第1章・タクヤ(7)
戦闘を繰り返す間に、僕は手持ちの体力回復薬を全て使い切っていた。
「このままじゃ、力押し負けする!」
僕の残りの体力は、あと二、三回の攻撃を受けたところで尽きるだろう。
だが、こちらからの攻撃の積み重ねによって、エンシェント・ウルフのヤツも相当な深手を負っているはずなのだ。
頼む、ヤツの残りの体力が、僅かなものであってくれ!
僕はヤツに斬りかかった。
だが、それでも決定打とはならず、ヤツはこちらに反撃してきた。
「アオォォッ!」
獣王咆哮で、僕の体力はさらに削られた。
もう、限界だ――。
この次に同じ攻撃を喰らったら、僕は戦闘不能になってしまうだろう。
「やぁぁっ!」
僕は最後の力を振り絞り、全力の一撃をヤツに繰り出した。
「ガアァァッ!」
僕の斬撃によって、ヤツは明らかに苦しんでいる様子をみせている。
しかし、それでもトドメの一撃とはならなかったようだ。
ヤツはまだ、こちらに向かう姿勢を崩していない。
「グルルルッ!」
ヤツはふらつきながらも、獣王咆哮の構えをとった。
「こ、これまでか……っ!」
僕はとうとう、その場に膝をついた。
僕はヤツのエサとなり、この世界での一生を終えるのだ。
次は何に転生することになるのだろう?
いや、どうせ次の転生先でも、誰かに見捨てられて惨めな思いをするに違いない。
もう転生なんてしたくない。
どうしても転生しなくてはならないなら、僕は貝になりたい――。
「回復魔法!」
突如、僕の耳に女性の声が聞こえた。
僕の身体で回復魔法が発動して、僕は体力を取り戻した。
「ま、まだです! もう少しで、あと少しで、きっとエンシェント・ウルフを倒せます!」
「セロフィア!?」
いつの間にか、この戦場にセロフィアが立ち入っていたのだ。
セロフィアはヤツを目の前にして体を震わせてした。
一度、自分たちを散々な目に合わせた相手を目の前にしているのだ、それは仕方のないことだろう。
だが、彼女は恐怖心を必死に押し殺して、僕の体力を回復させてくれたのだ。
「魔導炎弾!」
攻撃魔法を唱える声が聞こえた。
「レアリィも!」
セロフィアだけじゃない、レアリィも戦闘に参加していたのだ。
レアリィが手にした杖からサッカーボール大の炎の塊が放たれて、ヤツの体を焦がす。
「し、しつっこいわね! いい加減に倒れなさいよっ!」
彼女もセロフィアと同じように、震える体を無理矢理に抑え込んでいる様子だった。
――イケる!
二人の協力があるならば、僕はまだ、戦うことができる!
「セロフィアは僕の体力回復に専念! レアリィは魔導炎弾を遠くからひたすら連打! 獣王咆哮の範囲内に入ってしまいそうになったら、急いで距離を取って!」
僕はパーティのリーダー然として、二人に指示を出す。
「グルルルッ!」
「ヒイッ!?」
ヤツはレアリィに向かって噛みつき攻撃を仕掛けようとしていた。
「させるかっ!」
僕はレアリィの前に立ち塞がって、ヤツからの攻撃を盾で受け止める。
「回復魔法!」
「魔導炎弾!」
僕が受けたダメージをすぐさまセロフィアが回復させ、その後に続いてレアリィが炎の塊をヤツにぶつける。
「ガアァァッ!」
ヤツは苦しそうな声を上げた。
あと少しだ!
「うおぉぉっ!」
僕は剣を大きく振りかぶって、ヤツの脳天に叩きつけた!
「ア、アオォォーン……!」
その一撃がトドメとなったようだ。
ヤツは遠吠えのような声をあげながら、その場に倒れ込んだのだ。
そして、ピクリとも動かなくなった。
倒れたヤツの体は次第に薄くなっていき、最後には完全に姿を消してしまった。
ヤツがいた場所には、動物の爪のようなものが残されていた。
「こ、これが魔獣の爪……!?」
僕は魔獣の爪と思わしきものを拾い上げた。
「これは、強力な法力を感じます! 魔獣の爪に間違いありません……!」
セロフィアが僕の掌の上にあるものを見て断言した。
「やったの? とうとう、エンシェント・ウルフを討伐できたの……!?」
レアリィは声を震わせていた。
「そうだよ! 僕たちはエンシェント・ウルフを倒したんだ!」
僕は「よっしゃあ!」と喜びの声をあげる。
「う、うわぁぁっ!」
「うっ……ううっ……」
レアリィとセロフィアが抱き合って涙を流す。
二人の体はまだ震えていた。
それほどまでに、彼女達にとってヤツは恐怖の対象であったのだろう。
「でも、どうして二人がここに!?」
僕は二人に問う。
「あの後、やはり心配になって、貴方の後を追っていたのです……」
「だって、エンシェント・ウルフをたった一人で倒すなんて、無謀もいいところだよ!」
なんだ、二人とも僕のことを心配してくれていたんだ。
「でも、本当に驚いた……! 防御くんがあそこまで強いだなんて」
「男子三日会わざれば刮目してみよ……とは、まさにこの事ですね」
彼女たちは涙を拭った。
体の震えもおさまったようだ。
「最後は二人の力を借りることになってしまったけど……。どうだろう? 僕のことを勇者だと認めて貰えるかい?」
少しの間を置いて、セロフィアが口を開く。
「たった一人であそこまで、エンシェント・ウルフと渡り合えたのです。私は貴方のことを勇者として、私たちのリーダーとして、心から認めます。ラオウール様……!」
「……仕方ないよね。あんな姿を見せられたんじゃ、コッチだって防御くんの言うことに素直に従うしかないじゃんか……」
レアリィが視線を外しながら僕に言った。
やった!
ようやく僕は、二人から仲間として認めて貰うことができたんだ!
「まあ、レアリィ。勇者様に『防御くん』は、失礼では……?」
「だ、だって! 今更、呼び方を変えるのって、なんか変な感じがするじゃん!」
僕とセロフィアは笑い声をあげる。
「ここまで色々とあったけど……。改めて、これからよろしく頼むよ! レアリィ! セロフィア!」
僕が差し出した右手の甲に、二人はそれぞれの手を重ねたのであった。
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