表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

第2章・タクヤ(3)

僕とレアリィ、セロフィアの三人は、雇われの船員たちと共に、レイアレス王国からイネブルを結ぶ航路上を航行していた。


通常であれば十五日かかるところを、無理を言って十日で渡航するよう、僕は船員たちに依頼をしていた。


「ちょいと荒れた場所を通ることになりますが、覚悟してくださいよ!」


船員の言う通り、僕たちはこの数日の間、激しく波打つ海に体を揺らされ続けていた。


最初こそ、まるで遊園地のアトラクションに乗ったときのように、キャーキャー言ってはしゃいでいたレアリィだったが、昼夜を問わず襲い掛かる高波に対して、今はグッタリとした様子を見せていた。


セロフィアはロザリオを片手でぎゅっと握りしめ、もう一方の手で船室の柱をしっかりと掴み、「神よ……!」と言いながら船の揺れを必死にこらえていた。


かく言う僕も、船室の柱を強く握って、船の揺れに耐えるしか(すべ)はなかった。


七日目になって、ようやく波が穏やかなものになった頃には、僕たちは身動きできないほど疲弊しきっていた。


「よく耐えなさった! ここからは海も静かなものになるんで!」


船員たちも大きな一仕事終えたといった風に、胸をなでおろした様子を見せていた。


「こ……これでようやく、ぐっすりと眠れるわよね……」


レアリィは船室の壁にもたれかかり、かすれるような声で力なく(つぶや)く。


「神よ……。私たちの無事を、感謝いたします……」


セロフィアは両手でロザリオを握り、仰向(あおむ)けになって船室に転がっていた。


「な、なんとか乗り切った……!」


僕は想像以上に大変な目にあったことに若干後悔しながらも、二人と同じように船室で腰を落としうなだれていた。


こうして、僕たちはなんとか航行時間の短縮に成功し、イネブルに着港(ちゃっこう)する頃には少しだけ元気を取り戻していた。


「じゃあ、あっし達はこれで! 旅の無事をお祈りしやす!」


雇われ船員たちとの別れの挨拶を済ませてから、僕たちはイネブルの街の中に足を運んだ。


「さて……。これから、どうしようかな」


辺りはすっかり暗くなっていた。

旅の準備をしようにも、店はもう閉まっているだろう。


「今日はもう宿をとって、船旅で疲れた体を休めることにいたしましょう」


セロフィアの言葉にレアリィも同意する。


「さんせーい! フカフカのベッドでゆっくり寝たーい!」


「じゃあ、そうしようか」


僕たちは宿屋を探して街の中を歩き始めた。


しばらく街の中を歩いたところで、レアリィが鼻をクンクンとさせる。


「ん……? この匂いは……?」


「匂い……?」


僕もあたりの匂いを嗅いでみた。

肉の焼けるような香ばしい匂いが、どこからか漂っていた。


「……間違いない。 これはイネブル名物、豚のハーブ焼き!」


レアリィが僕の方を向く。

その目はキラキラに輝いていた。


「食べたい! 豚のハーブ焼き食べたい! 宿屋を探す前に、腹ごしらえしましょ!」


そう言い終えると、レアリィは匂いの元に向かって走り出した。


「あっ、レアリィ!」


「また、いつもの悪いクセが始まりましたね……」


セロフィアが困った顔を見せる。


僕とセロフィアはレアリィの後を追った。


角を曲がって少し先に進んだところに、酒場の看板を出している店があった。

レアリィは店の前で僕たちを待っていた。


「ここだよ! この酒場の中から、豚のハーブ焼きの匂いがする!」


レアリィが僕たちに手を振ってから、店の中に入っていった。


「ああ、もうレアリィったら。食べ物のことになると、見境(みさかい)がなくなって……!」


セロフィアは酒場に向かって走っていった。


イネブルの酒場、か――。


僕はトルネッタ姫を追いかけることばかり考えていて、本来のシナリオ展開のことが頭から抜けていたことに気付いた。


本来のシナリオ通りであれば、イネブルの酒場の中では、ラベルラという修道女のキャラが飲んだくれているはずだ。

彼女はプレイアブルなキャラであり、イベントを経て僕たち勇者パーティの仲間になる。

彼女は高度な回復スキルを習得する回復役(ヒーラー)なので、今後に備えて彼女を仲間にしておきたいところだ。


僕が二人の後を追って酒場に入ったときには、二人は既にテーブル席に座っていた。


「すみません、ラオウール様。もう、注文を済ませてしまったようで……」


「豚のハーブ焼き、三人前! しっかりと皆の分、注文しておいたよ!」


なぜか誇らしげに、レアリィが胸を張ってみせる。


「ちゃっかりしてるな、レアリィは」


そう言いながら、僕も二人が座るテーブル席に腰を下した。

それから、店内を広く見回した。


――いない?


