第1章・ミサキ(1)
――計画通り。
トルネッタ姫として勇者パーティを城で迎え入れた私は、自分の頭の中で描いたとおりに、ラオウールをパーティから離脱させる事に成功した。
エンシェント・ウルフの討伐には、魔法剣士であるラオウールの存在が欠かせない。
ラオウールのいないパーティ構成では、エンシェント・ウルフの討伐には必ず失敗するに違いない。
これで本来のシナリオ通りに話は進まなくなり、魔獣の爪を城に持ち帰る者はいなくなったはずだ。
つまり、私がべスタロドに体を奪われることはなくなったわけだ!
私の死亡フラグはポッキリと折られることになるのだ!
自室に戻った私は、ベッドに転がって高笑いをあげていた。
『随分とご機嫌だな、トルネッタ。ケケケケ』
ベッドの脇に立ったべスタロドが俺に囁きかける。
「それはそうでしょう。ようやく、エンシェント・ウルフの討伐に挑戦しようという者が現れたのですから!」
『それにしても先程は、お前にしては随分と穏やかな態度だったな。傍らで見ていて、我輩は笑いが止まらかったぞ』
「わたくしたちの野望に協力させようというのですから、それぐらいは当然でしょう」
『ケケケケ、違いない。ケケケケ!』
私につられてか、べスタロドも下品な笑い声をあげ始めた。
私は、ラオウールのパーティ離脱の成功率を少しでも高めるために、本来のイベント内容に幾つかのアレンジを加えていた。
ひとつは、討伐に挑戦する者には支度金を与える旨を、御触書に書き加えたことだ。
実はエンシェント・ウルフ討伐のイベントでは、レイアレス城の訪問は必須ではない。
御触書を読んだ時点でイベント進行のフラグが成立するため、城を訪問することなくエンシェント・ウルフの討伐に向かい、魔獣の爪を入手することができる。
勇者パーティが魔獣の爪を手に入れる前に確実に城を訪問させるように、私はエサを撒いておいたわけだ。
そして、それは見事に成功した。
もうひとつは、レナウドの役職に手を加えたことだ。
彼の役職を、レイアレス王の近衛兵から、トルネッタ姫直属の私兵へと変更させておいた。
王の説得には些か手を焼いたが、最終的には私の意見を通すことができた。
目的は勿論、ラオウールに代わって勇者パーティに参加する人物を用意するためだ。
ラオウールを勇者パーティから離脱させるには、それ相応の理由付けが必要だろう。
いくら王族からの命令とはいえ、これといった理由もなしに仲間をパーティから追放させるコトには抵抗を示すはずだ。
無理強いをすれば反感を買い、正式な依頼なしに勝手にエンシェント・ウルフの討伐に向かってしまうかもしれない。
そこで、レナウドの出番だ。
吟遊詩人でもやっている方が似合っている優男のラオウールと違い、レナウドはいかにも男らしい逞しい体つきをしている。
補助系スキルの恩恵をまだ知らぬであろう脳筋状態の現時点の勇者パーティには、レナウドの存在は頼もしく見えるはずなのだ。
メンバー入れ替えの案に対しても、勇者達が積極的な姿勢を見せることが予想された。
良い意味で想定外だったのは、ラオウールが勇者パーティの中で相当な嫌われ者になっていたという点である。
おそらくだがこの世界は、『レアリィ特攻作戦』などと呼ばれる時間効率の良い狩りが行われた世界線のもののようだ。
そして最後のアレンジ点であるが、私は本来のトルネッタ姫の激しい気性を演じることをせずに、凛とした態度で勇者パーティに接することにした。
これも先程述べた通り、勇者パーティからの反感を買ってしまい、パーティのメンバー交代を断られてしまわないようにすることが目的だ。
それと単純に、余りに口汚いトルネッタ姫の発言内容を、私が再現する自信がなかった。
これらのアレンジの甲斐もあって、ラオウールとレナウドの交代案は実にすんなりと受け入れられた。
「果報は寝て待て、と言います。レナウド達が魔獣の爪を持ち帰ってくるのを、今は静かに待ちましょう」
『お前の言う通りだな、トルネッタ。ケケケケ!』
べスタロドが大きな笑い声をあげる。
愚かな奴だ。
もう誰も、魔獣の爪を持ち帰ってくることなどないというのに……。
これで私は、勇者パーティの来訪に怯える日々から解放されたのだ!
ようやく、この世界でどのような人生を送るかについて、思いを巡らせることができるようになったのだ!
私はあまりの解放感に、大声で笑い叫びたい気持ちでいっぱいだった。
『あーっ、あいつらが帰ってくるのが待ち遠しいなあ! ケケケケ!』
だが、私のすぐ横にはべスタロドがいる。
余りにも不自然な行動を取れば、コイツが怪しんで来るだろう。
――そうだった。
私はまだ、べスタロドという目障りな存在に付きまとわれている真っ最中であった。
コイツに体を乗っ取られないよう、常に注意しながら生きていかなければならない。
今後、私がこの世界で自由に生きるに当たって、べスタロドは排除すべき存在なのだ。
『なんだ、俺の顔をジッと見つめて……。もしかして、俺に惚れでもしたのか?』
私は無意識のうちに、べスタロドに視線をやっていたようだ。
「そのような事……女のわたくしから言わせないで下さいませ、ベスタロド」
そんなわけあるか!
……という言葉をグッと飲み込んで、私は言葉を返した。
『悪いな。俺は人間には興味がねぇんだ。お前の気持ちは受け入れられねぇ』
「ああべスタロド、いけずなお方……」
私は悲しんだフリをしてみせる。
『だが、お前のような気性の荒い女に惚れられるのも、悪い気はしねえな。ケケケケ!』
調子に乗るなよ、べスタロド……。
べスタロドからの解放――私の人生における次の目標が今、決まった。
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