37話
男の問いかけと……奈落の縁から見える地上までの距離に、俺の身体から血の気が引いていく。
背もたれに掛けられたマスターの両手はそれ以上椅子を進める事は無かったが……椅子を引き戻す事もしなかった。
「……何故そんな事を?」
マスターが……低い声で俺に問いかける。
俺は震える声で返答を絞り出した。
「飛び降りたのが……彼女だったのはすぐ分かった。だが、あの時の俺は奴等の不正の詳細は知らなかったからな……メモリの中身を見れば自分の身の安全を確保出来るかも知れないと思った」
俺は当時の自分の気持ちを語った。もちろん、自分が書いたでっち上げが知られてしまうかもしれない恐怖があった事も否定は出来ないが……
「そうじゃない……」
? どういう意味だ?
「何故そのメモリを彼女の父親へ? お前からすれば事の真相は闇に葬った方が好都合だっただろう?」
ああ……そうだな、当然そう思うだろう。だが、
「あんたは信じないだろうし……俺はとばし記事を書き捨てるクズみたいな人間だが……奴等に加担して彼女を追い詰めた事に罪悪感が無かったわけじゃない。幸い……宛先のデータはメモリの中にあったからな……」




