【短編】隣に越してきたダーフィトくんは、今も昔も可愛い吸血鬼です
昔、道路に突っ伏していた子蝙蝠を拾ったのだけれど、小さい掌サイズで、おまんじゅうみたいに可愛かった。花の蜜やお魚も好きだったけれど、ジャガバターの食いつきが良かったかな。ミソスープ系も好きだったわ。
それと吸血行動らしく、私の薬指に甘噛みしている姿も可愛いかった。体調が良くなるまで八ヵ月一緒に暮らしていた。それが私の知っている可愛い可愛い、子蝙蝠のダーフィトくん。
──だったのだけれど。
数年後、隣に越してきたダーフィトくんは、30代のガチムチで、石榴の瞳と珍しい瞳の色、目鼻立ちが整っていて、笑うと八重歯が目立つ。服装は貴族風で、いかにも高そうな白いシャツ、紺色のジャケットにズボン姿。長い金髪は三つ編みにしている。背丈は190センチ前後!
傍若無人、天上天下唯我独尊、俺様系かつ醸し出す色男はやり手のワンマン社長あるいは、カタギではない感じの二代目な──近寄りがたい感じになっておりました。誰これレベル!
「結衣。明日、デェトをしよう」
ダーフィトくんは無愛想から一変して、超デレデレな顔で提案する。
「え。ええええええええええええ!? ってか吸血鬼なのに昼間大丈夫なの!?」
「え、そこなのか?」
1
少しだけ時は遡る。
それは私の勤めるブラック企業が倒産して、運良く超超ホワイト企業に入って初の三連休前日だった。
ああ、夕焼けを見る時間に帰宅って最高!
明日から三日間もお休みなんて、嬉しすぎる。常に週6で日曜日も家に仕事を持って帰るとか鬼畜仕様だったのが嘘みたい。
今日は久しぶりに自炊しようかなぁ。嬉しいことにスーパーも開いている時間だし。炊き込みご飯も良いけど、白米も良いな。あー、豚汁が無性に食べたいわ。豆腐に大根、ニンジンにコンニャク、豚肉とジャガイモ。タマネギも入れて……。味噌あったかな? 調味料もこの際買っちゃおうかな。ブラック企業だったけれど、今までのサービス残業とか退職手当とかしっかり出て、貯金にも余裕があるのよね。
そんなこんなで、奮発して作った料理を食べようとしたタイミングで、訪問者はやってきた。
「初めまして私、リトロン国大公にして吸血鬼皇帝の執事をしておりますグスタフと申します。我が主人が隣に越してきましたので、ご挨拶させていただきたいのですがお時間をいただけますでしょうか?」
「はい? え?」
インターホン越しに見えるのは、身なりの整った執事姿の初老の男性だった。「引っ越しの挨拶」と言うのでチェーンを掛けつつ、扉を開けると高級そうな燕尾服に、靴も新品。片眼鏡までして老執事としては百点満点の服装です。はい。
「ええっと、隣の園花です」
「チェーン越しの対応、その警戒の高さ、感服いたしました」
「どうも?」
「グスタフ! 我が自分で挨拶に赴くと言ったであろう。主人の顔に泥を塗るつもりか?」
「若、しかし」
怒号と共に唐突に隣のドアが開いたと思ったら、30代のガチムチな男性が姿を見せた。
ひゃあ、あれがお隣さん!?
石榴の瞳と珍しい瞳の色。服装は貴族風で、いかにも高そうな白いシャツ、紺色のジャケットにズボン姿。長い金髪は三つ編みにしている。背丈は190センチ前後!
というか私の家と扉、違くない?? 厚さとか形とかロココ調を彷彿とするデザインなのだけれど……後で大家さんに怒られたりしない? どこかの財閥のボンボンの趣味とか?
ふと、綺麗な石榴色の瞳とかち合う。
(あれ? どこかで?)
「結衣、やっと会えた」
ニカッと八重歯が目立つが、とても良い笑顔にドキリとした。強面の笑顔って強烈だ。
無愛想からのとびきりの笑顔に、恋的な何かが始ま──らず、ぐううとお腹の音が鳴った。私は恋よりご飯らしい。
「「…………」」
(超恥ずかしい!)
