚めた。そこは知らないベッドだった。

喉の乾きが、やけに気持ち悪い。


隣にいた卯月さんは、目をつぶり俺の胸に手を当てていた。


「あの……」

彼女は祈るように手のひらに力をこめている。

「卯月さん? 俺、起きましたよー」

手を当てられている胸元が温かい。

彼女の体は、うっすら白く光っていた。

「卯月さ―ん。桃―?」


時計の針が鳴り響く。


卯月さんは、はっ、と見開きこちらを見た。

「あ、え? あれ起きてる。え、いつから? あ、おはよう。……あれ? もう夜か」

「……こんばんは」

短針は十を少し回ったあたりを指していた。秒針の刻む音が心地良い。


俺は咳払いを一つした。

「ありがとうございました。初対面なのに看病まで」

「いえいえ。具合、良さそうですね。よかったです」

「ここは?」

「私の家、です」

俺の眉間にシワが寄る。

「あなたが運んでくれたんですか?」

「ですね」


卯月さんは思い出したように怒った。

「いや、じゃなくて! 言ってよ! 動物アレルギーだったなら!」

「危うく殺すとこだったんだけど!」


すべてを伝えると巻き込みかねないな。

「俺、記憶喪失なんですよ。部分部分、抜けてるところがあって」

「記憶、喪失……」

彼女は言葉を繰り返した。

「じゃあ、自分が“動物アレルギー“ってことを忘れてただけ?」

「そうです」


「ふ、不便な体」

言い終えた瞬間、彼女は少しだけ視線を逸らした。言い過ぎた、と思ったみたいに。


ふと、俺はとあることに気づき、頭を抱えた。

じゃあ、図々しくいこう。

「……俺、自宅ないわ」

彼女の眉はピクピクしてた。

こういう時は、少し眉をひそめると効く。

彼女の言葉に、俺は無害そうな笑顔で返した。


彼女の目の奥が見えてしまった。

温かく――腫れ物を見る目、だった。


時計の針の音が響き続けた。


――ガチャン。

次の瞬間、玄関の外だった。

警戒心があるようで何よりだ。


すっかり辺りは真っ暗。末端から冷えが伝わってくる。

仮にもアレルギー症状起こした人間を、寒空の下に置かないでほしいんだけど。

ホテルに行く足もなければ、金もない。

耳の痛みで気分が悪い。寒さが本格化してきた。

……ダンボールってほんとに暖かいのかな。


吐く息が白い。白さだけが、妙に他人事みたいだ。

体が冷えていくのに、頬が熱くなっていく。

――失礼なことをしてしまった。

せめて謝りたいが、もう今さらだ。


歯を鳴らしながら辺りを見渡すも、コンビニの光は見えない。

スーパーからダンボールをもらいに行こうとしたところで、

ガチャリ、と玄関の開く音がした。


「頭、冷えました?」

声が低い。目の奥には怒りと失望が映っていた。


俺は深々と礼をして、

「本当にすみませんでした」

「よろしければ、泊めていただけないでしょうか」

「ソファもいりません。そこら辺に転がしておいてくれればいいので」

「あなたの部屋には一切侵入いたしません」

一息で言い切った。


重たいため息が聞こえた。

「まあ、いいですよ。流石にアレルギー起こした病み上がりを捨てられるほど、器用に生きられないので」

「ありがとうございます」

俺は頭を上げられない。


――頭を下げたまま、卯月さんの後ろについてった。


彼女のリビングには温かいココアが二つ、置いてあった。

「ここまでしてもらうなんて、俺はそんな人間じゃ……」

「まずい、外で放置しすぎて壊れちゃった」

飲む飲まないの押し問答の末、ココアをもらうこととなった。

甘さで、体の芯までほどけていった。


卯月さんはポンと手を叩いた。

「というか調書書かなきゃですね」

「魔導被害供述調書、ですって」

彼女は鬱陶しそうな紙束を突き出してきた。

「助けた側が書くんですか?」

ずっと思っていた不満を口にした。


「魔導事件でしたからね。あなたはさらに救助者でしたから」

「私の場合、職場に連絡が来ましたね。被害認定を下ろすには、救助者欄に署名がいるんだーって」

「後日、警察まで届けて欲しいそうです」

俺は奥歯を強く噛み締めた。


なんで善意の行動で、こんな思いをしなくてはならないのか。

紙一枚で、助けた思いごとひっくり返る。

押し付けられた責任は、自己嫌悪へと転化した。


――助けなきゃよかった。

深く、深く息をついた。


彼女はソファから立ち上がり、指を指した。

「ここから先が私の部屋、お風呂ですので」

「入ったら、殺すので」

丁寧な語尾から、確かな殺意を感じ取った。


「卯月さん、明日はちゃんと起きてくださいね?」

「なんで?」

思わず眉間にシワが寄った。

「探偵になるんでしょ? 1日だけ」

昼間、凛さんから貰った名刺をつまみ上げ、そう言った。

あわよくば、探偵から宗教団体の情報を貰おう。

――神を殺すために。


明日は探偵ごっこだ。

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