第3章・ミサキ(5)
私とマイロナ姫、そしてラベルラの三人は、デュレクトを乗せた馬を引きながら、ガルオン王国を目指して歩き続けていた。
「ワシは戦闘はからっきしじゃからのう。モンスター共の相手は、嬢さんたちに任せたよ」
道中でモンスターから襲われても、デュレクトは馬上からのほほんと戦闘の様子を眺めているだけだった。
「こんな爺さんが、アタイたちの旅の何に役に立つっていうんだい?」
「その内にわかります」
「そうそう、その内にわかるぞい。ホッホッホ」
「また、それだ。まあ、アタイはトルネッタの言うことを信じて付いていくだけだよ」
ラベルラはデュレクトを怪しむ態度を隠そうともしなかった。
べスタロドから解放された私だったが、そのことによって法力が減少したり、使えていたスキルが使えなくなったりすることはなかった。
私はべスタロドの能力を乗っ取ってしまっていたのだ。
そのおかげで、私も戦闘要員としてモンスター退治に参加することができた。
「魔式斬刀!」
襲い掛かるモンスターを私が攻撃スキルで処理すると、
「嬢さんの使うスキルは何かと物騒じゃのう! ホッホッホ!」
私が悪魔由来のスキルを使うのが面白いのか、デュレクトは声をあげて笑うのだった。
そんな雰囲気の中で長い旅路を歩み続けること幾日か、私たちはようやくガルオン王国の城下町へと辿り着いた。
時刻はちょうど昼になった頃だった。
「ここがガルオン王国……。レイアレスと同じぐらいの大きさがありますね」
マイロナ姫の感想に、ラベルラが答える。
「カバルダスタ大陸では一番大きい国だからね。城下町も大いに賑わっているよ」
確かに人影は多く賑わっているように見える。
だが、レイアレスとは異なり、そこかしこで剣や槍、斧といった武器を携える者たちの姿を見かける。
その空気を一言で表現するならば、「殺伐」が相応しいだろう。
「やれやれ。昔に訪れた時は、こんなに不穏な場所じゃなかったんだけどねえ」
ラベルラは辺りを見回してから、今のガルオンの城下町の様子を嘆く。
「これもやはり、戦争の準備をしていることが影響しているのでしょうか……」
マイロナ姫は困惑の表情を浮かべる。
「ガルオン王が、侵略戦争に必要な兵を広く集めているって話だからね。武器を手にしている連中は、王の声に応じて集まった傭兵共に違いない」
そう言うと、ラベルラは溜め息をつく。
「さて……こんな空気の中で、どうやって王を諫めようっていうんだい?」
「既に話は大きく進んでいるように感じられます。果たしてガルオン王は、私たちの言葉を聞き入れて下さるでしょうか……」
「それ以前に、どうやって王の前に立とうかって話だよ。ガルオン王はプレナドの国主とは格が違うんだ。いくらトルネッタがレイアレスの王女だからって、そう易々と面会させて貰えるとは思えないねえ」
いざガルオン王国を訪問してみて、そのスケールの大きさを体感したことで、マイロナ姫もラベルラも弱腰になっていた。
「嬢さんや、そこに御触書があるぞい。これは使えんかのう?」
デュレクトが指し示す先には、御触書が書かれた一枚の板が立っていた。
「ガルオン国の兵士として軍への参加を希望する者は、王の前でその実力を示されよ。兵士として採用するに値する者には支度金を支給する。まずは王宮に来られたし……」
私は御触書の内容を読み上げた。
その内容は、本来のシナリオ通りのものだった。
兵士として志願すれば、ガルオン王の目の前に立つ機会が得られるのだ。
「……これを使わない手はありませんね、デュレクト殿」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
私はマイロナ姫とラベルラに向かって言った。
「わたくしたちはこれから、この御触書に従って、この国の兵士に志願します。その際に王の目の前に立つことになりますから、その場で王を諫めることにします」
マイロナ姫とラベルラは顔を合わせた。
それから、私に向かって慌てて首を横に振った。
「いやいやいや……! いくらなんでも、それは無茶だ……」
「私もラベルラと同じ意見です! キチンとした場を用意しないと、話を聞いてもらえないだけでなく、手ひどい目に遭うかもしれません!」
私は二人の言葉を無視して、デュレクトに問う。
「デュレクト殿が王の目の前に立つことさえできれば、後はどうとでもなりましょう?」
「うむ。そこから先は、ワシの仕事じゃ」
ガルオン王の前にデュレクトを立たせることさえできれば、それでいい。
そこから先は本来のシナリオの展開通りに、悪魔祓いの術によってガルオン王はバルバレオから解放され、正気を取り戻すのだから。
「また、二人だけ通じ合ってるよ……」
ラベルラは目の前を手で覆った。
「ほ、本当に大丈夫なのですか……?」
マイロナ姫が心配そうな表情で私を見上げる。
「ええ。わたくしたちには、デュレクト殿が付いております」
私はマイロナ姫の頭に手を置いた。
「ホッホッホ。ワシが付いておるからの」
デュレクトもマイロナ姫に微笑みかけるのだった。
私たちは王宮を訪れる前に、食堂で軽く昼食を取ることにした。
涼しい顔で食事をする私やデュレクトとは対照的に、マイロナ姫やラベルラは浮かない顔で食事をしていた。
そして食事を済ませた後、デュレクトが先頭に立ち、その後に私が、さらに後にマイロナ姫とラベルラが付いていく形で、ガルオンの王宮へと歩いて行った。
「止まれ! 王宮に何用か!?」
王宮の入口で、衛兵に声をかけられる。
「御触書を読んでのう。ワシたちもガルオン王国のお役に立ちたいと思い、こうして志願に来たというわけじゃ」
デュレクトの声に、衛兵は驚いた様子を見せる。
白髪の老人を筆頭に、屈強そうにも見えない女が三人並んでいるのだ、無理もない。
「あんた達が……? いや、失礼した。ガルオン王は、武に長けた者の他にも、有用なスキルを持つ者であれば、分け隔てなく迎え入れよとのことである! まずは王の前で、そのスキルを披露なされよ! このまま真っすぐ進んで、謁見の間へ向かうがよい!」
私たちは衛兵の横を通って、王宮の中に足を踏み入れた。
「……私はやはり、武に長けてるようには見えないのでしょうか」
先ほどの衛兵の言葉を気にしたのか、マイロナ姫がボソッと呟く。
「正直言って、見た目だけだと、まあその、なんだ……」
ラベルラはそう言いながら、マイロナの肩にそっと手を置いた。
王宮に入った私たちは、従者に連れられて謁見の間に案内された。
謁見の間の玉座には、不健康に痩せた体の男が座っている。
彼がガルオン王だ。
「おお! 貴公たちが、我が国の軍隊に新たに参加しようという者たちか!」
ガルオン王の声は酷く甲高い。
「……見えますか? デュレクト殿」
「……ああ、よく見えとる。あれもまた、酷いものに取り憑かれたもんじゃ」
私の小声に対して、デュレクトも小声で答える。
どうやらデュレクトの目には、ガルオン王に重なっているであろうバルバレオの姿が映っているようだ。
「では早速、貴公たちの自慢のスキルを披露してみせよ!」
ガルオン王の声が謁見の間に響き渡った。
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