第1章・タクヤ(6)
僕は今、魔獣の巣と呼ばれるダンジョンの最深部に、足を踏み入れようとしていた。
レイアレス王国からここまでの道のりは、一言で言えば『楽勝』である。
今の僕であれば、道中で出現するどんなモンスターに襲われても、ダメージを一切受ける事なく、一撃で葬り去ることができるからだ。
さて、本当の戦いはこれからだ。
このダンジョンの最深部には、エンシェント・ウルフのヤツが待ち構えている。
ヤツとの戦いはゲームの難所として知られている。
いかに今の僕が並外れた強さを持っているとしても、たった一人で、何の考えもなしに戦って勝てる相手ではない。
自分が持っているスキルとアイテムをフル活用しなくてはならない。
まずは防御面の話だ。
ヤツは、獣王咆哮という厄介な攻撃スキルを持っている。
これは無属性で防御値を無視したダメージを与えてくる範囲攻撃で、僕が装備しているチート級の防具であっても攻撃を防げないのだ。
今の僕のレベルであっても、戦闘中にじわじわと体力を削られていき、やがて戦闘不能に陥ることになる。
僕には体力を回復するスキルがない。
体力の回復は、持てるだけ持った体力回復薬に頼ることになる。
体力回復薬の数が僕の生命線となるわけだ。
その一方で、僕は対獣耐性という、獣系のモンスターから受けるダメージを軽減する効果を付与するアクティブ・スキルを習得している。
常に対獣耐性の効果が発動した状態を維持して、体力回復薬の消費量を抑えることが、この戦いでは重要となってくるのだ。
次に攻撃面の話だ。
今の僕には、ヤツに対して取り立てて有効な攻撃系のアクティブ・スキルはない。
地味ではあるが、通常攻撃で着実にダメージを与えていくことになる。
ヤツは高い防御力を持っている。
そこで、相手の防御力を低下させるアクティブ・スキルである守備低下の出番だ。
今の僕の攻撃力であればヤツにも通常攻撃でダメージは通るが、より効率的にダメージを与えるためにも、守備低下がかかった状態を維持させたい。
補足をすると、今の僕には害魔変換というパッシブ・スキルがある。
これは、自分が受けたダメージを魔力に変換するというものだ。
このスキルのおかげで、この戦いにおいて僕の魔力は無限であるに等しい。
以上が、僕一人だけでの攻略作戦だ。
体力回復薬が若干余る程度の余裕を持って、ヤツを討伐できるだろうというのが、僕の見積りだった。
――大丈夫だ、イケる。
僕は一度深呼吸してから、ダンジョンの最深部へと向かい始めた。
「グルルル……」
獣の唸り声が僕の耳に届く。
僕が歩を進めるごとに、唸り声はだんだんと大きくなる。
「アオォォッ!」
僕がエンシェント・ウルフの姿を目視できるところまで近づくと、ヤツは大きな雄たけびを上げた。
――デカッ!
僕は初めて見るヤツの大きさに驚く。
馬よりも大きいのではなかろうか。
「対獣耐性!」
僕によるスキル発動が戦闘の合図になった。
ヤツはあっという間に僕との距離を詰めると、僕に噛みつき攻撃を仕掛けてくる。
「痛っ!?」
オーロラメイルを装備した上で対獣耐性の効果が発動している状態なのだ。
被ダメージは大幅に軽減されているはずなのに、予想よりも大きなダメージを受けたことに僕は驚いた。
ここまで攻撃力のある相手ではなかったはずだ。
「守備低下!」
今、僕がヤツに仕掛けたスキルによって、物理攻撃による与ダメージが相当に大きくなったはずだ。
下準備ができたので、ここからは攻勢に移る番だ。
「アオォォッ!」
ヤツは今度は獣王咆哮を放ってきた。
「な、なんて威力だ!」
この攻撃でも予想を超えるダメージを受けたことで、僕は焦った。
「もしかしてコイツ、本来の性能よりも強化されているんじゃ!?」
ヤツは一度、勇者パーティを返り討ちにしている。
その際に経験値を得たことで、レベルアップしているらしい。
勇者を含むパーティに勝利したのだ、さぞ大量の経験値を得ていたことだろう。
そうなってくると、僕の計算は狂ってくる。
体力回復薬の数が足りるかどうか、心配になってきた。
「喰らえっ!」
僕は通常攻撃で斬りかかると、ヤツの体に深々と剣が突き刺さった。
やはり守備低下の効果は大きい。
「アオォォッ!」
ヤツの行動は今度も獣王咆哮だ。
僕は防ぎきれないダメージを負って、その場に膝を崩す。
僕は早速、一個目の体力回復薬を使って体力を回復した。
今度はヤツの噛みつき攻撃だ。
獣王咆哮よりは被ダメージは少ないとはいえ、体力は地味に削られる。
「てええいっ!」
僕はもう一度、通常攻撃でヤツの体を切り刻む。
「ガアァァッ!」
ヤツは痛みに悶えるように叫び声をあげる。
間違いなく、僕の攻撃によって有効打は与えられているはずだ。
「アオォォッ!」
またしても、ヤツの攻撃は獣王咆哮だ。
僕の体力はまたしても削られていく。
「対獣耐性!」
対獣耐性の効果が切れ始めたので、僕は改めて対獣耐性を発動させる。
続いて守備低下だ。
それらのスキルを発動させる間にも、僕はヤツから受ける攻撃でじわじわと体力を削り取られていった。
「回復が追いつかない!」
僕は二個目の体力回復薬を使用した。
僕は想定よりも早いペースで体力回復薬を消費していることに対して、強い焦りを感じ始めていた。
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