第3章・ミサキ(3)
朝を迎えて、私は目覚めた。
『よく眠っていたようだな、トルネッタよ。ケケケケ』
これまでであれば聞こえていたはずのそんな不愉快な声は、今は聞こえなかった。
私の脇に立っているはずの者の姿は、そこにはなかった。
「んーっ……!」
私は体を大きく伸ばす。
部屋の様子を伺う。
ラベルラはベッドで眠っていたが、マイロナ姫の姿は既にベッドになかった。
私はベッドから起き上がり、自分の道具入れの中を漁って、ひとつの小袋を取り出す。
そこには、布の帯でグルグル巻きにされ、お札が張られた一枚の板が入っていた。
改めて、私は自分がべスタロドから解放されたことを実感する。
「あっ、トルネッタ姉様! おはようございます!」
部屋のドアが開き、マイロナ姫が入ってくる。
朝の鍛錬を終えて戻ってきたところだろう。
「おはよう、マイロナや」
「んん……もう、朝かい……?」
私たちの声でラベルラも目を覚ましたようだ。
「おはよう、ラベルラ」
「ラベルラ! おはようございます!」
私たち三人は互いに朝の挨拶を済ませると、食堂に向かった。
「じゃあこの後で、アタイ達は国主の元を訪れるんだね」
朝食を囲みながら、私たちは今日の予定を確認する。
「ええ。国主に凶獣の牙を譲ってもらうよう、要請することになります」
無論、そのような要請が通るとは思ってない。
そもそも、凶獣の牙などを私は最初から必要としていない。
凶獣の牙の入手は、私が旅に出る真の目的をべスタロドに悟られぬようにするための、上辺だけの目的に過ぎない。
真の目的が果たされた今となっては、上辺だけの目的など達成不要だ。
「話を聞いてくださるとよいのですが……」
マイロナ姫はそう言ってから、スープを口に運ぶ。
今の私の目的は、彼女と一緒に旅を続けることだけだ。
戦いの中で輝きを見せる彼女の姿を間近でみることができれば、それでいい。
愛する彼女と寝食を共にすることができれば、それでいい。
朝食を終えた私たちは、日が十分に昇るのを待ってから、国主であるヴィラッハ公の居城を訪問した。
城とは言っても、レイアレスの王宮と比べたら小さなものだ。
館と呼ぶには少し大きい……といったところだろうか。
「遠路はるばる、ようこそおいで下さった。私がこの国を治めるヴィラッハだ」
私たちは応接間に通され、そこでヴィラッハ公と面会することになった。
「わたくしはレイアレスの第一王女トルネッタと申します」
私は頭を下げてから、私が偽造した命令書をヴィラッハ公の前に差し出した。
「レイアレス王国では、魔王の進軍を食い止めるため、新たな魔導兵器の開発を進めております。そのために、強力な法力を持つ素材を必要としています」
ヴィラッハ公は命令書の内容に目を通しながら、私の話に耳を傾ける。
命令書が偽造されたものであることを知っているマイロナ姫は、ソワソワと落ち着かない様子をみせている。
「わたくし共は、貴国が所有する凶獣の牙を必要としてります。そのため、無理を承知で、このようにお願いに参ったというわけです」
「レイアレス王国が各地で魔王の軍勢と戦っていることは、カバルダスタ大陸にも知れ渡っている。新たな魔導兵器……なるほど」
ヴィラッハ公の視線は命令書の紙面から私の顔へと移る。
その視線の鋭さに、マイロナ姫は思わず肩を震わせる。
「……だが、凶獣の牙は我が国にとってかけがえのないもの。我が国の成り立ちに由来する尊いものである。かのレイアレス王国からの依頼とは言え、手放すわけにはいかぬ」
思い通りの回答だ。
ここで「はい、そうですか」と引き下がっても一向に構わないが、ここまで旅を共にした仲間の手前、少しは食い下がってみせなければならないだろう。
「何かしらの交渉条件を提示して頂くことは、ならないでしょうか」
少しの間を置いて、ヴィラッハ公は答える。
「……うむ。やはり、貴国に譲渡することはできぬ。しかし、新たな魔導兵器を我が国と貴国とで共同で開発するということであれば、我が国も協力は可能であろう」
「レイアレスとプレナドとの、共同開発?」
「そうだ。貴国が我が国の領土内において、我々の監視下の中で凶獣の牙を使用する形であれば、貸与を認めることはできる」
――なるほど、そういうことか。
ヴィラッハ公の腹の内が読めた。
「貴国の領土内で、レイアレスの新兵器の開発が行われている。その事実をもって、ガルオン王国からの侵略に対する抑止力としたい。……そのようにお考えで?」
「……察しの通りだ。我々は今、ガルオン王国と一触即発の状態にある。精強で知られる貴国の戦力がこのプレナド国の領土内に滞在していることを知れば、ガルオン王国も我が国には手を出しづらくなるだろう」
「なるほど……承知いたしました。共同開発となると、わたくしの一存では決められぬ話になります。一度、我が国へと持ち帰らせて頂けますでしょうか」
私はそう言うと椅子から立ち上がった。
「良い返答を、お待ちする」
ヴィラッハ公が立ち上がり、私の前に右手を差し出す。
私も右手を差し出して、固い握手を交わした。
それから私たち三人は、ヴィラッハ公とわずかな雑談を交えてから、城を後にした。
これで、上辺だけの旅の目的についても、ある程度の体裁を保つことができた。
マイロナ姫やラベルラが、私の態度を不満や不審に思うこともないだろう。
「思った通り、そう簡単な話じゃなかったねえ」
ラベルラが肩をすくめる。
「これで、アンタたち二人の旅の目的も一応は果たされたわけだ……。これから、どうするんだい? まっすぐレイアレス王国に帰るのかい?」
その言葉を聞いて、マイロナ姫は手をぎゅっと握りしめる。
「トルネッタ姉様……私……」
マイロナ姫は私の顔を見上げる。
その表情は、私に何かを訴えかけるようだった。
「言ってごらんなさい、マイロナ」
私はマイロナ姫の目を見て、言葉を続ける。
「貴方が本当に望んでいることを、貴方の口から言葉になさい」
マイロナ姫は少し戸惑いの表情をみせた後で、意を決したように口を開いた。
「姉様……! 私は、王宮には戻りたくありません! 姉様やラベルラと一緒に、もっとたくさん、この世界を旅したいです!」
「マイロナ、アンタ……!」
ラベルラはマイロナ姫の強い言葉に驚きの表情を見せていた。
「……アンタ達がこのまま旅を続けるというのなら、アタイはどこまでも付き合うよ。どうするんだい? トルネッタ」
ラベルラも私の方を向く。
「……では私たちは、新たなる旅に出ることにいたしましょう」
私は二人の目を見ながら、力強く宣言した。
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