「食事前に押し掛ける形になって申し訳ない」
「い、いえ」
途端にションボリする顔がなぜだか昔拾った泣き虫で、寂しがり屋な子蝙蝠と重なった。八ヵ月の間ずっと一緒で、すっごく可愛い子。お留守番のたびに、眉をへにゃってして凹んでいた。
「なんだかダーフィトくんみたい」
「!?」
ポツリと呟いた瞬間、石榴色の瞳がカッと見開いた。チェーンを付けていたのに力尽くで扉をへし折り、私を抱き上げる。
(ぎゃああ! 防犯力皆無!)
「覚えてくれていたんだな、結衣! あの時のちっちゃな蝙蝠のダーフィトだよ」
「え」
ぱああ、とその笑い方もダーフィトくんにそっくりだった。
(──って、変わりすぎじゃない!??)
私を抱き上げて喜ぶ筋肉質の偉丈夫と、ひ弱で手の平サイズの子蝙蝠が同一人物──というか数年でこんなに変わるものなのだろうか。
(あ。もしかして、夢?)
***
1時間後。
はい、夢じゃなかったです。
夕飯を食べた後、食後に珈琲を淹れると言ったら、先ほどの老執事さんが用意してくれるという。ちょっと楽しみだ。
それにしてもダーフィトくんは、昔と変わらず豚汁が大好きなご様子。食べている姿も絵になる。まあ、食べている豚汁なんだけれど……。赤ワイングラスとかローストビーフとかが似合いそう。
「どうぞ、フルーティな酸味とスッキリと飲みやすいブラック珈琲でございます」
「ありがとうございます!」
お洒落な珈琲カップ(ダーフィトくんとお揃い)を出した後、老執事は退席していった。たぶん、隣の家に戻ったと思われる。
(珈琲の良い香り。そして美味しい! 絶対に高い奴だわ)
「改めて、我はダーフィト・バルシュミーデ・ランメルツ。種族は吸血鬼で、異世界リトロン国大公にして吸血鬼皇帝と呼ばれている。皇帝の座は既に甥に譲り、現在は異世界異文化交流課の室長を拝命。このたび日本政府との正式な同盟を結び、共存共栄が可能か試験的運用を行うため、隣に越してきた」
「情報過多!」
政府とかパワーワードが出てきたのだけれど!? いやその前に異世界とか、皇帝とかの言葉も気になる。聞いてもいいのだろうか。
「ちなみに結衣と別れてから400年ぶりの再会だ」
「400年!?」
「会いに行くまでに色々あってな」
400年ぶりの再会。人間の感覚では理解できない時間だわ。そこでふと嫌な予感がした。
「……ちなみに空間の繋がっている場所は?」
「結衣の住む傍が良いと思って、隣の部屋にした」
「だあああ!? つまり隣の部屋から今後、異世界の他種族が出て来るということ? 朝出勤する時にモフモフとか出てくるのかしら。それならちょっと見てみたい。ケットシーとかなら、ギュッとしてもいいかな。ううん、人外の場合は見た目からして……、いや『見たな』とか言ってパクリと食べられない?」
私の顔を見て、ダーフィトくんは口元を緩めた。
「心配しなくても、このマンションのオーナーは我だ。問題など一切起こさせない」
「オーナー? 初耳なのだけど!?」
「最近決まって、今日挨拶に来たところだ」
「ナルホド」
あんまりよく分かっていないけれど、急にいなくなったあの子蝙蝠と再会出来たのは嬉しい。いなくなった時期は、近辺を探し回ったものだ。
「急にいなくなったから心配していたけれど、成長して立派になっていたのならすごいや。ダーフィトくんはすごいね」
私の言葉にダーフィトくんはグッと唇を閉じて、ちょっと泣きそうな顔をしている。そうそう時々目を潤ませていたっけ。懐かしい。
「もう撫でてはくれないのか?」
「へ?」
まさかの要求に固まった。そういえばなにかと甘えん坊だったことも思い出してきた。当時は手のひらサイズでもちもちして、お団子みたいでとっても可愛かったのだ。
(目もつぶらだし、コウモリの羽根も小さくて。吸血行動で指を甘噛みもしてたっけ)
昔の姿を思い出して懐かしく思ったけれど、眼前にいるのはどう考えても私よりも年上の、しかも身分が相当に高い人に──。
断ろう。そう決意した。
***
五分後。
泣きそうになるダーフィトくんを見て私が折れました。はい。ちなみに頭が撫でづらいだろうと、膝枕までしています。昔はよく膝の上に乗せていたものね。
(でもだからって今の姿だと、確実に誤解されるような体勢では!?)
