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プロローグ・ミサキ

以前の私の名前は『品川(シナガワ)ミサキ』、都内の大学に通うゲーマー気質の女子大生()()()


今は違う。


今の私の名前は『トルネッタ』だ。


私は、剣と魔法の西洋ファンタジー風のゲーム『ヴィアドライ』の中の世界で、レイアレス王国のトルネッタ姫として転生していた。


前世の記憶は、帰省のための飛行機の中で居眠りを始めたところで止まっている。

眠ってる間に飛行機が墜落したのだろう。


転生してしまったものは仕方ない。


だが私には、トルネッタ姫として生きる新しい人生を受け入れることは到底できなかった。


何故ならばトルネッタ姫は、ゲームのシナリオを進める中で確実に死んでしまう事が決まっている(ノン・)(プレイヤー)(・キャラクター)だからだ。


なんとかして、ゲームの本来の進行を変えてみせなければ、私に未来はない。


『何かお悩みのようだな、トルネッタ。ケケケケ』


今日も城の自室で椅子に座って今後について頭を抱える私に、(ささや)きかける存在がいた。

上級悪魔のべスタロドだ。


このゲームのラスボスである魔王グランゼパンの幹部の一人で、シナリオ第二章の章ボスとして立ち塞がる敵キャラだ。


べスタロドは常に私の側について回るが、私以外の人からは決して姿が見えないという、非常に鬱陶(うっとう)しい存在だ。


「それはそうでしょう。エンシェント・ウルフを討伐しようという者が現れず、魔獣の爪を手に入れられないでいるのですから」


私はトルネッタ姫を演じる形で言葉を返す。


『魔獣の爪に秘められた法力(プラーナ)を取り込めば、お前の法力(プラーナ)はこの城内の誰よりも高いものになる。そうすれば、次のレイアレスの王位は間違いなくお前の物だ。安心しろ、お前には我輩が付いている。何もかもが、お前の思い通りになるのだ』


何を白々しい。

あんたの目的は、私の体を()(しろ)として実体化し、その上で魔獣の爪が持つ法力(プラーナ)を取り込んで、真の姿に覚醒することだろうに。


コッチは何もかもお見通しなんだ。

私はこのゲームをトロコンするまでプレイし尽くしている。

あんたが今後どういう行動をとるのか、全て分かっている。


「確かに(おっしゃ)る通り、貴方(あなた)と契約を交わしてからというもの、わたくしは変わりました。社交の場においても、殿方達から熱い言葉を頂戴(ちょうだい)する機会が増えました」


私にとっては、殿方からの熱い言葉の数々など、気色が悪いだけでしかないのだけど。


『我輩とお前は一心同体だ。我輩に全てを(ゆだ)ねるのだ』


「承知しておりますわ、べスタロド。全ては、貴方の思うがままに」


色々と思う所は多々あれど、この場での私はトルネッタ姫である事に(てっ)するしかなかった。


トルネッタ姫はこのゲームの中では、いわゆる悪役令嬢ポジションのキャラだ。

年齢設定は特にないが、二十代前半といったところだろう。


彼女はレイアレス王国の第一王女であるのだが、生まれ持った法力(プラーナ)が低かった。

そのため、法力(プラーナ)の強弱によって王位継承権が決まるレイアレス王国の中では、幼い頃から辛酸を舐め続けていた。

特に、高い法力(プラーナ)を持つ第二王女のプロラリア姫と比べられることはとても苦痛だった。


そのため性格が酷く(ゆが)んでおり、身の回りの者にアタリ散らかしたり、法力(プラーナ)がより低い第三王女のマイロナ姫には厳しく接したりと、とても印象の悪いキャラとして描かれていた。


そんな背景もあって、トルネッタ姫はある日、城の地下深くに封印されていた悪魔の封印を解いてしまう。

そして、自分の魂と引き換えに、強大な法力(プラーナ)を得るという契約を結んでしまう。

その封印されていた悪魔というのが、先ほど私と会話をしていたべスタロドだ。


べスタロドと契約したトルネッタ姫の法力(プラーナ)は一気に向上し、今まではワースト2だった王位継承権も第二位に昇格していた。

その結果、国内での発言力も以前とは比べ物にならない程に増していた。


その後、トルネッタ姫はべスタロドに(そそのか)されて、ひとつの御触書(おふれがき)を国内に発した。

その内容は、エンシェント・ウルフを討伐し魔獣の爪を持ち帰った者には、航海に必要となる船を与えるというものだ。

これには、レイアレス王国では新しい魔導兵器の開発を進めており、その原動力となる強い法力(プラーナ)を持った素材を探し集めていたという背景も影響していた。


私が転生したのは、このタイミングのトルネッタ姫だった。


では、トルネッタ姫には今後、どのような運命が待ち構えているというのだろうか?


この世界がシナリオ通りに進んでいるのなら、そろそろ勇者グレリオのパーティがこの王国を訪れ、トルネッタ姫が発した御触書の内容を知る頃だろう。


勇者グレリオには、世界中に散らばった『四聖獣のオーブ』を探すという使命があり、航海の手段を必要としていた。

そこで、御触書に従ってエンシェント・ウルフの討伐に挑戦する。


ちなみに、トルネッタ姫はこのタイミングで初めてゲームに登場する。

城を訪れた勇者パーティと交流したトルネッタ姫は、パーティのメンバーに対して『田舎者』だの『野蛮人』だのと散々に口汚く(ののし)り、プレイヤーからのヘイトを集めるのだ。

