第1章・ミサキ(4)
「ならぬ、トルネッタ! お前が一人でカバルダスタ大陸を旅するなど、決して許さぬ!」
家族での食事の席で、私が海を渡り一人でカバルダスタ大陸へと向かう旨を伝えると、レイアレス国王が大声でしかりつけた。
「そうは言いますが父様。魔獣の爪を手に入れる算段のつかぬ今、なんとしてもプレナド国から凶獣の牙を譲り受けるしか、手立てはないでしょう」
「その通りではあるが、王家の者が放浪の旅をするなどと……!」
レイアレス国王の後に続けて、トルネッタ姫の母であるレイアレス王妃が口を開く。
「トルネッタや……。貴方が国の行く末を案じる姿はとても見上げたものです。ですが今のお前は、レナウドの事もあって心を激しく乱しています。まずは落ち着くのです」
「母様。こうしている間にも、魔王の軍勢がレイアレスに押し寄せようとしているのです。レイアレスの民を守るためにも、動ける者が動いてみせねばなりません」
「だからといって……! 貴方一人で何ができるというのです!」
「母様もご存知でしょう? ここ最近の、わたくしの法力の高まりを……。今のわたくしであれば、路傍を這いつくばるモンスター達の一匹や二匹、物の数ではございません」
「調子づくのも大概になさい! トルネッタ!」
私が冒険の旅に出ることに対して賛同の意を示す者は、この場には誰もいなかった。
当然だ、そんな事は前例がないのだから。
私は最初から、この場で賛同を得るつもりはなかった。
私はチラリとマイロナ姫の方を見る。
家族の集まる場では常に萎縮している彼女だが、今も肩を窄めて私たちの話を聞いている様子だった。
「……っ!」
私からの視線に気付いたのか、マイロナ姫は慌てて視線をテーブルに落とす。
ここでの私の目的は、たった一人であっても冒険の旅に出ようという姿勢を、マイロナ姫に見せつけることだ。
本来であれば彼女は今頃、勇者パーティに与えられた船に潜り込んでいただろう。
つまり今、彼女の心の中では、冒険の旅への憧れが爆発寸前だ。
私は、そんな彼女の心を刺激して、彼女を旅の仲間に加えようと目論んでいるのだ。
単純に自分のパーティの戦力を増やしたいという理由もある。
しかしそれ以上に、私は彼女を王国の外へと引きずり出したいのだ。
「ともかくだ! お前がレイアレスから離れることは認めぬ! いいな、トルネッタ!」
気まずい空気の中での食事が終わると、私は自室に戻った。
『あの様子じゃ、正攻法でお前が旅に出るのは永遠に無理だな。ケケケケ』
べスタロドが笑う。
「だからこそ、命令書を偽造するというのですよ」
そう言うと、私は一枚の紙を取り出した。
それは、トルネッタ姫が極秘の内にカバルダスタ大陸に渡り、プレナド国を訪問する旨が記された命令書である。
極秘の内に、というところがポイントである。
だが、この命令書には王印が押されていないため、このままでは無効な代物だ。
深夜になるのを待ってから、私は命令書を懐に忍ばせて、そっと部屋を抜け出した。
謁見の間へ向かう途中で、私は警護の兵とすれ違う。
「これはトルネッタ様……こんなお時間に、どうされました?」
「レナウドの事を思い出しました。胸が苦しく、眠れないのです……」
「それは……心中、お察しいたします」
王族の者が深夜に城内を徘徊していたとしても、深く疑う者はいない。
この調子で、私はすんなりと謁見の間に立ち入ることができた。
謁見の間に置かれた机の引き出しには王印がしまわれている。
私は懐から取り出した命令書に王印を押した。
これで命令書の内容は、公的には有効なものとなったのである。
『外からの警護は随分と厳重だってのに、内は随分とザルなんだな。ケケケケ』
べスタロドの言う通りだ。
こんな重要な物を鍵もかけずに保管しているのだから、あきれるしかない。
私は謁見の間を後にすると、今度はマイロナ姫の部屋を訪れた。
「マイロナや……」
マイロナ姫はまだ起きていた。
窓の外の夜空を見上げて、物思いに耽っている様子だった。
「トルネッタ姉様!? どうなされたのですか、このような時間に……」
突然の私の訪問に、マイロナ姫は驚いた様子を見せていた。
「わたくしは父様の意に反して、一人でカバルダスタ大陸へと渡ることにしました」
私は命令書をマイロナ姫に見せつける。
「このような物を用意しました。これがあれば、わたくしはカバルダスタ大陸に向かうことができましょう」
マイロナ姫は偽造された命令書の内容に目を通す。
「これは……! でも、このような勝手な事をなさっては、凶獣の牙を持ち帰ることができたとしても、姉様は厳しいお叱りを受けるのでは?」
「構いません。全てはレイアレスの民を、ひいては世界中の者達を、魔王の侵攻から守るためなのです」
「ですけれど、姉様……!」
「マイロナ……。貴方もわたくしと共に、旅に出るのです」
私はマイロナ姫に向かって手を差し伸べた。
「トルネッタ姉様!? 何を仰るのですか!?」
突然の誘いの言葉に、マイロナ姫は激しく動揺する。
「わたくしには分かります。貴方がこの窮屈な王宮を抜け出して、世界に羽ばたきたいと願っていることを」
そうだ、彼女はこのような狭く息苦しい世界に閉じこもっているべき存在ではない。
広い世界の中で、自分色の輝きを存分に放つべきなのだ。
「姉様……!」
「わたくしの手を取りなさい、マイロナ。わたくしが貴方をこの鳥籠から解放してあげましょう」
私が彼女から大切な何かを奪ってしまったというのであれば、私が彼女に代わりとなる何かを与えるのだ。
マイロナ姫は少し間を置いから、私の手を強く握り、そして力強く言葉を発した。
「姉様、私は……。私にもできることがあるって、私でも輝けるんだって……私は証明してみせたい!」
本来であれば勇者パーティに聞かせていたはずのセリフを、マイロナ姫は私に向かって力強く言い放った。
「ならば、動きやすい軽装を用意なさい。それから、旅で必要となるものを鞄に詰め込みなさい。一時間後、再び部屋を訪れます。それまでに旅の準備を終えなさい」
「はい!」
念願の冒険の旅が今まさに始まろうというのだ。
マイロナ姫は目を輝かせて、旅の準備を始めた。
私は、愛おしい存在と一緒に旅ができるという事に、天にも昇る気持ちに至っていた。
『これはこれは、随分と可愛らしいお供だな。ケケケケ』
べスタロドの笑い声によって、私の心は海底に深く沈んでいった。
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