ヤケクソな感じで彼の頭を撫でる。ふわふわな金髪の髪はきっとよいシャンプーを使っているのだろう。
「至福だ。400年間、頑張ってきた甲斐がある」
「私と会うために?」と思ったが、まさかそんな訳はないだろう。
「結衣。我は結衣との約束を果たしたい」
「約束?」
もしかして弱っているときに、「元気になったらデートしようね」的なあれだろうか。口約束のようなものだったのだけれど、ダーフィトくんの中では大事な約束に分類されているのかもしれない。
「結衣。明日、デェトをしよう」
「え。ええええええええええええ!? ってか吸血鬼なのに昼間大丈夫なの!?」
「え、そこなのか? むろん我が世界の太陽光とは異なる故、昼までも問題ない!」
大丈夫だろうか。……うーん、昔からダーフィトくんは自分のことを過大評価して「出来るに決まっている」って挑んで失敗する子だったからな。お姉さんは不安です。
「それに日本という国を見て回りたい。知識としては知っているが、実際にこの目で見て歩きたいんだ」
「なるほど」
ノリが海外の人のそれだわ。それにしてもはにかんだ笑顔とか、今のでコロッと落とされそうなになる。
「我は結衣とデェトがしたい。昔、『お金と余裕が出来たら旅行に行きたい』と言っていたのを我は覚えているのだぞ」
「うっ……」
チビちゃんの姿ならどんとこい──なのだけれど、この顔面偏差値の高い人と一緒に居たら注目を浴びる気がする。うん、100パーセント目立つわ。あとそれ以外にも懸念点がある。
「本当に太陽の下を歩けるの? 夜だけのデェトにする?」
「昼間だ。先ほども言ったが、太陽光でなければなんら影響はない」
「へり? そ、そうなの。……ちなみにどこに行きたいとかリクエストはある?」
ぱああ、と眩しい笑顔になるのは、反則じゃないかな。恋愛の免疫力がない私には目の毒だわ。
「まずは血の池地獄」
「んん?」
「それと恋愛成就の神社……」
え、神社? 神聖な場所なのだが。血の池地獄もアレだけれど、神社仏閣に行って灰にならないだろうか。凄く不安だ。
「シルバーアクセサリー体験、銀細工工房見学」
(シルバー!? 銀って吸血鬼の弱点じゃない!? 銀の弾丸とか映画とか出てくるし! なんで自分の弱点の場所に行こうと考えた!?)
「あとはニンニク増し増しラーメンというものも食べてみたい。ミラーハウスも──」
「ストップ!!」
ダーフィトくんは小首を傾げている。本気で気付いていないのだろうか。え、実際に行ってみて灰となって消えられても困るんですけど!? その場合、私が袋に詰めて何らかの方法で復活させるってことよね?
「結衣? ……ハッ、もしかして数年で趣向が変わったとか?」
「違うわよ! というか後半は吸血鬼として弱点ばかりじゃない。そんなところに行っても大丈夫なの!? 死なない? 本当に大丈夫?」
「もちろん。低級吸血鬼じゃあるまいし、それに結衣が行きたいと行っていただろう」
(私のチョイスだったのか!? それはごめんなさい! でも確かに昔そんなことを言った気が?)