想定と異なり、ラベルラと思わしき女性の姿は、店内にはなかった。

サンサリア国を経由せずにここまで来てしまったことで、何らかのタイミングがずれてしまったのだろうか?


「おおーっ! これはまた随分と、綺麗な姉ちゃんじゃねえか!」


僕たちのテーブル席に向かって、いかにも海の男といった風体をした、一人の酔った男が近づいてきた。


「何よ、アンタ! アタシたちになんの用!?」


「ああん? 俺はお前みたいなチンチクリンに用があるんじゃねえっての。そっちのアンタ、そうアンタだよ……! どうだい、俺の酒の相手をしてくれねえかい!」


レアリイを無視して、男は僕たちのテーブル席に勝手に腰かけた。


「やめてください、迷惑です……!」


セロフィアは男に顔を向けて、強い口調で言った。


「うっ!? アンタ、その顔はどうしたっていうんだい、酷い有様じゃねえか……!」


エンシェント・ウルフによって刻まれた深い傷痕(きずあと)がセロフィアの顔に残っていることに気付いて、男が声をあげる。


「……っ!」


セロフィアは慌てて両手で傷痕(きずあと)を隠した。


「折角の美人が台無しだなあ、こりゃ」


「おい、失礼だろ!」


僕が男に向かって立ち上がろうとしたとき、酒場のカウンターの奥から、マスターの大きな声が飛んできた。


「喧嘩はやめてくださいよ! サンドロさん! アンタ、次に面倒事を起こしたら、出禁(できん)にすると言ってあるだろう!」


「へーへ。……興が醒めちまった。じゃあな、姉ちゃん。強く生きろよ」


そう言うと、男は元の席へと戻っていった。


「何よアイツ、許せない……! ちょっと一発、ぶん殴ってくる!」


席を立ち上がろうとしたレアリィを、セロフィアが止める。


「良いのです、レアリィ。騒ぎを起こさないでください……!」


セロフィアは余り目立ちたくないのだろう。

レアリィは憤然とした表情で、席に腰を下した。


――あれ?


僕は想定していた展開と異なることに、頭の中で疑問符を浮かべていた。

ここで乱闘騒ぎが起こるものだと、僕は覚悟していたのだが……。


僕はカウンターに近づいて、マスターに声をかけた。


「すみません。ここに、ラベルラという名前の女性が通ってませんでしたか?」


「ラベルラさんは確かに、ウチの常連だったよ。でも少し前に、二人組のお嬢さん方に連れていかれたよ。なんでも、プレナド国に向かって一緒に旅をするんだってさ」


二人組のお嬢さん方……だって?


僕はトルネッタ姫とマイロナ姫の顔が描かれた人相書を取り出す。


「その二人組の女性って、もしかしてこの二人ですか?」


「おーっ、そうそう! 間違いない、この二人だ。とくにこっちの小さい嬢ちゃんが、嵐のように暴れまわってねえ。もう散々だったよ」


トルネッタ姫たちはラベルラを仲間にして、プレナド国に向けて旅を続けているようだ。


「兄さん、ラベルラさんとはどういった関係で?」


「えっ? む、昔に、一緒に旅をしたことがあって。彼女がここにいるって、風の便りで聞いたものだから。ありがとう」


僕は適当にその場を誤魔化(ごまか)してから、自分のテーブル席に戻った。


「どうしたの? 防御くん」


「怪訝そうな顔をして……何かあったのですか?」


レアリィとセロフィアの二人が、僕の様子を伺う。


「いや、大したことじゃないんだ。僕が――」


言葉を続けようとしたところに、恰幅(かっぷく)の良い女性店員が料理を運んで来た。


「はいよ! 豚のハーブ焼き、お待ちどおさま!」


目の前に置かれた料理に、レアリィは目を丸くする。


「これがイネブル名物の……! 熱い内に食べなきゃ! いただきまーす!」


レアリィが料理を食べ始める。

僕とセロフィアも、レアリィに続いて食事を始めるのであった。

お読みいただきありがとうございました。

「面白かった!」と思っていただけましたら、ブックマークや⭐︎での評価等、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