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第3章・ミサキ(2)

『興奮して眠れないってか! お前も少しはカワイイところがあるじゃねえか!』


べスタロドが浮かれた声で話しかけてくる。


「そう言う貴方(あなた)も平静ではないでしょう? べスタロド」


私はべスタロドにさらりと言葉を返す。


『そりゃあ、そうだがよ! さっきから心がときめいて仕方がねえ!』


悪魔が使うには似つかわしくない単語を使って、べスタロドは自分の心情を表現する。


宿屋を後にした私は、商店街の中をゆっくりと歩く。

既に深夜と言える時間だ。

辺りはしんと静まり返っていて、道行く人の姿はなかった。


私がしばらく道なりに歩いていくと、一件だけ、明かりが灯ったままの建物があった。


『こんな夜遅くまで開いてるとは……ありゃいったい、なんの店だ?』


「気になるのならば、少し覗いてみることにしましょう」


私はべスタロドの疑問の声に応じる形で、その店に近づいて行った。


店先には水晶玉が描かれた看板が垂れ下がっていた。


『占い師の館か……。正直、あんまり好きなところじゃねえな』


私が店の中に足を踏み入れようとするとき、べスタロドは肩を縮めさせていた。


不思議な空間だ。


お香が()かれた店内には、少し煙たい独特の雰囲気が漂っている。

壁際に置かれた棚の上には、不思議な形をした小物が所狭しと並んでいる。

部屋の中央には机が置かれており、その上には大きな水晶玉が乗っている。


そして、長い白髪を後で結った一人の老人が、机の向こう側にある椅子に座って、水晶玉を覗き込んでいた。


「おやおや……。こりゃあまた、随分と大層なお客さんがやってきたもんだ」


私の姿を一目見た老人は、驚いた様子をみせていた。


『占い師ってヤツは、これだ。イチイチ鋭いんだよ。お前がタダのお嬢さんでないことを、既に見通してやがるみたいだぜ? トルネッタよ』


べスタロドは肩を抱いて震えてみせる。


「……ひとつ、()()貰えますでしょうか?」


私はそう言ってから、老人の向かい側に置かれた、背もたれのない椅子に座った。


『せっかくだから、占って貰おうってか? 物好きなことだ』


べスタロドは肩をすくめる。


「はいはい。それじゃあ、ちょっと準備するから、少し待って貰えるかね?」


老人は席を立つと、棚から一枚の長方形の板を取り出した。

それは、前世の知識を使って表現するならば、タブレット端末の形をした手鏡だった。


「嬢さんや。ちょいとこの鏡を持って、自分の姿を映してくれんか?」


私は老人から受け取った鏡を両手で持つと、まるで自撮り写真を撮影するような要領で、自分の上半身が鏡の中央に収まるように位置を調整した。


『おいおい、水晶を使って占うんじゃないのかよ? 何をしようってんだ?』


鏡の中には、私の顔だけでなく、べスタロドの姿も映っている。


「鏡の位置はそれでよさそうじゃの。どれ……」


そう言うと老人は、店内の四隅に置かれた、よくわからない形のオブジェの位置を細かく調整し始めた。


「さて、こんなもんでいいじゃろうて」


『なんだ、なんだ? 何を始めようってんだ?』


べスタロドは不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡す。


「それじゃあ、早速、始めようかね……」


老人は私の真後ろに立つと、「ほいや!」の掛け声と共に私の背中を両手で強く叩いた。


『あらっ――?』


その一言を残して、べスタロドは鏡の中に吸い込まれていった。


すると、鏡は私の姿を映すものではなくなり、真っ暗な空間の中にべスタロドが(たたず)んでいる光景が映されるものに変わっていた。


『――!?』


鏡の中のべスタロドはこちらに向かって大声で何か怒鳴りつけているようだったが、私の耳にはその声は一切届かなかった。


「さて、これでひと通りの処置は終わったぞい」


老人は私の肩に手を置いて、それから私が手に持った手鏡をひょいと取り上げた。


「こいつはしっかりと封をしておくとしようかね」


老人は包帯のような布の帯で手鏡をぐるぐると撒いてから、一枚のお札を貼り付けた。


「――これで良し。さて、この物騒な代物はどうするかね、嬢さんや」


「元々、わたくしの住むところに封印されていたものです。改めて、地下深くに封印することにします」


「そうかい。じゃあ、これを受け取りなされ」


老人は棚から小袋を取り出すと、封印が施された手鏡を中に入れて、私に手渡した。


「大変、お世話になりました……。デュレクト殿」


私は深々と頭を下げる。


――そうだ。

目の前にいるこの老人こそ、私の旅の真の目的である、霊媒師(シャーマン)のデュレクトだ。

彼は日頃は占い師として活動しているのだ。


「ところで、ここのことは、どこで知りなさった?」


「前世の記憶で……とでも、申しましょうか」


「ふむ。そうかい、そうかい」


デュレクトは私の言葉を不思議がることなく、そのまま受け入れた。


「それにしても、随分と大物に取り()かれていたもんじゃのう」


「まったくもって、お恥ずかしい限りで……」


「何処にいくにしても、何をするにしても、ありとあらゆる場面に付きまとわれて、さぞ鬱陶(うっとう)しかったことじゃろうて」


「ええ、まったく」


「どうじゃ、肩の荷が降りたような気分じゃろ?」


「はい、久々に清々しい気持ちで満ち足りております」


今の私は、べスタロドからの解放感で、大声で叫びたい気持ちでいっぱいだった。


「ところで、お代は如何(いか)ほどになりますでしょうか」


「ふむ。このような上級の悪魔を(はら)うのは、ワシに課せられた義務のようなものじゃからのう。お代は結構じゃよ」


デュレクトは手をひらひらとさせる。


「これから嬢さんには、新しい人生が待ち構えているじゃろう。さあ、行きなされ」


「誠にありがとうございました。それでは、失礼いたします」


私は再び深々と頭を下げると、デュレクトの占いの館を後にした。


「私は今、満ち足りた気分で心がいっぱいです。貴方(あなた)はどうですか? べスタロド」


宿屋へ戻る途中、私はいるはずのないべスタロドに向かって声をかけた。

当然のように、その声に答える者は誰もいなかった。


「おや、お嬢さん。お帰りなさい。気分は落ち着かれましたかね?」


宿屋の店主が私を出迎える。


「ええ、随分と落ち着きました。よく寝られそうです」


「それは良かった、おやすみなさい」


私は自分たちに割り当てられた部屋に戻る。

マイロナ姫とラベルラは静かな寝息をあげている。


これでもう、デュレクトの不愉快な声から解放されたのだ!

全ては私の思い通りになったのだ!


私はこの長旅の真の目的が達成された喜びに震えながら、静かにベッドに潜り込んだ。

お読みいただきありがとうございました。

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