ははっ、って笑っているけれど、笑い事じゃない。
「言っておくけれど血の池地獄って本当の血の池じゃないわよ?」
「な……んだと」
そこは調べてないのか。そういえば昔私が九州特集を見て話した気がしてきた。私のせいかも。
「湖水に鉄分を含んでいて、赤色に見られることから血の池って言われているし……。一番それっぽいのは『豊後国風土記』や『万葉集』に描かれている歴史ある池地獄ね。そこなら体験が出来たはず」
「ではそこに行きたい」
「大分県別府市だから結構遠いのだけれど……」
「結衣。旅費なら全額出す」
目をキラキラさせても、私も仕事やプライベートがあるのですが……。
「結衣」
「そんな目で見てもダメです。まずは近場デェトにしましょう」
「近場デェト!」
ダーフィトくんはチョロそうだ。簡単に切り替えてウキウキしている。私も色々と用意しておこう。
こうして明日の昼間デェトが決定したのだった。
2
翌日、晴天。
気温は25度と9月にしては中々に涼しい。日差しもそこまで強くないのだが、私の予想は見事に的中した。的中しましたとも。
「ぐっ……、馬鹿な」
ダーフィトくんは全身黒尽くめのパリッとしたスーツ姿で、サングラスをしているので余計に気質には見えない。そして二日酔いのような真っ青な顔をしている。
「(すごいショックを受けている。よっぽど自信があったのね)……ダーフィトくん、とりあえずこの日傘に入ろうね」
「……申し訳ない」
「気にしないで、灰にならなかっただけでも嬉しいわ」
ふとショーウィンドウにダーフィトくんの顔が写っていないことに気付き、日傘で顔を隠して、ささっと離れた。遮光率及びUVカット率100パーセントの大きめな日傘を事前に買っておいて、本当によかった。
「日の下を歩く……約束……皇帝以上に進化すれば」
「(怖いこと言うなぁ)……今だって歩いているから大丈夫だけど、辛いなら家に戻ろうか?」
「ダメだ。デェトをする」
「じゃあ辛くなったら、ちゃんと私を頼ること」
「……頼る。アハッ、そうだな。結衣は頼っても良いんだ」
上機嫌だ。汗だくで辛そうなのに、でも嬉しそうだ。しょうがない。私ができるだけサポートに回ろう。
(それにしても吸血鬼特性がもろに出ている。このまま通常ルートだと体力的に厳しいかも。よし、移動を地下鉄に切り替えて、駅直結のデパートに入るルートにしよう)
ルート変更によりダーフィトくんの顔色は、だいぶ落ち着いた。周囲の視線はもう考えないことにした。うん。それが一番だわ。
カフェで水分補給と休憩をとって、一息つく。鉄分の入ったもの飲んで少し回復した。
「気分も良くなったので、恋愛成就の神社に行ってみたい」
ちょうドヤ顔で言い切った。なんで君はそんなに自信満々なのだろうか。その自信、お姉さんもほしいです。
「……念を押して確認するけれど、吸血鬼が神社に入っても大丈夫? 鳥居は結界だって言うし、神域にあたるけれど?」
「ふっ、何ら問題ない。我は吸血鬼皇帝なのだから!」
「そっかぁ」
***
30分後。
私はダーフィトくん(5歳)を抱っこしながら神社を後にする。
「ぐっ、ふかく」
「いや、不覚とか以前に最初から想定の範囲内だったよ?」
「なん……だと」
すっごく衝撃を受けているけど、普通に考えたら有り得るでしょうに。
参拝と恋愛成就のお守り、そして籤までは引いた。神社をしっかり堪能していたのだが、出口に近づくにつれて子どもの姿になってしまったのだ。
まあ、なんとなく無理そうだな、とは思っていた。日光で弱っているのを見たときから分かっていたことなので、あまり驚いてはいない。
身なりの良い坊ちゃん姿になったダーフィトくんは、ボロボロ泣いている。400歳児なのだよな、と思ったが人外の精神年齢は人と違って成長が遅いのかもしれない。
「ふぐっ……。おのれとちがみめ。このすがたのほうがすきんしっぷができるとか……よけいなことを。これではいせいとして……ぐすん」
(な、なんだかすごく落ち込んでいる)
日傘をダーフィトくんに持ってもらい、私は彼を抱っこしつつ、背中をトントンと優しく触れる。
「はいはい。灰にならなかっただけでも良かったわ」
「ぐすん。また迷惑を掛けてしまった。すまない」
しゅんとなって落ち込むのは昔のままだ。子蝙蝠だったころと何ら変わらない。それがなんだか嬉しくもある。
「気にしないで。私も神社が久しぶりだったから楽しかったし、ダーフィトくんは今も昔も可愛いままだって分かったもの」
「それは……異性としてどうなのだろう」
「ん?」
その後、ニンニク増し増しのラーメンやに行きたいと言い出したので、全力で止めた。
