第2章・ミサキ(3)
ラベルラは本来、プレイアブルなキャラの一人だ。
設定年齢は二十七歳の、アンニュイな佇まいを見せる、大人の女性である。
彼女は『元』修道女であり、高度な回復系のスキルを習得する。
私はここからプレナド国を訪れるまでの旅に備えて、回復役である彼女を仲間に加えようと考えている。
先程の酒場でのひと騒動は、彼女を仲間にするためのイベントの導入部だった。
そして、それは想定通りに開始された。
ここから先、本来のシナリオ通りに彼女から受ける依頼を達成すれば、彼女は私たちの仲間に加わるはずだ。
「こんなアタイを、アンタ達のパーティに加えようってのかい? 物好きだねえ……」
「わたくしが必要としているのは、貴方の持つスキルです。貴方がどのような人格の持ち主であろうと、わたくしは構いません」
私の言葉を聞いて、ラベルラは大きな声で笑った。
「ハッハッハ、言うじゃないか……! 気に入ったよ……」
そう言うと彼女はジョッキから一口の酒を呷った。
「だが、すまないねえ。アタイはもう、旅なんてものは真っ平御免なんだ。アンタ達の力には、なってやれないよ」
「条件を提示なさい」
私はラベルラの目を真っすぐに見据えてみせた。
「ああん? 条件?」
「貴方の心の内には、叶えたくても叶えられない望みがあります。わたくしには分かります。その望みをわたくしたちが叶えたら、わたくしたちと共に旅をすると、約束なさい」
私はさっさと話を進めるために、彼女の核心を突いたうえで、強引に迫った。
「なんだい? アンタはその形で占い師かなにかかい? 薄気味悪いねえ……。だが、アンタの言う通りだ。アタイにはやりたくでもできないことがある」
ラベルラは私たちに向かって真っすぐ体を向けた。
「……このイネブルから南東に進むと、マル二っていう村の跡地がある。そこから、銀のロザリオを持ち帰ってくることができたら、アンタ達の仲間になってやってもいい」
私は予定通りに、彼女の口から依頼を受けることに成功した。
「マルニ村の跡地から銀のロザリオを持ち帰れば良いのですね? わかりました」
言質を取った以上、ここに用はない。
私は酒場を出ようと、踵を返した。
「待ちなよ! アンタ、マルニ村の跡地がどういう場所か知らないのかい? あそこは、今は魔王の手下共に蹂躙されて、悪魔が我が物顔で居座っているんだよ!? あんな場所に行ったが最後、無事に帰って来られやしないよ!?」
当然、この世界を知り尽くした私は、そんなことは言われなくても分かっている。
「なるほど、承知いたしました。行きましょう、マイロナ」
その一言だけ返すと、私はオロオロとするマイロナ姫を連れて、酒場を後にした。
『なんてこった、こりゃ参った! こりゃ参ったぞ!』
マイロナ姫がすぐ横にいる都合、頭を抱えてブツブツと繰り返すべスタロドを、私は完全に無視する。
「お怪我はありませんでしたか? トルネッタ姉様!」
「ええ。貴方の活躍のおかげで、わたくしはかすり傷ひとつ受けることはありませんでしたよ」
私は彼女の頭を優しく撫でた。
「でも……酒場で食事ができなかったのはとても残念でした。どんな料理が出てくるのか、楽しみでしたのに……」
「宿を取ることにしましょう。宿の中でも食事はできます」
そして私たちは、旅の宿屋に泊まることにした。
マイロナ姫は、今日起こった一連のでき事に対して、興奮冷めやらぬといった様子を見せていた。
しかし今は、はしゃぎ疲れたのか、薬屋で購入した一本の体力回復薬を抱き抱えて、静かに眠りについていた。
『おいおい! 本当にやるのか? トルネッタよ』
酒場を出てからというもの、べスタロドはずっと私の横で慌てた様子を見せていた。
マイロナ姫が寝静まった今、ようやく私はべスタロドに言葉を返した。
「プレナド国への長い旅路に回復役が必要だということは、貴方にも分かるでしょう?」
『だがよう! さっきの話じゃ、マルニ村の跡地には悪魔が居座ってるって話じゃねえか! そいつはバルバレオの部下に違いねえ! そんなヤツがいる場所にチョッカイを出そうものなら、我輩がバルバレオに借りを作ることになっちまう!』
さて、ここで私はべスタロドを説得する必要がある。
説得に失敗した場合、この場でべスタロドで体を乗っ取られてしまうかもしれない。
「背に腹は変えられないと仰ったのは、貴方ではありませんか」
『それはそうだがよう……』
「殺してしまいましょう」
『……ああん?』
「マルニ村の跡地にいるという悪魔を一匹残さず殺して、口を封じてしまえばよいのです。そうすれば、貴方がマルニ村の跡地に関わったということは、誰にも分かりません」
私の言葉にべスタロドが唖然とする。
それはそうだ、私はべスタロドに「仲間を見殺しにしろ」と唆しているのだから。
『……我輩以上に悪魔的な発想をするな、トルネッタよ』
「全ては、わたくしたち二人でレイアレスを治めるためなのです」
べスタロドは、自分が真の姿を取り戻すことに焦っているはずだ。
私の提案に必ず乗るはずだ。
『……分かった。お前の言う通りにしよう』
べスタロドは私に向かって頷いた。
どうやら私は、べスタロドの説得に成功したようだ。
そこで私たち二人の会話は終わり、私は就寝することにした。
翌日になって、私たちは宿屋を後にすると、旅に必要となる食料や回復薬を買い込み、武器や防具を買い揃えた。
店を訪れるたびにあれやこれやと目を輝かせるマイロナ姫が、私の目には本当に純真で愛らしいと感じられた。
『あー、でもなあ。いやしかし、とはいえ、うーん……』
朝になって再び煮え切らない態度を見せるべスタロドのことは放っておいて、私はマイロナ姫に声をかけた。
「さて、準備はこれぐらいにしましょう。マルニ村の跡地に向かう心構えは良いですか?」
私はマイロナ姫に問う。
「はい……! これから冒険の旅が始まることに、私の心は喜びで震えています!」
「良い意気込みです。これから先は激しい戦いが待ち受けているでしょう。ですが、臆する必要はありません。立ち向かってくるものには全て、貴方の自慢の拳を叩き込めば良いのですから……」
「姉様、私はこの旅に全力を尽くします!」
「期待しておりますよ、マイロナや」
私が彼女の頭に手を置くと、彼女は嬉しそうに肩を縮めるのだった。
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