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第3章・ミサキ(7)

――悔しい、悔しい、悔しい!


私は、この世界のことを知り尽くした存在のはずだ。

いわば私は、この世界で特別な存在、神にも等しい存在のはずだ。

何もかも、思い通りにできる存在のはずだ。


しかし、結果はどうだ?

ここでは本来のシナリオ通りに話は進まず、私は死ぬ寸前まで追い詰められた。

そんな情けない姿を見せたところを、私はラオウールの一行に助けられた。


勇者のパーティから追放されて、膝を落として泣いていた、あの無様なラオウールにだ!


あのまま、(あて)がってやった城下町の家で静かに暮らしているはずのラオウールが、今では勇者の役割を引き継いでいるという。

エンシェント・ウルフを討伐し、レイアレス王国に魔獣の爪をもたらしたという。


そしてこのガルオン王国においても、この場にいる者の代表として、ガルオン王から白虎のオーブを授かっていた。


それは、デュレクトをガルオン王の前に連れて行った私の役割だったはずだ!

ガルオン王の悪魔(ばら)いに失敗するなどという想定外のアクシデントがなければ、今頃は私が勇者たる者として、皆から賞賛を浴びていたはずなのだ!


そう、私は行く先々で勇者に代わる者として活躍し、褒め称えられるべき存在だった!

しかし今後は、勇者となったラオウールがその役割を果たすのだ!

あの無様なラオウール(ごと)きが!


そして何よりも恨めしいのは、マイロナ姫の心をラオウールに奪われたことだ!


先ほどからの、ラオウールへ送るマイロナ姫の視線……。

私には分かる、あれは恋に落ちた女が男に向けるものだ!


そうだ、ラオウールはマイロナ姫の心を女のものに変えてしまったのだ!


彼女は何も知らず、純粋無垢(じゅんすいむく)のままであるべきだった。

私だけを信じ、私だけを頼って、私だけを(した)っていれば、それで良かったのだ。


――憎い!


私の役割を奪ったラオウールが憎い。

私からマイロナ姫まで奪おうとするラオウールが、心から憎い。


そもそも、あのラオウールという存在は、いったい何なのだ?


先ほどのバルバレオとの戦闘の中で、ラオウールは初見であるはずのマイロナ姫やラベルラに対して、あまりにも的確な命令を出していた。


なぜ、ただの王女であるはずのマイロナ姫が、物理攻撃役(アタッカー)であることを知っていた?

なぜ、会ったこともないはずのラベルラが、回復役(ヒーラー)であることを知っていた?


考えられる答えはひとつ。

ラオウールも私と同様に、この世界に関する前世の知識を持った転生者だということだ。


――許せない!


なんで、アイツはラオウールなのに、私はトルネッタ姫なんだ!


なんで私を、本来であれば悲惨な最期を迎えるような存在に転生させた!

なんで私を、マイロナ姫と愛し合うことが許されないような存在に転生させた!


私は、不公平な判断を下したこの世界の意思が、絶対に許せない!


「さっきから怖い顔しちゃって、どうしたっていうのさ。トルネッタ」


私の心の内を知ってか知らずか、ラベルラが声をかけてくる。


「……わたくしの見通しの甘さによって、皆を危険な目に合わせてしまいました。そのことを恥じ入っているのです」


「長い旅を続ける中では、そういうこともひとつやふたつ、あるもんさ。結局、誰一人死ぬことなく、こうして酒が飲めているんだ。運が良かったと、喜んでおけばいいのさ」


ラベルラは私の肩に腕を回してきた。

彼女の吐く息が酒臭い。

既に相当飲んでいるようだ。


私はマイロナ姫に顔を向ける。

彼女はやはり、ラオウールに熱い視線を向けていた。


「で……本当のところは、どうするのさ?」


ラベルラが私の耳元で(ささや)く。


「何の話です?」


「とぼけちゃって……。アンタみたいな女がこのまま大人しく、王様の帰国命令に従うわけがないだろう? 次はどこへ向かおうっていうんだい?」


ラベルラはまだ、私達との旅を続けるつもりのようだ。


先ほどは怒りの感情に任せて、王の帰国命令に従うようなことを口走ってしまった。

だが、マイロナ姫を王宮に戻してしまっては駄目だ。


王宮に戻ってしまったが最後、マイロナ姫はその輝きを失い、死んだ魚のような目のまま、薄暗い裏庭でひたすら正拳突きを繰り返すだけの存在に戻ってしまう。


そうならぬよう、私はマイロナ姫と旅を続けなければならない。

それが、この世界における、私の最大の義務だ。


「……今はまだ、何も考えていません。イネブルでランドル号に乗り、サンサリア国を訪れるまでに、次の目的を決めようと思っています」


「ふうん……? とりあえず、ランドル号には乗船するんだ」


「ええ。大型の旅客船というものを、マイロナは知らないでしょう。旅客船に乗るのも、マイロナにとって良い経験となるでしょう」


私はそっとマイロナ姫の肩に手を置く。

彼女はその視線をラオウールから私へと移した。


「トルネッタ姉様……?」


「わたくしたちは父様からの帰国命令には従いません。先程は大人しく帰国するフリをしてみせましたが、わたくしたちの旅はまだ続きます。次は大型の旅客船での船旅です。楽しみにするのですよ?」


トルネッタ姫が私の服の袖を引っ張る。

これは、彼女が私に言いたいことがあるという合図だ。


「なんですか、マイロナ? 言ってごらんなさい」


マイロナ姫は視線を反らしながら、顔を赤らめて言葉を口にした。


「トルネッタ姉様。私は、勇者殿と一緒に旅をしてみたいです……」


彼女の言葉に、私の怒りは一気に頂点に達しようとする。


――認めない、それだけは絶対に認めない!


私は一呼吸おいて心を落ち着かせてから、言い聞かせるようにマイロナ姫に言葉を返した。


「良いですか、マイロナ。勇者殿のパーティは見ての通り、(ごう)の者の集まりです。わたくしたちが旅の共をしたところで、足手まといになるだけでしょう。彼らには彼らの使命があります。それを邪魔することはなりません」


無論、本心からの言葉ではない。

今の勇者パーティは、本来の人数と比べて半分程度しかいない。

実際には、一人でも多くの仲間を必要としていることだろう。


「ですが姉様。先ほど勇者殿は、私に手を差し伸べて下さいました……」


「あれは社交辞令というものです。聞き分けなさい、マイロナ」 


「……はい」


マイロナ姫は項垂(うなだ)れる。


ラオウールのヤツが余計な一言を口にしたせいで、マイロナ姫は勇者パーティに強い憧れを持ってしまった。

私は何らかの手段を用いて、彼女の心の中にある憧れの感情を解消しなくてはならない。


どうすれば、マイロナ姫の心の中から、ラオウールを消すことができる?

なにをすれば、マイロナ姫を私だけのものにすることができる?

今の私には、答えを見出すことができない。


――私は、この世界を知り尽くした存在ではなかったのか?


無力感に打ちひしがれた私の中で、絶対的な自信が音を立てて崩れ去っていく。


だが、このままレイアレスには戻れない。

私とマイロナ姫との旅は、また続くのだ。

お読みいただきありがとうございました。

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