第2章・タクヤ(4)
イネブルの宿屋で朝を迎えた僕は、久々にベッドの上でぐっすりと眠ることができて、さわやかな気分でいっぱいになっていた。
それはレアリィとセロフィアの二人にとっても同じだったようで、僕の部屋のドアを叩いた彼女たちは、すっかり元気な姿になっていた。
「おっはよー! 防御くん!」「おはようございます、ラオウール様」
「おはよう。レアリイ、セロフィア」
僕は二人を自分の部屋に招き入れた。
「さて、これからの進路なのだけど……」
僕は床の上に地図を広げる。
「今、僕たちがいるイネブルはココ。カバルダスタ大陸の北西部だ」
僕はイネブルがある場所を左手で指さす。
「トルネッタ姫とマイロナ姫は、プレナド国を目指しているという話だ。プレナド国はカバルダスタ大陸の南西部にある」
僕は右手の指でプレナド国がある場所を指さす。
「僕たちは彼女たちの後を追うため、プレナド国へ向かって街道をまっすぐ南下していく。道中にはクリプトという宿場町があるから、そこで食料や魔力回復薬を補給する」
僕は左手の指をクリプトのある場所へとスライドさせた。
「クリプトって、温泉場として有名じゃん! 温泉宿のあれやこれや、楽しみ~!」
レアリィが喜びの声をあげる。
「湯治場としても知られていますよね。もう少し体を自由に動かせるようになったら、グレリオ様を連れていきたい場所です」
セロフィアもクリプトには思いがあるようだ。
「あー、でもでも。お姫様たちは旅に慣れてないだろうから、クリプトに着く前にアタシ達が追いついちゃうかもしれないか……」
確かにレアリィの言う可能性も否定はできない。
だが、その可能性は低いように僕には思えた。
それは、ラベルラの存在だ。
ラベルラは世界中を旅した経験があるという設定のベテラン回復役だ。
そんな頼もしい存在が一緒なのだから、トルネッタ姫たちの旅は順調に進んでいると考えた方が良いだろう。
僕たちは彼女たちに随分と出遅れている。
彼女たちは既にクリプトに辿り着いていると考えても良いぐらいだ。
「仮にクリプトに着く前に彼女たちに合流できた場合でも、僕たちはそのまま彼女たちに同行して、プレナド国を目指そうと思う」
僕は左手の指をクリプトからプレナドへとスライドさせて、右手の指にくっつける。
「あっ! じゃあじゃあ、クリプトには立ち寄るのね!?」
レアリィは手を合わせて顔を輝かせる。
「何故でしょう? ラオウール様」
問いかけるセロフィアに、僕は答える。
「トルネッタ姫たちは城を抜け出してまで、凶獣の牙を手に入れようとしている。僕たち旅の者が何を言ったところで、王の帰国命令を聞き入れてくれるとは思えないんだ」
「確かに、あのお姫様はキツそうな性格をしてたもんね……。大人しい防御くんじゃ、逆に言い負かされてしまいそうだよ」
レアリィが肩をすくめてみせる。
「だったら、プレナド国まで僕たちが護衛する形で一緒に付いて行こうと思うんだ。凶獣の牙はプレナド国にとっても大切なアイテムなんだ。レイアレス王の命令書があるからといって、そう簡単に譲り受けることができる代物じゃない」
僕は地図から指を離して、言葉を続ける。
「彼女には、やれるだけの事はやった上で、諦めて貰った方が良いと考えているんだ。そうすれば、王の帰国命令にも素直に従ってくれると思う」
「なるほどですね……。確かに、相手は仮にも王家の者。ふん縛って引き連り回すわけにもいきませんからね」
セロフィアが僕の言葉に賛同していた。
「モンスターや悪魔を相手にするのと違って、人間を相手にするって、ホント面倒だよね」
レアリィが天井を見上げる。
「人は皆、様々な思いを抱えて生きています。思いと思いが穏やかに混ざりあって多幸を呼ぶことがある一方で、思いと思いが激しくぶつかり合って不幸を呼ぶこともあります。私は、この旅の結果が多幸を呼ぶことを望むばかりです」
セロフィアが祈るように両手を重ね合わせる。
「……以上が、今後の僕たちの方針だ。何か意見はあるかい?」
「アタシは、クリプトで温泉を楽しめるのであれば、問題ありませーん!」
「私も特に異論はありません。全ては、トルネッタ姫たち次第、ですね……」
パーティのメンバーからも同意が得られたので、これで今後の方針は決まった。
「よし! それじゃ、朝食を食べたら、旅の準備を始めるとしよう!」
僕たちは階段を降りて、宿屋の食堂に向かった。
食堂には先客がいた。
「あっ、おはようございます!」
レアリィと同じ年頃に見える、あどけなさを残した少年が僕たちに向かって挨拶をした。
その恰好からして、彼はどうやら行商人のようだ。
「ああ、おはよう」
僕は彼に言葉を返してから、空いてる席に着く。
「皆さんの分を取ってきますね」
セロフィアはそういうと、三人分のパンとスープを取りに行った。
「このスープの匂いは……カバルダスタ風の独特の香り……。レシピが気になるわね」
レアリィは食堂に漂うスープの匂いを嗅いでいた。
「朝食が終わったら、レシピを教わってきなよ。レアリィ」
「えっ! いいの?」
「ああ。回復薬とかの道具類とかの買いだしは、僕とセロフィアが済ませておくよ」
僕たちのパーティの食事はレアリィが担当している。
レアリィのレシピの幅が広がると、僕たちの旅の楽しみも増えるのだ。
「お待たせしました。さあ、朝食にしましょう」
セロフィアが三人分の食ベ物をテーブルの上に並べる。
「へーっ、フルネラット大陸では見たことない食材が使われているわね。ふむふむ……」
レアリィはスープが入った器を物珍しそうに覗き込む。
僕はパンを手に取ると、大きく口を開けて齧りついた。
「やっぱり、パンもフルネラット大陸のものとは少し違うみたいだ」
「そうなの? どれどれ……」
レアリィも大きく口を開けて、パンに齧りつこうとしていた。
「あの、お食事中のところすみません!」
僕たち三人に話しかける者がいた。
先ほど挨拶を交わした、行商人らしき少年だった。
「貴方たちは相当な実力を持った旅人の方々とお見受けします。貴方たちの行先はどちらでしょうか?」
少年は、僕が背負ったミスリルソードを見ながら言った。
今の僕たち三人は、シナリオ最終盤で手に入るような武器や防具をバグ状態のレイアレスのバザーで買い揃えていた。
ハッキリ言って、僕たち三人はイネブル周辺においても場違いな強さになっていた。
「うえあおあお!」
パンで口をいっぱいにしたレアリィが、もごもごと喋る。
「クリプトを経由して、プレナドへ向かおうと考えています」
セロフィアが改めて少年に答える。
「なら、ボクの行先と同じだ……! そういうことなら、ひとつお願いがあります!」
少年は僕たちに向かって頭を下げる。
「ボクは行商人のフェルノールトと言います! プレナドへ向かうまでの間、ボクの旅の護衛をお願いできますでしょうか!」
僕とレアリィ、セロフィアの三人は、お互いに顔を見合わせた。
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