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第2章・ミサキ(5)

「こりゃあ、マルニ村の銀のロザリオじゃないか! アタイがガキの頃に付けちまった傷がある……間違いない! アンタたち、一体どうやって……」


私たちが持ち帰った銀のロザリオを手にして、ラベルラは驚きの顔を見せていた。


「村の跡に居座る悪魔であれば、わたくしたちが成敗しました」


「アンタ達、二人だけでかい!?」


ラベルラは私とマイロナ姫を交互に見比べる。


「参ったね……。アンタ達がそれほどまでの実力者だなんて……」


「これでわたくしたちの旅に同行して下さいますね?」


「ああ、約束は約束だ。アンタ達の旅の共をさせて貰うよ」


こうして、ラベルラは私たちの仲間に加わった。


「ひとつ、頼みがある。プレナド国に向かうのはいいんだが、途中でマルニ村の跡地に寄り道をしてくれないか?」


これからイネブルを後にしようという場面で、ラベルラが真剣な眼差しをこちらに向けた。


イネブルからプレナド国へのルートは、真っすぐ南下する形になる。

マルニ村の跡地に立ち寄ったところで、大きな時間のロスにはならないだろう。


「ええ、構いません」


「ありがとうよ」


私とマイロナ姫、そしてラベルラの三人は、マルニ村の跡地に向かった。


道中、ラベルラは終始無言だった。

どう声をかけたらよいかが分からない、といった風のマイロナ姫は、気後れした様子で黙って後を付いてきた。

私も、あえて場の空気を取り(つくろ)うとはしなかった。


やはり、回復役(ヒーラー)が一人いると、旅も快適なものになる。

マルニ村の跡地への旅は二回目となるが、一回目よりも(はる)かに容易(たやす)く、目的地に辿り着くことができた。


「噂には聞いていたけど……こりゃ酷いね……」


マルニ村の跡地に着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

ラベルラは周囲の惨状に言葉を失っていた。


ラベルラは跡地の中に入って行った。

私とマイロナ姫は、その後に付いていった。


『あー、なんだか気まずいったらありゃしない……こんなところ、早く出ようぜ』


べスタロドは肩を縮めながら、私に付いてきていた。


「……アタイは、この村で育ったんだ。捨て子でね、教会の孤児院で育ったんだ……」


ラベルラは歩きながら、ゆっくりと静かな声で語り始めた。


「覚えているよ。この建物はローリィの家だ。ローリィはアタイの悪友でね、色々な悪さを一緒にしたもんさ……」


ラベルラが指さす先には、半分ほどが崩れ落ちた家屋があった。


「アタイには幼いころから回復役(ヒーラー)としての素質があったんだ。教会で育てられてるってこともあって、神父には修道女として色々と叩き込まれたもんさね……」


ラベルラは、私たちが銀のロザリオを発見した、教会と思わしき廃屋に向かって真っすぐに歩を進める。


「ここだよ……。アタイの家と呼べる場所は、この教会だ……」


ラベルラは建物を見上げる。


「アタイはこの村での暮らしにウンザリしてたんだ……。修道女らしさってヤツを押し付けられる日々に、不満を溜めこんでいたんだ。あれは十七の時だ。アタイの我慢はとうとう限界に達して、村を飛び出して放浪の旅に出ることにしたんだ……」


マイロナ姫が胸の前で手を握る。

自分の境遇とどこか重なる部分があって、共感しているのだろう。


回復役(ヒーラー)ってのは、どこに行っても重宝(ちょうほう)されるもんでね? 食い扶持(ぶち)に困ることは一切なかった。アタイは色んなパーティから誘われて、世界中を旅して回ったんだ。狭い村の中しか知らなかったアタイには、見るものすべてが新鮮で、輝いて見えたもんだ……」


マイロナ姫が手を握る力が強くなる。


「そんな生活を十年も続けたある日、ふとマルニ村のことを思い出してね。なんだかんだと言っても、アタイにはマルニ村に思い入れがあったみたいだ。急に懐かしい気持ちになって、久々に顔を見せようって思い立ったのさ」


『なんだよ、さっきから話が長えったらありゃしない。要点だけを簡潔に言えっての』


べスタロドが欠伸(あくび)をかくような仕草をしてみせる。


「イネブルに着いてから、噂話を聞いて驚いたよ。なんでも、マルニ村は悪魔たちに襲われて、既に焼け野原になってるって言うじゃないか。アタイは真偽を確かめたくって、一緒にマルニ村に向かう仲間を探したんだ」


「うっ……ううっ……」


気が付けば、マイロナ姫は嗚咽を漏らし始めていた。

彼女の両目からは涙がこぼれ落ちていた。


「だが結局、アタイと一緒に来てくれるヤツは一人もいなかった……。そりゃそうだ、悪魔の住処(すみか)と化した場所にわざわざ乗り込もうなんて物好きなんざ、いるわけがない。アタイは全てを諦めて、酒に(おぼ)れる毎日を送ってたんだ」


ラベルラは(うつむ)いた。


「アタイは今でも思っちまうんだ。もしアタイが村を出ずにいれば、回復役(ヒーラー)として村に残っていれば、村の皆と力を合わせて悪魔共を撃退できたんじゃないかって。アタイのせいで、村はこんな風になってしまったんじゃないか、って……」


ラベルラの声が絞り出すようなものに変わる。

今まで抑えこんでいた感情が(あふ)れ出て、彼女は今、涙を流していることだろう。


『どうだろうな? デルタンの奴もあれでなかなかの実力者だったんだし……。姉ちゃんがいたとて、結果は変わらなかったんじゃねえかな?』


べスタロドは白け切った態度で、聞こえるはずのない声をラベルラに投げかける。


貴方(あなた)のせいではありません、ラベルラ」


私はラベルラの背中に向かって言葉を投げかけた。


「えっ……?」


振り向いたラベルラの顔は、私の想像通りに、涙でくしゃくしゃになっていた。


貴方(あなた)が気に病む必要はどこにもありません、ラベルラ。悪いのは全て、この村を襲った悪魔たち……。それだけなのです」


私はラベルラの目を真っすぐに見つめながら言った。


「参ったね……修道女だったアタイの方が、逆に人から慰められちまってるよ……」


膝を落とし声を上げて泣き始めたラベルラの頭を、私はそっと自分の胸に抱き寄せる。


「うっ……うぅぅっ……」


私の胸元が、ラベルラの目から(あふ)れる涙で濡れる。


「ふぇ……ふえぇぇん……」


ラベルラにつられてか、マイロナ姫も声をあげて泣き始めた。


『……いいねえ、いいねえ、この光景! あーっ、心が満たされる!』


悪魔であるべスタロドには、人が涙にくれる様子は、愉快なものなのだろう。


「神父様……みんな……どうか安らかに……!」


ラベルラは銀のロザリオを強く握りしめていた。

彼女の叶えられない望みとは、この場で村の者たちの冥福を祈ることだったのだ。


私はラベルラの背中をゆっくりと優しく、ポン、ポンと叩き始めた。


これで彼女は、私たちに心を開いたことだろう。


扱いやすい手駒を得たことに、私は内心でほくそ笑むのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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