第2章・タクヤ(1)
僕たちが魔獣の爪をレイアレス王に献上してから、十日が経っていた。
本来であれば今頃は、褒美として与えられた船に乗って、カバルダスタ大陸のサンサリア国に辿り着いていたハズだった。
なんでも、肝心の船が『手違い』により出航してしまったとのことで、僕たちの手に渡るのはかなり先の話になるとのことだった。
その旨を伝えるレイアレス王は、僕たちに対して必要以上に恐縮した様子を見せていた。
その『手違い』の内容について、王から直接には詳細を聞くことができなかったが、城下町では既に噂が広まっていた。
なんでも、第一王女トルネッタ姫と第三王女マイロナ姫が、カバルダスタ大陸に向けて二人で旅に出た……とのことだ。
噂が真実だとすれば、僕たちへの影響は単なる足止めにとどまらない。
本来であれば、僕たちがサンサリア国に到着したタイミングでパーティに加わるはずのマイロナ姫が、仲間にならなくなってしまう。
また、トルネッタ姫か――。
どうも彼女は、本来のシナリオ展開をブチ壊すような行動が目立つ。
彼女の想定外の行動は、既にあちこちに多大な影響を及ぼしていた。
最大の影響は、主人公役の交代だろう。
本来は勇者として活躍すべきグレリオがリタイアして、僕ことラオウールが勇者としての役割を引き継いでいる。
今後のシナリオ展開にも大きな影響が出ることだろう。
この世界に敷かれた『攻略法』という名のレールの上を、勇者パーティの皆が粛々と進んでいけば、最終的には無事にハッピーエンドに辿り着く。
僕はそう考えて、ラオウールの立場から皆をレールの上に誘導するつもりだった。
しかし、主人公役が変わってしまった今、もう二度とレールの上には戻れないのだ。
また、魔獣の爪に関しても、今後が気になるところだ。
本来であれば、魔獣の爪に秘められた強力な法力は、上級悪魔べスタロドが真の姿を取り戻すために使われるはずだったのだ。
それが、レイアレス王国に無事に引き渡されてしまっている。
魔獣の爪はレイアレス王国の新たな魔導兵器の開発に使われるという。
この新たな魔導兵器の開発に成功した場合、世界にどのような影響を与えるのか、まったく予想ができない。
果たして僕たちは、無事に魔王グランゼパンを倒して、ハッピーエンドを迎えることができるのだろうか?
そもそも、次から次へとシナリオが書き換えられていくこの世界では、魔王を倒すことがハッピーエンドに繋がるのだろうか?
この世界のことは知り尽くしていたはずなのに、今後の見通しが立たないことに、僕は強い不安を覚えるのだ。
「何をボーッとしてるのさ、防御くん」
スプーンを持ったまま固まってしまった僕の顔を、レアリィが覗き込む。
「え? いや……。今日のスープもいい味だなって、しみじみと感じていたんだよ」
「フフン、でしょう!? アタシの家に代々伝わる、秘伝のレシピなんだから!」
そういうと彼女は鼻歌を歌いながら、台所の後片付けを進めるのだった。
体の傷が癒えたレアリィとセロフィアは、今はそれぞれに別行動を取っていた。
セロフィアはそのまま教会に残り、修道女として教会の手助けをしながら、グレリオの看護を続けていた。
レアリィは僕の家に上がり込んで、一緒に生活するようになっていた。
教会の厳かな雰囲気が肌に合わないようで、「防御くんと生活する方がマシ……」とのことだった。
僕が国から宛がわれた家は一人で暮らすには広すぎるものだったので、レアリィを受け入れる余裕が十分にあった。
前世では独身生活を謳歌していた僕だが、この数日の中で、こうやって誰かと一緒に暮らすのも悪くないものだと感じ始めていた。
「今の防御くんはさ……勇者としての役割を与えられているじゃない?」
「ん? うん、そうだね」
「魔王を倒して、世界に平和が訪れて、勇者としての役割を果たし終えて……。その後のことって、考えたことはある?」
「うーん? うーん、そうだなあ……。特にこれといって、考えたことはない」
「既にこうやって、この国に家を持ってるじゃん? この国ってとても栄えているし、ここでノンビリと過ごすってのも、悪くないんじゃない?」
「ノンビリとした、人生かあ……」
確かにこの十日間は、とても落ち着いていた。
考え事に耽る余裕もあった。
そういえば前世では仕事に追われる毎日で、常に疲れ切っていたな。
僕はこんな生活に憧れを持っていたのかもしれない。
田舎町で農業をやるのも悪くないし、街で商人をやるのも良いだろう。
街道沿いで宿屋を開くってのも、面白いかもしれない。
「レアリィは、何かやりたい事があるの?」
「アタシ? アタシはそうだなあ……。食堂とか、やってみたいかなって」
「食堂?」
「うん。お母さんやお婆ちゃんから教わった色んな料理を皆に振る舞いたい」
「レアリィの料理はどれも美味いから、きっと成功すると思うよ」
「でしょ? でしょ?」
気分を良くしたのか、レアリィの鼻歌の声量が大きくなる。
「さて、僕はグレリオの見舞いに行ってくるよ」
「教会に行くの? じゃあアタシも行く!」
レアリィが台所仕事を済ませるのを待ってから、僕たちは教会を訪れた。
「やあ。グレリオ、セロフィア」
ちょうど食事中だったようで、セロフィアがグレリオの口に食事を運んでいた。
「おおっ! よく来てくれた、防御!」
「こんにちは。ラオウール様、レアリィ」
あれからグレリオは無事に峠を越えたようで、まだまだ体は不自由であるものの、元気な姿を見せるようになっていた。
「声がデカいって……グレリオ。ここは教会だよ?」
レアリィは指で耳を閉じてみせる。
「日に日に良くなっているみたいだね」
「ああ! このグレリオ、こんなトコロでくたばったりはしない!」
「俺は再び剣を持って立ち上がるんだ――と、そのような事ばかり口にします」
そう言うと、セロフィアは穏やかな表情を見せた。
「この調子なら、きっとすぐにできるようになるよ」
「防御もそう思ってくれるか! また、俺は君たちと共に戦うんだ、待っていてくれ!」
グレリオの瞳は例のごとく、炎のように輝いていた。
まるで太陽のような男だ。
少し強引なところもある奴だが……。
彼の輝きに惹かれて勇者パーティに加わるキャラも何人かいる。
今後、そのような者たちからの協力を、僕は得られるだろうか?
グレリオの代役を務めるということに、僕は身が引き締まる思いになるのだった。
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