第1章・ミサキ(3)
勇者グレリオのパーティがエンシェント・ウルフの討伐に失敗した――!
私がその報告を受けたのは、彼らがレイアレスを旅立ってから七日後のことだった。
勇者グレリオは再起が危ぶまれるほどの重傷を負い、魔法使いレアリィと修道女セロフィアもそれぞれに深手を負ったらしい。
そしてレナウドに至っては、三人の敗走を手助けするために、その身を盾にしてエンシェント・ウルフの前に立ち塞がり、そして死亡したとのことだった。
完敗という言葉は、こういう時に使うのだろう。
見事なまでの討伐失敗である。
これで、本来のトルネッタ姫の死亡フラグは完全に折られたというワケだ。
「おお、レナウド! なんという事……!」
私は報告を聞いたその場で、大げさに泣き叫ぶ演技をしてみせた。
トルネッタ姫とレナウドとの関係性を知る何人かは、私に慰めの言葉をかけてきた。
悲嘆にくれる私を取り囲む中にはマイロナ姫もいた。
何か言いたげな様子を見せてはいたが、結局は私に声をかけることはなかった。
ひと通りの演技が終わった後で、私は自室に戻った。
『なんてこった! なんてこった!』
部屋に入った途端に、べスタロドは地団駄を踏んで怒りをあらわにする。
自分の真の姿を取り戻せなくなったことに苛立っているのだ。
自棄になったべスタロドに体を乗っ取られてしまわないよう、ここから私は慎重に立ち回ってみせなければならない。
「役立たず共め、なんと忌々しい……! 致し方ありません、次の挑戦者に期待することにしましょう……!」
私も立ち位置の都合上、強い怒りを演じてみせる。
『勇者が再起不能にされて、王国騎士団の団員が死んじまったんだ! こんな噂が広がってしまえば、これから新たにエンシェント・ウルフに挑もうなどというヤツは、もう二度と現れねえ! この作戦は失敗だ!』
べスタロドは頭を抱え込む。
エンシェント・ウルフの討伐に挑戦する者がもう現れないという点については、私としては願ったり叶ったりな話だ。
「このままでは、次の王位はプロラリアのものになってしまう……!」
私自身は王位などに興味はないが、トルネッタ姫にとっては由々しき問題だ。
私も一緒になって頭を抱え込んでみせた。
『くそっ! これから、どうすりゃいいんだ……!』
さて、話はここからだ。
私は不自然のない形で、べスタロドから解放されるための布石を打つ必要がある。
「べスタロド。魔獣の爪の他に、強力な法力を得る方法はないのですか?」
この世界のことを知り尽くした私には、既に心当たりがあった。
凶獣の牙というアイテムにも、魔獣の爪と同様に強力な法力が込められている。
その事を知っていてほしい、べスタロド……!
『……あるにはある。凶獣の牙ってヤツがな』
――よし!
べスタロドの口から凶獣の牙の単語が出てきたことに、私は心の中で喜びの声をあげる。
「凶獣の牙……! それは、どこにあるのですか?」
『海を渡ったカバルダスタ大陸にプレナドっていう小さな国がある。そこで御神体として崇め奉られているって話だ』
その通りだよべスタロド、よく言った!
べスタロドの口からプレナドという国名を引き出すことに成功して、私は快哉をあげたい気持ちで一杯だった。
これで今後、私がプレナド国という場所に対して強い執着の姿勢を見せても、不自然ではなくなったのだ!
「では、わたくしがプレナド国を訪れて、凶獣の牙に触れることができさえすれば、わたくしの法力はより高まるのですね……!?」
私は目を輝かせてみせて、べスタロドに問う。
カバルダスタ大陸はシナリオ第三章の舞台となる場所だ。
本来であれば、船を入手した勇者パーティがレイアレスの次に訪れることになっていた。
私の真なる目的は、カバルダスタ大陸のプレナド国に住んでいる、霊媒師デュレクトと接触することだ。
第三章では、トルネッタ姫と同様に悪魔に取り憑かれたキャラが登場する。
カバルダスタ大陸の大国であるガルオンの国王だ。
悪魔に取り憑かれたガルオン国王は、周辺国に対して侵略戦争を仕掛けようとしている。
戦争によって人間社会を混乱に陥れ疲弊させ、その隙をついて魔王軍による世界征服を実現させようというのが、悪魔の魂胆だ。
本来のシナリオでは、勇者パーティがガルオン国王の前に霊媒師であるデュレクトを連れて行き、悪魔祓いをする、という展開が待っている。
悪魔の支配から解放されたガルオン国は侵略戦争を取りやめ、めでたしめでたし……というワケだ。
デュレクトの悪魔祓いの能力は、きっと私にも有効だろう。
私はこのデュレクトの手助けを借りて、べスタロドから解放されようと企んでいるのだ。
『カバルダスタ大陸か……あそこはバルバレオの領分だから、気が進まねえな……』
べスタロドが浮かない顔をする。
バルバレオとは、ガルオン国王に取り憑いている上級悪魔の名前だ。
どうやら悪魔同士の間には、縄張り争いの考え方があるようだ。
「そうは言っても、魔獣の爪を手に入れる算段がつかない今は、凶獣の牙とやらに目を向けるしかないでしょう?」
『違いねえ。背に腹は代えられねえしな』
私の言葉にべスタロドが頷く。
『だがよ、トルネッタ。どうやってカバルダスタ大陸へ渡ろうって言うんだ?』
「わたくしはなんとしても、プレナド国に行かねばなりません。べスタロド、どうか貴方のお知恵を拝借させて下さいまし……!」
私はとりあえず、べスタロドに体を摺り寄せてみせた。
『ケケケケ。俺は人間には興味がねえって言ったろうに。だが、カバルダスタ大陸へ渡る算段は、どうにかしないとな。俺も知恵を貸すぜ、トルネッタ』
べスタロドはまんざらでもないといった風に笑い声をあげた。
さて、次はカバルダスタ大陸へ渡る方法を考えなければ――。
この場を思い通りの形で乗り切ることに成功した私は、次の策略について頭を働かせることになった。
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