3 ダーフィトの視点
叔父が転移魔法を使って王太子だった我を異世界へと追い出した。弱って死ぬだけだった自分を救ってくれたのは、間違いなく結衣だ。
そこで結衣に拾われて身体の傷を癒し、元の世界に戻るべく魔力を溜めの止まり木だったはずなのに結衣と一緒の時間は、かけがえのないものになっていった。
結衣が好きだ。愛している。
我の瞳を見ても魅了されない希有な人間。温かくて良い匂いがする。お人好しで胆力がある女性だ。伴侶として申し分ないと、求愛行動をしても気付いて貰えず、左薬指に甘噛みしてアピールするも単なる吸血行動と思われる始末。
こうなったら自分を磨いてアプローチするしかない。この際、皇帝とかどうでも良い。ただ権力があったほうが、なにかと動きやすいだろう。
吸血鬼皇帝として君臨して200年。結衣と離れてから笑顔が消えた。刃向かう者は凄惨な死を。裏切り者には死ぬよりも苦しみを。
異を唱える反対勢力は、力を付ける前に皆殺しにして世界を支配し、皇国を作り上げた。統一国家にした後は法が全てとして、生活水準を上げて国民が潤うように政策を行う。
その後、魔法技術などに投資を行い、異世界転移魔法門を完成させた。戦乱の世では異世界との交渉においても難しいと思ったからだ。
結衣の世界は、驚くほど生活水準が高かった。彼らと対等な関係になるまでに400年も掛かってしまったが、時間軸の計算なら問題なく結衣に会えるだろう。それがあの国に住まう神々との条件でもあったのだから。
結衣と再会し、伴侶として見て貰うためにも立派に成長した姿を見せなければ──。
***
「ダーフィトくんは変わらないね」
その言葉に異性として見られていないと気づき、ショックだった。だが昔と変わらない眼差しに胸が熱くなる。無理を言って頭を撫でてもらい、ますます結衣の傍に居たいと気持ちが強くなった。
「昔好きだったトマトとナスのグラタンを作るけど食べていく?」
「もちろん。材料費はこれを使ってほしい」
「ブラックカード!? 怖っ」
結衣は昔と変わらずコロコロ表情が変わる。それをまた近くで見ていられるのが嬉しい。
好きだ。愛している。
伴侶として迎えたいけれど、今は異性として見られていなくても、一緒の時間を過ごして日々の時間を大事にしたい。
4
ダーフィトくんが家に居るのが当然のことのようになって、早一ヵ月。お隣さんだし、なにかと食材や料理をお裾分けに来ることがあり、一緒に食べている(ブラックカードは返しました)。ダーフィトくんはとても素敵な大人になったのに、今も昔も変わらない笑顔や泣き顔は反則だと思う。
それに片付けや食器洗いとか、お風呂掃除なんかも率先して手伝ってくれる。老執事さんが時々「若が自主的に……」と涙ぐんでいた。
「(よく考えたら異世界では前帝なのよね)そういえばダーフィトくんの吸血行動は平気?」
「平気じゃない(心配してくれて嬉しい)」
「ナルホド」
子蝙蝠だった時は、一粒程度の血を飲ませたことがある。あれはかなり弱っていて、食事も出来なかったから最終手段的なものだった。
「結衣の血は魂がキラキラしているから、すごく美味しいんだ」
「ナルホド?(大人姿のダーフィトくんに言われるとちょっと照れるというか、ガブリとガチで噛まれて全身の血とか抜かれたら死んじゃうんじゃ? 噛まれたら眷族に……?)」
ジッとダーフィトくんを見つめた。いや照れないでほしい。
「血が飲みたいって……首にがぶり?」
「そんな外道な方法で血の接種する種族がいたら根絶やしにしてくる!」
「鏡を見せたいけど、映らない種族だったわ」
ダーフィトくんは時々天然だと思う。あと人たらしだとも付け加える。
「昔噛んだのも左薬指だったので、その……噛んでもいいだろうか」
「痛くない?」
「痛くない。ちょっとだけチクリとするかもしれないが止血もするし、歯も先っちょだけだ!」
(必死)
ダーフィトくんのような吸血鬼は、特定の相手しか血を欲しないらしい。そして量ではなく質を大事にするようなので、一滴あればいいとか。
私がソファに座って、ダーフィトくんが片膝ついて、手の甲にキスをする仕草に、胸がキュンキュンしてしまう。
「痛くしない(これで少しは異性として見てほしい)」
「う、うん(きゃああああ、騎士っぽい。ちょっと、かなり格好いい!)」
漂わせる色香に甘々な雰囲気──にはならなかった。
「「………」」
かじかじと、昔も今も変わらずに上手く噛めず、甘噛みになるダーフィトくんの姿に、子蝙蝠の時の姿を思い出させてホッコリしてしまった。
