第5夜 見えない銃口
午後10時すぎ。
堂島は帰宅ルートを変更しながら、背後の気配を確かめていた。
ここ数日、微かな“視線”を感じていた。
建物の陰、車のルームミラー、通りすがりのスマホ。
すべてが、堂島を静かに追っている気がしていた。
「……来るなら、さっさと来いよ」
その言葉と同時に、真横の路地から男が飛び出した。
フード、マスク、そして暗器――。
MASKの一人。03か、それとも別のナンバーか。
堂島は反射的に身体を引き、相手の腕を掴んで転がす。
アスファルトに衝撃音。
だが相手はしなやかに受け身を取り、すぐに立ち上がる。
――ただの素人じゃない。
動きに迷いがない。
訓練を受けたタイプの“実戦型”だ。
「……やる気かよ」
相手は無言。
次の瞬間、堂島の腰に飛びつくような低いタックル。
体勢を崩した堂島の腕を取って地面にねじ伏せようとするが――
「なめんなよッ!」
堂島は膝で相手の脇腹を蹴り上げ、体を反転。
間合いを詰めて肘を叩き込む。
ゴッ、と肉のぶつかる鈍い音。
相手のフードが外れ、一瞬だけ顔が見える。
――若い。20代半ば。目に迷いはない。
(あいつ、“殺す気”じゃねえ――)
とその時、相手の手首に仕込んだ小型のスタンガンが、堂島の脇腹に押し当てられる。
「ッ……が……!」
体がビクンと跳ね、足がもつれる。
そこへ、ナイフの刃――!
「はいそこまで!」
柊木の声が響いた。
電柱の影から投げられたのは、警棒型のハンドライト。
眩しい閃光にMASKの男がひるんだ隙を見て、堂島が渾身のカウンター。
肘が顎に入り、男がその場に崩れ落ちる。
「……っぶねえ……!」
「ギリギリだったね。やっぱり君、ちゃんと僕がついてないとダメなんだな」
「ふざけんなよ……何でここに……」
「GPS。君、知らない間にジャケットの内ポケットにタグ入れてたんだけど、怒らないでね?」
「怒るわ!!」
「でもほら、助けたし、結果オーライってことで」
堂島は倒れたMASKの男を見下ろし、息を整える。
「……こいつ、俺を始末しに来た」
「うん。“警告”じゃなくなってきたね。……完全に、堂島くんが“邪魔”になってる」
数時間後、廃ビルの一室。
MASKの面々が集う暗室に、静かに足音が響く。
長身、黒のジャケット。
顔は闇に隠れて見えないが、その立ち姿に威圧感があった。
「……03が捕まったか」
低くしわがれた声。
周囲のMASKたちが身じろぎもしない。
その男――MASK-01は、薄く笑う。
「そろそろ、“あの男”を迎える時期かもしれないな」
傍らのデバイスに映る、ある名前。
<柊木 蒼真>