その12 不純
俺たち四人はとある駐車場にいた。
俺は言った。
「確かに療養として桃は外に出すべきだと思う。――でも、猫探しは違くない?」
凛は腕を組んで言った。
「仕方ないだろ、私もアレルギーなんだから。咲希だけじゃ酷だろ」
俺は渋い顔をした。
咲希は合図の元、地面を思いっきり踏み鳴らした。すると、猫が驚いて出てきた。
「よし、捕まえた! ど、どんなもんよ!」
桃は猫を掴みながら胸を張っている。
「魔法使わなくたって捕まえられる……い、痛い痛い! 袖が!」
咲希はため息をつき、ケージを開けた。
桃は猫をそっと押し込んだ。
――帰りの車内。
マスク越しに俺は言った。
「結局千花ちゃんの件、どうなった?」
凛はマスク越しに大きく息をついた。
「まあ、お前の予想通り、千花の周りに問題があったよ」
俺はグチるように言った。
「そもそも、いじめの解決ってなんだよ。探偵はそこに入れるのか?」
「無理だろうな。これは根が腐ってる」
凛は喋りながら、バックミラーで桃を見た。
「……悪い」と凛は小さく呟いた。
二人は、お互いバツの悪そうな顔をした。
「……気を使われるほうが辛いんだけど」
桃は視線を落としたまま、そう言った。
「それよりも」
咲希は咳払いをした。
「どうして、あなたは私を膝に乗っけるんですか?」
「咲希ちゃん。車で暴れると危ないよ?」
「普通に座れば、危なくないと思いますよ……」
咲希は観念したように、膝の上で座り直した。
ふと、
窓の外を見ると黄色い雨合羽の人間たちが見えた。
街路で募金活動しているのようだ。張り付いたような笑顔だった。
――そろそろ、時間の問題だ。
――探偵事務所前。
探偵事務所の前には二人の親子連れが立っていた。
篭田由紀子は不安げに言ってきた。
「あ、あの、お時間間違えてましたか?」
凛は一瞬眉がひくついた。
「いえ、篭田さん。失礼しました」
「どうぞ、こちらへ」
そう言って、応接室まで案内した。
篭田千花の目はどこか虚ろだった。
――探偵事務所、応接室。
「それでどうでしたか? 裁判で勝てそうですか? 賠償金はどれぐらい……」
凛は軽く一礼をした。
「篭田さん、我々の仕事は“調査”と“証拠の整理”までです」
「結果として」
「――確かに教師や生徒から、いじめの証言は取れました」
由紀子の顔は少し華やいだ。
そこで凛は、話の勢いを一度止めるみたいに、机の上に写真を置いた。
写真では、由紀子と見知らぬ男が、腕を絡めて笑っていた。
見るより早く、由紀子はそれを取った。
「こ、これは、いじめとは無関係でしょう?!」
由紀子は顔を真っ赤にしている。
「篭田さん。その写真、心当たりありますよね?」
「それが原因で四宮夫妻は離婚されています。その火種が子供に飛ぶのも」
「仕方ないって言うんですか!! うちの子がいじめられたのが?!」
言葉を遮り、由紀子はまくし立ててきた。手が震えていた。
凛の膝の揺れが早まる。
「あ、あの」
桃は少しうつむきながら、片手を上げた。
「少し口を挟んでもいいでしょうか……」
「なんですか? あなたも私を悪者にしたいんですか?」
「ち、違います!」
桃は声のボリュームを誤った。
「ま、まずは、所員が失礼な物言いをしてしまったことを、謝罪させてください」
桃は深々と礼をした。
続けて、千花の元まで近づき顔を覗き込むように話した。
「千花ちゃん。何か飲みたいものなぁい?」
千花は首を振って言った。
「わがまま言うとママに怒られるから」
「……そっか。じゃあ、甘いものは好き?」
こくりと頷いた。
「咲希ちゃん、二人分ココア頂戴?」
桃にほだされるように、咲希は動いた。
由紀子は、わなわなしながら言った。
「なんですか、私に文句でも言いたいんですか?」
「いいえ。全く」
桃は目を瞑った。
「あなたの行動には尊敬しかありません。私が親でも同じように行動できるかどうか……」
「ただ――その気持ちをほんの少しだけ千花ちゃんに向けて欲しいだけで」
「千花ちゃんを、あなたの“正しさ”の材料として使わないでください」
由紀子の目が泳いだ。小さく喉を鳴らし、苦虫を噛むように桃を睨んだ。
由紀子は息巻きながら立ち上がった。
「千花! 行くよ!!」
千花の手を引っ張り、出口へと向かった。
千花はこちらを振り向き、少しだけほほえんだ。小さく手を振り、去っていった。
ガチャリ、と玄関の扉が閉まった。
桃は膝から崩れ落ち、呼吸を荒げた。胸が上下して追いつかない。
「慣れねぇことするからだよ、バカ」
凛は肘をついて言った。
桃は大きく息を吹いた。
「決めた」と小声で聞こえた。
「凛ちゃん。お願いがあるんだけど」
「児童相談所になら、うまく言っとく」
桃はほほえんだ。
「それとね? もう一ついい?」
桃はゆっくりと立ち上がり、まっすぐ凛を見た。
「私を――この事務所に入れてください」
凛は声を一段下げ、まっすぐ桃を見つめた。
「何が出来る? 何がしたい」
桃は自分の胸を押さえて、言った。
「私は嘘しかつけない」
「でも、上手な嘘がつける。それで幸せにしたい」
「みんなを――そして私を」
「詭弁だな。あんなもん、ただのその場しのぎだったろ」
「その場を凌ぐことすらできなかった人が、何言ってるの?」
桃は手を口に当て、ほくそ笑んだ。
凛は深く息をついた。
「とりあえず、今日は帰れ」
「――私は容赦しねぇからな」
こうして、卯月桃は探偵になった。
彼女にとって、嘘は呪いだった。
ともすれば、同じ結末になるかもしれない。
それでも、自分を無下にする彼女はもういない。
――『白の探偵さん』がここに生まれた。
応接室が片付き、人の気配が引いた頃。
凛は二人きりを見計らったように言ってきた。
「祥也。失敗したらどうするつもりだったんだよ」
「顧客を一人失い、みんなが少し傷ついて終わるだけだろ?」
凛は天を仰いだ。
「やっぱり、依頼人勝手に呼んだのお前かよ」
「桃は救う。するとお前は拾う――だから、帰宅に合わせて呼んだ」
「分の悪い賭けじゃなかったよ。桃は元々、ああいう人間だ」
凛は眉間を抑えた。
後始末は終わった。
さあ、雨合羽を――神を追い詰めようか。