自分の発した御触書に協力しようという者に対しても酷い言葉を浴びせるのだから、どれだけ性格が(ゆが)んでいたのか(うかが)い知れようというものだ。


その後、グレリオ達の勇者パーティは見事にエンシェント・ウルフの討伐に成功し、無事に魔獣の爪を城に持ち帰ってくる。


城内で魔獣の爪を手に持ったトルネッタ姫は、その場に倒れてしまう。

べスタロドに体を乗っ取られてしまったのだ。


トルネッタ姫の肉体は、魔獣の爪の持つ法力(プラーナ)の影響によって、べスタロドの真の姿である醜い異形の化物へと変貌する。

そして、激しい戦いの末に勇者パーティに敗北する……という段取りになっている。

トルネッタ姫の肉体と精神はべスタロドと共にこの時に雲散霧消(うんさんむしょう)してしまい、完全にこの世界から消滅してしまうのだ。


以上が、トルネッタ姫というキャラの『全て』である。


改めて情けなく思う。

なんでよりにもよって、こんな残念なキャラに転生してしまったのか、と。


プレイアブルなキャラの誰かに転生したのであれば、前世で得た知識を活用して魔王討伐まで無双できたのに。

異世界の中で『私TUEEE』を実現できたというのに。


今の私にできることは、とても限られている。


すぐに思い浮かんだのは、御触書の内容を今すぐ取り消すという案だ。

しかし、深く検討した結果、コレはNG案だという結論になった。


私とべスタロドとの利害が一致しなくなってしまう、というのが、その理由だ。

もし、私が魔獣の爪の入手に対して急に消極的な姿勢を示したら、べスタロドは私を見限るに違いない。

その時点でべスタロドは私の体を乗っ取って、独自に行動を始めようとするだろう。


そうなってしまえば、アウトだ。

私はべスタロドのする事をただ眺めることしかできなくなる。


私がトルネッタ姫として不自然のない立ち振る舞いをすることは必須事項なのだ。

その事を考慮すると、私にできることは、なんらかの形で勇者パーティに干渉して、討伐失敗の側に誘導する事しかない。


だが、どうやって不自然な行動をとる事なく、討伐失敗を実現させる?

トルネッタ姫に転生してからの私は、勇者パーティの来訪に怯えながら、思考を巡らす毎日を繰り返している。


今日も、勇者パーティを失敗に導く方法をひたすら検討していたが、どうにも妙案が浮かばない。

私は大きく溜め息をつくと、考えることをいったん止め、椅子から立ち上がった。


『おっ、トイレか? ケケケケ』


まったく、デリカシーのないヤツだ。

女性にそういう事を言うヤツは嫌われるぞ?


「少し気分を変えようかと……王宮の庭で、バラの花でも眺めてきますわ」


『お花、ねぇ……。そんなものを眺めて気分が変わるなんて、人間ってのは本当、良く分かんねえ生物だな』


べスタロドの言葉は無視して、私はバラの花に埋め尽くされた中庭に移動した。


私がバラの花々をなんとなく眺めていると、


「トルネッタ姫!」


私の名を呼ぶ、男性の野太い声が響き渡った。

声の方向に向かって顔を上げると、そこには熊のように大柄な男が立っていた。


王国騎士団の団員であり、レイアレス王の近衛兵(このえへい)を務めるレナウドだ。


レナウドはトルネッタ姫と生まれた日が近く、幼馴染のような存在であった。

トルネッタ姫の唯一の理解者と言ってよく、激しい性格のトルネッタ姫でもレナウドだけには心を開いていた。


この男もゲーム内での扱いがよろしくないキャラだ。

べスタロドが真の姿を取り戻した際に激昂(げっこう)して一人で立ち向かい、返り討ちにあって殺されるだけの役回りだ。


「まあ、レナウド。ごきげんよう」


「そのようにお顔を曇らせて……何があったというのです?」


「魔獣の爪を持ち帰る者が誰もおらず、このままではレイアレスは……と、国の将来を憂いていたのです」


おそらくは、トルネッタ姫の中身が私ではなく姫本人であった場合でも、私と全く同じ答えを返していたことだろう。


「おいたわしや……トルネッタ姫。このレナウド、なんの力にもなれず、(まこと)に心苦しゅうございます」


「ああ、レナウド。わたくしのことで心を痛めて下さるなんて、なんとお優しいお方……」


レナウドは見た目からして実力者である事が分かるほど、筋骨隆々とした(たくま)しい体躯をしている。

これからレイアレスに訪れるであろう勇者パーティのメンバー、魔法剣士ラオウールとはまるで正反対だ。


――ラオウール?


彼の姿が頭に浮かんだ瞬間、私の心に、ひとつの悪魔的なアイデアが浮かび上がった。


――イケる!

この方法なら、べスタロドに疑われることなく、勇者パーティを妨害できる!


「レナウド。貴方の力があれば、魔獣の爪を持ち帰るなど容易(たやす)い事でしょうに……」


私はレナウドの(てのひら)を取ってみせる。

鍛え上げられた男の分厚い肉の感触が伝わってくる。


「……私には近衛兵(このえへい)としての役目がございます。王の側から離れる事は許されません」


「わたくしの口添えがあれば、どうとでもなりましょう」


私は自分の顔をレナウドの顔に寄せてみせた。


「レナウドは……わたくしのことは、お嫌いですか?」


私は手に取ったレナウドの(てのひら)を自分の胸元に押し当てる。


「そ、そのような事は……! お、お(たわむ)れはおやめください、トルネッタ姫!」


レナウドは顔を赤くし、体を強張(こわば)らせる。


その様子を見て、私は内心でほくそ笑んだ。

使える、コイツは使えるぞ!


どうせ元々は、べスタロドに殺される運命にある男の命なのだ。

失われるのが多少前後したとしても、誰に迷惑をかけるものでもない。


私の頭の中では、勇者パーティを妨害するための具体的なプランが一気に構築されていた。

お読みいただきありがとうございました。

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