第2章・タクヤ(2)
「勇者ラオウール様はおられますか……!」
早朝、僕とレアリィが自宅で食卓を囲んでいるところに、王国の兵士が駆けこんできた。
「はい、いますけど?」
「なによなによ、朝っぱらから大きな声で……」
僕たちは玄関で兵を出迎えた。
レアリィはパンを片手に、口をもぐもぐとさせていた。
「大変長らく、お待たせしておりました……! 勇者様にお渡しするはずだった軍船が、たった今、レイアレスに戻って参りました……!」
ここまで走ってきたのだろう。
ハアハアと息を切らせながら、兵士が僕に告げた。
「そうか! ようやく、船が手に入るんだね!」
「旅立ちの前には、どうか王の元を訪ねて欲しいとのことです……! では……!」
そう告げると兵士は敬礼し、玄関から出て行った。
「早速、旅に出よう! 準備を始めようか、レアリィ!」
「そう焦らないの! まずは食事を済ませちゃいましょ」
僕たちは食卓に戻って、食事を再開した。
「で……次はどこに向かうの?」
「うーん、そうだなあ……」
僕は正直、今後の方針について悩んでいた。
本来であれば、シナリオ通りにサンサリア国に渡って、待ち構えているイベントを順番通りにこなして行けば良かっただろう。
だが今の僕は、トルネッタ姫たちの動向が気になっていた。
彼女たちが向かった先はイネブルであるということを、噂で聞いていた。
渡航先の彼女たちは、再びシナリオにはない勝手な行動をとっているに違いない。
バタフライ・エフェクトという言葉を、前世で聞いたことがある。
ある場所で一匹の蝶が羽ばたいた結果、様々な物事に対して連鎖的な反応を起こして、巡り巡ってやがては別の場所で竜巻を起こす……。
確か、そんな理論だったと記憶している。
今のトルネッタ姫たちは、まさに一匹の蝶に相当する存在だ。
彼女たちの行動が、この世界に大きな影響を及ぼし、想像も付かないような自体に陥ることを、僕は懸念していた。
「……次は、カバルダスタ大陸のイネブル、かな?」
目的は勿論、トルネッタ姫たちを追いかけ、彼女たちの勝手な行動を止めることだ。
「イネブルね~。確かあそこって、豚肉料理で有名だったはず! あー、楽しみ~」
レアリィはニンマリとした顔を浮かべる。
「さすがはレアリィ。料理には詳しいんだね」
「そりゃ、作る方も、食べる方も、両方大好きなレアリィちゃんですもの!」
レアリィは何故か自信たっぷりにブイサインを作ってみせる。
朝食を終えた僕たちは、教会にいるグレリオとセロフィアの元を訪れた。
「そうか! いよいよ君たちの旅が再開するのか! 頑張れ、防御!」
元気そうに僕を出迎えたグレリオは、相変わらずの大きな声で僕を励ましてくれた。
「私も、ラオウール様の旅に同行いたします。グレリオ様の側を離れてしまうことになってしまいますが、どうかお許しください……」
セロフィアはグレリオに向かって頭を下げる。
彼女の本音を言えば、このままグレリオの看護を続けたいところだろう。
だが、パーティの貴重な回復役に対して、ここに残っても良いとは言えなかった。
「俺のことは気にするな、セロフィア! なーに、俺もすぐに追いついてみせるさ!」
グレリオは右手でゆっくりとガッツポーズを作ってみせた。
以前と比べたら、随分と自分で体を動かせるようになっていた。
彼は本気で、近い将来に僕たちに合流できると考えているのだろう。
僕が同じ立場だったら、絶望して世を悲観していたに違いない。
器が違うな……僕は正直に、そう思った。
「だ、か、ら、声が大き過ぎるって言ってるでしょーが……」
今日もレアリィはこの場で、耳を指で塞いでみせるのだった。
それから、僕とレアリィ、そしてセロフィアの三人は、それぞれに旅支度を終えると、レイアレス城の謁見の間に足を運んだ。
「おお、よくぞ参ってくれた、勇者殿! この度はそなたらに迷惑をかけてしまって、真に申し訳ない……!」
王に頭を下げられて、僕は恐縮する。
「あ、頭をお上げ下さい、王様! ところで、旅立ちの前に訪ねて欲しいと兵士の方から聞いていたのですが、一体どのような用件でしょうか?」
王は頭を上げてから、僕に向かって語り始めた。
「うむ、既に風の噂で聞いていよう……。第一王女トルネッタと第三王女マイロナの二人が、貴公に渡すべき船に乗って、カバルダスタ大陸のイネブルへと向かったという話を」
やはり、噂の内容は事実だったようだ。
「娘たちの目的は、プレナド国にある凶獣の牙を持ち帰ることなのだ。だが既にこの国には、勇者殿がエンシェント・ウルフを討伐することで持ち帰った魔獣の爪がある。凶獣の牙のために、娘たちが危険な旅をする必要は、最早どこにもないのだ……」
王は力なく肩を落とす。
なるほど、トルネッタ姫たちは強力な法力を求めて、凶獣の牙を入手するために自ら動いていたのか。
僕は前世で得た知識として、トルネッタ姫には上級悪魔べスタロドが取り憑いているという事実を知っている。
彼女のプレナド国の訪問は、べスタロドに唆されてのものであったと想像する。
プレナド国でトルネッタ姫に凶獣の牙に触れさせた上で、強力な法力を自分のものとし、真の姿を取り戻そうというのが、べスタロドの目論みだろう。
だが、僕には少し違和感があった。
何故、旅のお供にマイロナ姫を選んだのか、という点だ。
マイロナ姫が優秀な物理攻撃役であり、旅のお供として十分に頼もしい存在であることを、僕は知っている。
しかし現時点では、他の者はまだ、そのことは知らないはずだ。
マイロナ姫のことを自分より劣るものとして特に虐げていたトルネッタ姫が、わざわざ旅のお供にマイロナ姫を選んだということが、どうしても見過ごせないでいた。
僕は、トルネッタ姫の意図が掴み切れず、どこかモヤモヤとした気分を残していた。
「勇者殿。勝手ながら貴公には、娘たちに接触して、帰国するように促して欲しいのだ。貴公らにはこれから船でイネブルへと渡り、娘たちの後を追いかけて欲しい……!」
彼女たちの後を追いかけるということについては、元々、僕も検討していたことだ。
王からの依頼内容は、僕の冒険の目的と合致していた。
「かしこまりました、王様。トルネッタ姫とマイロナ姫を連れ帰る件、確かに承りました」
「おお、やってくれるか……! この件については、正規の命令書を発行している。これを受け取って欲しい。人相書も用意してある」
これで僕は、トルネッタ姫とマイロナ姫を連れ戻すことを王から正式に依頼されたのだ。
この文書類は今後、色んな場面で使われていくことだろう。
「イネブルまでの航海に必要な人員は、こちらで用意させて貰った。あとはよろしく頼む、勇者殿……!」
王は再び、深く頭を下げるのだった。
「承知いたしました。それでは、行って参ります!」
僕は謁見の間を後にし、港にある僕たちの船に向かって歩いて行った。
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