第1章・タクヤ(2)
レイアレス城を訪れた僕たち勇者パーティの四人は、従者に案内されて城内の廊下を歩かされていた。
周囲をキョロキョロと見回しながら歩くレアリィの姿は、完全にお上りさんのそれだった。
レアリィほど露骨でないにしろ、内装に目を奪われているのはセロフィアも同じだ。
「なんて豪華な建物なんだ!」
グレリオに至っては、声に出してしまうほどだ。
かく言う僕も、城内の絢爛さには息を呑んでいた。
前世では、中世ヨーロッパをモチーフとしたテーマパークに何度か訪れたことはあったけれども、それらも所詮は作り物だったのだということを、改めて思い知らされていた。
本物にはやはり、人を圧倒する何かがある。
「こちらでお待ち下さい」
僕たちは城内の一室に通された。
その広さは、大人数が入れる大きめの会議室程度……といったところか。
僕はこれから始まるイベントの内容――トルネッタ姫からの数々の罵詈雑言に備えて、心の準備をしていた。
トルネッタ姫から受ける言葉は、それはもう筆舌に尽くし難い凄まじい内容だ。
その場面だけを切り抜いたゲームプレイ動画は、数十万の再生数を叩きだす程だった。
ゲーム内では表現されていなかったが、この場でレアリィやセロフィアが泣き出してもおかしくない。
数分の後、豪奢な赤いドレスを纏い、煌びやかな数々の装飾品を身に着けた一人の成人女性が、従者を伴って室内に現れた。
――彼女がトルネッタ姫だ、間違いない!
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「エンシェント・ウルフに立ち向かおうという、勇敢なる者たちよ。このレイアレス城へようこそ、いらっしゃいました。わたくしは第一王女のトルネッタと申します」
そういうとトルネッタ姫は恭しく頭を下げた
――あれ?
僕は、目の前にいるトルネッタ姫が、ゲーム内のトルネッタ姫と余りにも印象が違うことに驚いていた。
確か、第一声は「なんと見るからに粗野で下品な者達ですこと!」だったはずだ。
「我が国では魔王の侵攻に対抗するため、新たな魔導兵器の開発を進めようとしております。そのため、強力な法力を秘めた素材を必要としております。伝説によれば、エンシェント・ウルフを討伐することで手に入る魔獣の爪には、強い法力が宿っているとのこと」
トルネッタ姫は、余計なことは一切口にせず、イベントの背景を淡々と述べるだけだ。
「ですが、今の我々は魔王の進軍を食い止めるだけで手一杯――エンシェント・ウルフの討伐に割けるだけの余力がありません。そこで、貴方たちのような冒険者にお力添えを賜りたい、そう考えた次第です。我々に協力頂けるとのこと、深く痛み入ります」
そう言ってから、トルネッタ姫は再び頭を下げた。
「頭を上げてください、姫様! 俺はこのパーティのリーダー、勇者グレリオです! 俺たちが必ず、エンシェント・ウルフを討伐してみせます!」
グレリオの声のボリュームはいつも通りに大きい。
本来のトルネッタ姫であれば、グレリオの声量に対して不快感を示すはずだ。
「おお、なんと猛々しいこと……。貴方が、神の啓示を受けたという勇者殿なのですね。貴方のような者であれば、信じるに値します」
一体どうしちゃったっていうのさ、トルネッタ姫!
そこは『野蛮人』とか言って罵るトコロだろ!
物事が想定と異なっている事への違和感に、僕の心は酷くザワついた。
何かこう、嫌なことが起こりそうな予感がするのだ。
「ですが、ひとつ気になる事があります。後ろの男性の方……。随分と華奢な体をされていますが、貴方の役割は?」
トルネッタ姫は少し顔をしかめながら、僕に向かって問う。
「はい、僕は魔法剣士ラオウールと申します。剣技と支援魔法の両方に長けております」
横から「ウソばっか! 得意なのは防御だけじゃん!」というレアリィの小声での囁きが聞こえてくる。
「無礼を承知で申し上げるのですが、貴方からは勇者殿のような力強さが感じられません。果たして貴方に、エンシェント・ウルフの討伐を務めることができるのでしょうか?」
トルネッタ姫は何故か僕に対して不信感を持っているようだ。
確かに僕の外見は、激しい戦いに身を投じるようなタイプのものではないが。
やはりオカシイ、こんな話の展開は本来のシナリオにはなかったはずだ。
「そうは申されますが姫様、僕は……」
「メイや。レナウドをここへ」
僕の言葉を遮って、トルネッタ姫は従者の一人に声をかけた。
従者はその指示に従って、部屋の外へと出て行った。
レナウド……そんなキャラ、いたっけ?
少しの間を置いて、レナウドと思われる熊のように大柄な男が部屋に入ってきた。
彼の姿を見て、僕は思い出した。
魔獣の爪を持ち帰った後のイベントで、トルネッタ姫が第二章のボスであるべスタロドへと変貌した際に、べスタロドに斬りかかって返り討ちにあったキャラだ。
そう言えばいたな、そんなNPC。
「この者はレナウド。王国騎士団でも高い実力を持つ、剛の者です」
トルネッタ姫からの紹介が終わると、レナウドは僕たちに向かって頭を下げる。
「見るからに強そう~、誰かさんと違って」
「本当に、逞しい方ですね」
レアリィとセロフィアの囁き声が僕の耳にも聞こえてくる。
「勇者殿。そちらのラオウール殿に代わって、このレナウドをエンシェント・ウルフの討伐に連れて行きなさい」
トルネッタ姫からグレリオに向かって放たれた言葉は、僕にとって余りにも想定外の内容だった。
待って、待って!
僕の代わりにパーティに参加って、なんでそうなるの!
なんでこんなタイミングで、僕はパーティから離脱させられそうになっているんだ!
僕は自分の頭から血の気が引くのを感じていた。
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