第7夜 声の主
郊外。
川沿いに建つ、古い物流倉庫。
柊木蒼真は、防寒着の中に仕込んだマイクロカメラを手で押さえ、呼吸を整えた。
(センサーは……ない。扉は施錠されてない。ここ、確実に“使われてる”)
彼が突き止めたのは、過去に結城玲司の出入り記録があった倉庫。
名義は三度以上変更され、表向きは“空室”。
だが、違和感のある電力使用と、監視カメラの死角。
足音を消して中へ。
空間は、ひんやりとした空気が支配していた。
無機質な金属ラック、壁際に積まれた黒いケース。
その中央――高性能サーバーラックがひっそりと点灯していた。
「……あった」
柊木は胸ポケットのレコーダーをONにした。
数歩進んだとき――
「来ると思ってたよ」
背後から、低く、くぐもった声。
「……MASK-01?」
声は返さず、床に影が落ちる。
足音がひとつ。
静かに歩くブーツの音が、鉄骨の反響で大きくなる。
「君にはまだ“資格”があると思っていた」
柊木は振り向かず、声だけを追いながら問う。
「お前は……結さん、なのか」
「その問いに、今は答えない。だが、これは“贈り物”だ」
その言葉と同時に、照明が落ち、倉庫が闇に沈んだ。
同じ頃――
都内、警視庁監察室。
堂島健斗は、公安課の男たちに囲まれていた。
「――君の動きは、あくまで独断だ。我々は正式に拘束権限を行使する」
「……“捜査情報の漏洩”って名目で、黙らせるつもりか」
「違う。“口を閉じなければ命を落とす”――我々は、忠告しているだけだ」
堂島は、ゆっくりと立ち上がる。
「なら、覚えておいてください。俺は、仲間を見捨てるような警察官じゃない」
堂島は警視庁を出ると同時に、車に飛び乗った。
スマホに表示された位置情報は、郊外の倉庫のまま動かない。
「……無茶しやがって……!」
シートベルトも締めずにアクセルを踏み込む。
遠ざかる警視庁。
その窓のどこかに、まだ“見ている誰か”の目がある気がした。
倉庫内――。
柊木は物陰に身を滑らせ、耳を澄ませる。
背後、左右、動きはない。
だが――空間の“気配”が、変わった。
バチッ、と静電気のような音が走った瞬間、サーバーの脇から黒い人影が飛び出した。
「っ!」
柊木がとっさに身体を引くと、壁の配管が鈍い音を立ててへこむ。
(訓練されてる……!)
振り向きざま、懐から携帯型スタンガンを抜こうとするが――
腕を取られ、壁に押し付けられる。
「君には、失望したよ」
その耳元に、ささやくような声。
柊木はその声に、かすかに身を震わせた。
(……結さん)
目の前のMASKの顔は、フードに隠れて見えない。
けれど声と温度は、確かに“かつての上司”のものだった。
直後――
派手に扉が破られる音。
「離れろッ!!」
拳銃を構えた堂島が飛び込む。
MASKの男が驚いて一瞬動きを止めた隙に、柊木が肘を突き入れ、体を開放。
堂島は即座に突進、MASKの胸元に体当たりし、二人は床に転がる。
「さっきの貸し、返してもらうぞ!」
数秒の格闘。
堂島が相手の膝を払って上を取り、拘束――!
「……っ、こいつ……!」
堂島がフードをはぎ取る。
だが、そこにあったのは――結城ではない“見知らぬ顔”だった。
「……違う」
柊木が、静かに呟く。
「今のは“声だけ”。――彼は、まだこの倉庫にいない」
サーバーラックの前に、スピーカーが点灯する。
電子音のフィルターを通した声が、空間に響く。
「柊木蒼真。――君は、どちら側に立つ?」
「僕は、正義の味方じゃない。……でも、人を殺す味方にもならない」
「ならば、敵ということだ」
「……そうなってしまうなら、僕は君を――止めるしかない」
スピーカーは音を立ててノイズを吐き、やがて沈黙した。