第1章・ミサキ(5)
「トルネッタ姫? それにマイロナ姫も……。このような時間に、そのような格好で、一体どうなさったのです?」
軽装に着替えて荷物を背負った私とマイロナ姫は、静かに城の勝手口へと向かった。
そこで警護に当たる兵から声をかけられた。
「お静かに……! わたくしたちは王の密命に従い、今から港へと向かいます。この場を通しなさい」
私は人差し指を口の前に立てながら、偽の命令書を兵に見せつける。
「この内容は……! なるほど、承知いたしました。ここをお通り下さい」
私たちはいとも簡単に城を抜け出すことに成功した。
そして、同じようなやり取りをいくつか繰り返した後、レイアレスの港に辿り着いた。
そこには、本来であれば既に勇者パーティに渡されていたはずの船が泊まっていた。
私たちは船に乗り込むと、船長室で眠る船長を揺り起こした。
「船長や、起きなさい。……船長!」
「誰だい、人がいい気分で寝てたところを……。あっ! これはトルネッタ姫!?」
自分を起こしたのが王家の者だということに気付いて、船長は酷く狼狽えていた。
「わたくしは今、王からこのような密命を受けています。今すぐ、この船をカバルダスタ大陸へとお向けなさい」
私はそういうと、偽の命令書を船長に差し出した。
「ふむふむ、これはこれは……! なるほど、なるほど……。プレナド国が目的地となると、船の行先はサンサリア国よりもイネブルの方が良いですな」
サンサリア国はシナリオ第三章のスタート地点となる小国で、イネブルは第三章の中盤で訪れることになる港町だ。
サンサリア国から陸路でプレナド国へ向かおうとすると、いくつかのイベントを攻略する必要がある。
イネブルに着港した場合はそれらを無視できるので、こちらとしてもありがたい。
「船長、よしなに」
「アイアイ、マム! それではこの船は早速、イネブルに向けて出航します!」
そういうと船長は、まだ眠っている船員たちを「起きろ野郎ども!」と叩き起こし始めた。
「私、船に乗るのは初めてです……!」
マイロナ姫は心躍らせていると言わんばかりの表情をしていた。
「マイロナ……。これから貴方には、たくさんの『初めて』が待ち構えていますよ」
「トルネッタ姉様! 私、とても楽しみです!」
「わたくしも、貴方と共に旅ができることを、とても楽しみにしています」
誰に対しても嘘偽りを口にするしかない今の私なのだが、この言葉は真なるものだ。
ズズズ……と、船全体が振動する。
どうやら船が出航を始めたようだ。
「あ! 船が動き始めました!」
マイロナは船べりから下の方を覗き込む。
船は静かに沖に向かって進みだしていた。
ここまで来ればもう、私たちを止められる者は誰もいない。
『随分とまあアッサリと、出航に成功できたもんだ。本当にお前はたいしたヤツだぜ、トルネッタ! ケケケケ!』
べスタロドが私の脇で腹を抱えて笑う。
愚かな奴、べスタロド。
この旅路は、私があんたから解放されるためのものだというのに……。
「レイアレスからイネブルまでは、この船ではおおよそ、十五日といったトコロですな。その間は色々と我慢を強いることになってしまいますが、何卒よろしくお頼みします」
船長が私に向かって歩み寄ってきて頭を下げた。
トルネッタ姫のことだ、過去の船旅でもあれやこれやと我儘を言って、周りの者たちを困らせていたに違いない。
「こちらこそ。長旅の間、よろしくお願いします。船長」
私は静々と船長に頭を下げてみせる。
「これはこれは、滅相もない……! いやはや、ここ最近のトルネッタ姫は変わられたと噂では聞いておりましたが……。どうやら、本当だったようですな。ワハハハ!」
船長が遠慮のない言葉を口にしてから、船長室へと戻っていった。
「……本当に、トルネッタ姉様は変わられました」
マイロナ姫が私に向かって言う。
『我輩の目からみても、随分と変わってしまったものだと感じるよ』
べスタロドが後に続いた。
実際、トルネッタ姫の中身は私に代わってしまっているワケだから、変わったと感じて当然なのだ。
「世界を見る目が変わったのです。法力が低い頃のわたくしは大きな役割を与えられず、王家の者であることの責を感じることがありませんでした」
今の私は、その場で思いついたことを適当に口にしているだけだ。
「今は違います。大きな役割を与えられるようになって、広く世界を見渡すようになり、王家の者であることへの責を感じるようになったのです」
私がひと通り喋り終えると、べスタロドが横から口をはさむ。
『そう思えるようになったのも、我輩のおかげだ。トルネッタよ、感謝しろよ?』
「トルネッタ姉様は、ご立派です……。私にとっては、王家の者であることなんて、ただの重荷、ただの鎖でしかありません……」
マイロナ姫は俯いた。
「貴方はそれで良いのです、マイロナ」
私はマイロナ姫を顎を右手の指で軽く持ち上げる。
「トルネッタ姉様……」
マイロナ姫の瞳は潤んでいた。
『ヒューッ! 女のクセにキザったらしいねえ!』
五月蝿い、べスタロド。
「貴方は、重荷を背負い、鎖に縛られる運命の下に生まれたのではないのです」
私は左手をマイロナの腰に回す。
『するのか? 口付けしてしまうのか? 女同士で? 血のつながった者同士で!? なんと退廃的なことだろうか!』
黙れ、ベスタロド……!
本当に不愉快なヤツ……!
私は右手でマイロナの頭を自分の胸に抱き寄せた。
彼女の甘い髪の香りが、私の鼻の中にいっぱいに広がる。
「人にはそれぞれに与えられた本当の役割があります。この旅路の中で、貴方に与えられた本当の役割を見つけてみせなさい」
「はい……トルネッタ姉様……」
マイロナ姫は両方の腕を私の背中に回して、強く抱きついてきた。
『なんだよ、口付けしねえのかよ……。しかし、こうやって淑やかに抱き合う令嬢同士ってのも、なかなか絵になるじゃねえか。ええ? トルネッタよ。ケケケケ!』
私は改めて、べスタロドからの解放を、心に強く誓うのであった。
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