「上手く囓れない、ぴえん」という顔をされたら、微笑ましくなってしまうのはしょうがないと思う。
(可愛いな)
5
二ヵ月後。
肌寒い季節となった。
「同窓会?」
「そうなの。大学時代の友人と飲みに行くので、明日のご飯は別々で!」
「わかった」
深々と頷いたダーフィトくんはキリリとしているので、なんだかお留守番を頑張ると言った時の子蝙蝠の姿を思い出して、口元が緩んだ。
なんだかんだで一緒に居る時間が増えているのが日常になりつつあることに、嬉しく思ったりもする。会社も超超ホワイトで残業なし、在宅可能、休日もしっかりあって、プライベートではダーフィトくんと出かけたり、ゴロゴロする毎日で充実している。
だからちょっとした悪意に鈍くなっていた。
***
21時過ぎ。貸し切りレストラン内で、賑やかな声が少し遠くから聞こえてくる。ビュッフェ形式で、席は入れ替わりが激しかった。
「うっ……(なんだか気持ち悪い。飲み過ぎた? うーん、ペース配分はしていたはずなのに……)」
「園花さん。最近、羽振りが良いって聞いたのだけれど?」
「私たちにも良い人紹介してほしいな」
「え、紹介?」
「そうよ」
ぐわんぐわんと頭が揺れる。学生時代ヒエラルキーの高かった女子の一人で、名前は──だめだ、思い出せない。
「ランメルツさんって結構な資産家で、様々な企業を買収しているの。一緒に居るところを見かけたんだけれど、私たちにも紹介してほしいなぁって」
(ランメルツ? 誰だろう? んーもしかしてダーフィトくん?? それよりも頭が痛いし、視界がぐるぐるするから早く帰りたい。帰ったら白湯かウコン茶かなお酒成分のアセトアルデヒドを分解してくれるし……)
「ねえ、聞いてる? それともちょっと痛い目でも見る?」
「ランメルツさんもアンタがビッチだって分かったら、離れていくかもしれないし」
(あー、気持ち悪い……っ)
「なあ、真由理。持ち帰っていいって、この子?」
「わあ、でろんでろんに酔っ払っているなぁ」
「そうよ。ちょぉっと酔いやすい薬を混ぜたから、二時間はこのままじゃない?」
「それじゃあいこうか、おねーさん」
よく分からないまま、誰かに連れ出されて視界が揺れる。香水臭いし、なんだか引っ張られる腕も痛い、たばこ臭いし。
「(早く帰りたい。帰ったらダーフィトくんが『おかえり』って出迎える。いや隣に住んでいるのに、なんで家の中にいるのかって思うのだけれど、オーナーさんなので合鍵持っているし……だから部屋にいても……あれ? それ良いんだっけ? まあでもダーフィトくんなら……。ダーフィトくんになんだか無性に会いたいな)……ダーフィトくん」
「呼んだか、結衣」
薄荷に近い香りが鼻腔をくすぐる。ダーフィトくんの香りだ。
(あれ? もうお家?)
なんだか安心して膝の力が抜ける。急に座り込んだら足とか痛めるかもと思ったけれど、浮遊感とぬくもりに抱き上げられた。
「ふぁ?」
「結衣、帰ろうか」
「ん」
「なんだよ、アンタ」
「こっちは親切に運んでやろうとしていただけだぞ」
「そうか。だが牙もないくせに吠えるな。物理的にも、精神的にも、社会的にも抹殺するぞ、人間」
ゾッとするほどの冷気に、周囲の温度が急激に下がった。悲鳴と逃げ惑う声が聞こえたが、よく覚えていない。
ネオンの光が眩しくて、私を抱きしめてくれている温もりに甘えるように、身を委ねた。
(あれ? 家じゃない??)
「結衣は危機感がなっていない」
「ごめんなさぁい」
「いい。間に合ったから」
「んー」
強面だけれど誰よりも紳士で優しい。そんな彼の首に手を回して、抱きしめる。
「むかえに来てくれて、ありがとぅ」
「これぐらい幾らでもする」
「ん」
「君をこんな風にした連中に、しかるべき報いを受けさせる」
その時の彼は宝玉のように目を輝かせて、まるで篝火に似た色をしていた。私のために怒ってくれる姿は、やっぱり今も昔も変わらない。とっても素敵な騎士様だと思った。
***
後日談。
翌日は二日酔い。朝起きたときに、心配で添い寝をしてくれたダーフィトくんを見て、悲鳴を上げたのは、また別の話。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!
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※Nolaノベルも掲載していますが、1万文字越えを避けるためNolaノベルでは描写を一部削ってます(о´∀`о)
10月25日[日間]現実世界〔恋愛〕 - 短編4位→3位(全て7位)26日短編3位(全て5位)




