第2章・タクヤ(6)
「ここがクリプトね! 待ちに待った温泉、ヤッホー!」
「変わった匂いがする場所ですね……!」
僕とレアリィ、セロフィアの三人は、行商人フェルノールトを伴って、宿場町であるクリプトに辿り着いていた。
ここまでの道のりは、これといった大きなトラブルもなく、順調そのものであった。
辺りには温泉場に独特の硫化水素の匂いが漂っている。
「今日はもう、宿を取ってしまおう」
まだ日は明るいものの、僕たちはこの町で休憩することにした。
町に入ってすぐの宿屋に向かい、二人部屋を二つ確保してから、僕は仲間たちに向かって口を開いた。
「これで良し、と……。さて、今から自由行動だ。各自、好きにしていいよ」
僕の言葉を聞いたレアリィが両手を上げて跳ね飛ぶ。
「えっ! じゃあ、温泉に行ってもいいのね! 行こう、セロフィア!」
「待ってください、レアリィ。そのように走らなくても……!」
レアリィとセロフィアは早速、湯場に向かって行った。
「ボクはこの町にある店を回って、取引をしてきます。ちょっと時間がかかるかもしれないので、ボクには構わずに先に食事を始めてしまってください」
行商人であるフェルノールトにとって、旅先の町は仕事の場だ。
馬車の荷台には、各所で仕入れた名産品の数々が詰まれている。
それらをこの町で売り払うとともに、クリプトならではの名産品を仕入れておこうというのだろう。
「ああ、分かったよ」
手近な店の中に入っていくフェルノールトの後ろ姿を見送ってから、僕は自分の仕事を始めることにした。
僕は宿屋に戻ると、受付の女性に声をかけた。
「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるのだけど……」
「はいはい! なんだい?」
僕は女性の前に、トルネッタ姫とマイロナ姫の顔が描かれた人相書を差し出した。
「この二人の顔に、見覚えはないですかね?」
「あー! この二人のことは、よく覚えているよ! ちょっと前まで、うちに連泊してたお嬢さん方だ。もう一人の気怠げな姉さんと三人組だったねえ」
もう一人の気怠げな女というのは、ラベルラの特徴に合致していた。
いきなり大正解を引いたことに、僕は心の中で驚きの声をあげた。
トルネッタ姫たちがこの宿場町で宿を取ることは予想できていたが、まさか同じ宿屋に自分たちも泊まることになろうとは。
「連泊……ですか?」
僕は予想外の単語が出たことを訝しんだ。
トルネッタ姫の旅は観光が目的のものではないのだ。
同じ場所に何度も泊まり続けるようなことはないはずだ。
「ああ。この町とプレナド国を繋ぐ街道が、がけ崩れで通行止めになっちまってねえ。旅の方々は皆、足止めを食らっちまってたんだ。仕方なしに、この町に泊まり続けて、道が通れるようになるのを待ってたのさ」
なるほど、そういう理由があるのなら、彼女たちの連泊にも納得がいった。
「彼女たちがここを旅立っていったのって、具体的にはいつの話ですか?」
「ほんの二、三日前ってところかねえ」
どうやらトルネッタ姫たちは、つい先日までこの場に留まっていたらしい。
彼女たちとの距離がかなり詰まっていることを知って、僕は心の中で「よし!」と声をあげるのだった。
「あんた。あのお嬢さんがたは、一体何者なんだい?」
「へっ?」
「そんな大層な人相書まで用意されてるんだ。ただ者じゃないだろう。特にそっちの若いお嬢さんは、なんていうかこう、近寄りがたい気品ってものを感じたねえ」
女性はトルネッタ姫の似顔絵を指さしながら言った。
「ええ、まあ……。とある、やんごとなき家柄の、ご令嬢ってやつで……」
「そうだろうねえ。じゃあ、あれだ。勝手に家を抜け出してきたんだろう?」
僕は半ば事実を突かれたことに言葉を失う。
「……!?」
「やっぱりそうかい! 護衛らしい護衛も付けずに、不自然だと思ったんだよ」
黙ったままの僕を放っておいて、受付の女性は言葉を続ける。
「あの上品なお嬢さんには、家出娘に共通する危うさを感じさせるものがあったんだよねえ。この町には、家出娘たちが集まるから、分かるんだよ。ほら、ここは宿場町だろ? 遊女屋も大いに賑わっているんだ」
遊女屋とはいわゆる、男性相手に性的なサービスを提供する店のことだろう。
僕も前世では何度か、お世話になったことがあるような場所だ。
「この町は、家を出たはいいものの行先を失って、遊女屋に買われた娘さんたちが辿り着く場所でもあるんだ。あのお嬢さんが、遊女屋に売られる形でここに戻ってこないことを、祈るばかりだよ。早いとこ、首根っこをとっ捕まえてしまいなよ? 兄さん」
「は、はぁ……どうも」
僕は受付の女性に頭を下げて、その場を離れた。
求めていた情報は、先程の会話の中で得られてしまった。
「さて、どうしようかな……」
これ以上の聞き込みが必要なくなった僕は、手持無沙汰になってしまった。
「ちょっと、町の中を歩き回ってみるか……!」
僕はクリプトの町の中を散策することにした。
宿場町というだけあって、町の中にはたくさんの宿屋が軒を連ねていた。
右を見ても左を見ても、宿屋の看板が垂れ下がっている。
これだけの数の宿屋を全て聞きまわっていたら、どれだけの時間が必要になったことか。
僕は最初の一件目で正解を引き当てたことに、改めて幸先の良さを感じた。
きっとこの旅は成功する、そう信じられる気持ちになった。
「ちょっと、兄さん兄さん! ウチにはイイ娘がいるよ! 今ならお待たせすることなく、お遊びできるよ!」
僕に向かって客引きの男が声をかける。
僕は歩き回っている間に、遊女屋が集まるいかがわしい区画に足を踏み入れていたらしい。
「見ていくだけ、見ていってよ! 入場料は取らないよ!」
どうやら、世界が変わっても、客引きの男たちが口にする内容は変わらないらしい。
僕はふと思った。
写真という技術がないこの世界で、どうやって女の子を指名するのだろう?
まあ、写真なんて加工されまくっていて、アテになるものではなかったけれど……。
僕は興味本位で、店に立ち寄ってみようかと思った。
しかし、パーティメンバーの顔を思い出して思いとどまった。
もし、お遊びしたことが彼女たちにバレたら、今後どんな扱いを受けることになるか知れなかった。
レアリィからは『不潔くん』呼ばわりされ、セロフィアは口を聞いてくれなくなるだろう。
この旅を終えるまでは、パーティメンバーの不興を買うわけにはいかない。
魔王を倒し世界に平和が訪れるまでは、僕はお遊びなどを慎まなくてはならないのだ。
僕は好奇心をグッと抑えて、その場を離れることにした。
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