第1章・タクヤ(5)
「……私たちを笑いに来たのですか?」
レアリィと同じように虚ろな目をして、セロフィアが僕に言う。
その頬には、鋭いひっかき傷のような跡が残っていた。
あの清楚で美しいセロフィアの顔が……なんて惨いことを。
「そんなワケないだろう! 皆のことが心配で、僕はここに来たんだ!」
「……防御がそこにいるのか……?」
喋ることさえやっとといった感じで、グレリオが言葉を口にする。
「グレリオ……!」
体中に撒かれた包帯が実に痛々しい。
僕は言葉を失った。
「すまない……。折角、こうして見舞いに来てくれたんだ。握手のひとつでもしたいトコロなんだが、手がまともに動きゃしない……」
僕は自分の方からグレリオの手を取った。
「こんな有様じゃあ、もう二度と、剣は握れないよな……」
「どうして、どうしてこんな、酷いことに……!」
「俺が悪いんだ……。エンシェント・ウルフを倒すことに拘り過ぎて、撤退のタイミングを見誤ってしまった……。その結果、レナウドを死なせることになってしまい、俺もこの有様だ……ぐうっ!」
体に激痛が走ったのか、グレリオが悶える。
「これでもう、神様からの啓示を叶えることも難しくなっちまった……勇者と呼ばれるには相応しくないな……ぐあっ!」
「喋らなくていい! もう喋らなくていいよ、グレリオ!」
「……防御……君に頼みがある。俺の鞄の中を見てくれないか……」
グレリオの言葉に従って、僕は部屋の脇に置かれた鞄の中を覗き込んだ。
「これは、玄武のオーブ!」
中に入っていたのは、四聖獣のオーブのひとつ、玄武のオーブだった。
「俺に変わって、四聖獣のオーブを集めてくれ……! そして、魔王の侵攻から、この世界を救ってくれ……!」
「僕が……僕が、グレリオに代わって、勇者をやれって事?」
「君にしか、頼める者がいないんだ……。お願いだ……!」
グレリオがそう言うと、グレリオの体から黄金色のオーラが立ち昇った。
「これは、聖光法力……!」
セロフィアが声をあげる。
神に選ばれし『勇者』と呼ばれる存在のみに宿る聖なる法力だ。
黄金色のオーラは、今度は僕の体へと入り込んだ。
僕の体に何か、神々しい力が湧き上がるのを感じる……!
「ほら、神様も言ってるぜ……? 君に勇者をやれってさ……」
「僕が……僕が新たな勇者になったって事……?」
「ぐあっ……! 喋り過ぎたせいか、眠くなってきちまった……。少し眠らせてくれないか……。」
そういうとグレリオは口を閉じた。
やがて、静かな寝息を立て始めた。
「グレリオ……」
僕はそっと、グレリオが眠るベッドから離れた。
ラオウールである僕が、グレリオに代わってこの世界の勇者になる……?
そんな展開になるなんて、考えてもみなかった。
「認めない……! アンタみたいな奴が勇者だなんて、アタシは絶対に認めない!」
レアリィは目に涙を浮かべて僕を睨みつける。
彼女の中では、僕はまだ『防御くん』のままなのだろう。
「神が……。神が彼を勇者と認めたのです。私は、神がお決めになられたことに従うしか、ありません……」
セロフィアの口ぶりからして、僕が勇者として認められたことは、彼女にとっても不本意であるようだ。
「……どうすれば良い? 何をすれば、二人は僕が勇者であると認めてくれる?」
僕は二人に問いかけた。
いくら僕が強くなったとはいえ、一人で魔王を倒すことはできないだろう。
仲間の協力が欠かせないのだ。
レアリィとセロフィア、二人の力が僕には必要なのだ。
そのためにも、僕は二人から勇者として認められなければならない。
「……エンシェント・ウルフを倒して来なさいよ……」
しばらくの間を置いてから、レアリィが小さな声で答えた。
「レアリィ、それはあまりにも……!」
喋りかけたセロフィアの言葉を遮って、レアリィは大声をあげた。
「エンシェント・ウルフを討伐してみなよ! アタシ達ができなかったことを、やってのけてみせてよ! そうしたらいくらでも、アンタのことを勇者だと認めてやるよ!」
俯いたレアリィの目から大粒の涙がこぼれる。
それにつられてか、セロフィアも嗚咽を漏らし始めた。
二人は今、大きな挫折感と絶望感に押しつぶされそうになっているのだろう。
「討伐に成功できれば、認めてくれるんだね……?」
僕の言葉を聞いて、レアリィが顔をあげる。
「アンタ、何を言ってるの……?」
「僕がエンシェント・ウルフの討伐に成功しさえすれば、二人は僕のことを勇者だと認めてくれるんだよね?」
僕は真顔でレアリィに問いかけた。
「ちょっ! 本気なの!?」
「いくらなんでも、それは無謀過ぎます……!」
僕は二人にちゃんと勇者として認められたい。
その上で僕の仲間として、冒険の旅に一緒に付いてきて貰いたい。
そのためだったら、エンシェント・ウルフの討伐だってこなしてみせる!
今の僕には、並外れた強さと、この世界についての知識がある。
それらを駆使すれば、一人でエンシェント・ウルフを倒すことだって、できるはずだ!
「……分かった。その代わり約束して欲しいんだ。僕がエンシェント・ウルフを倒せたら、二人には仲間として僕に付いてきて欲しい!」
そう言うと僕は、呆然とする二人を残して教会を後にした。
僕は城下町のバザーにある薬屋を訪れた。
「<体力回復薬|ポーション>>が欲しいんだ。持てるだけの体力回復薬を売って欲しい」
「体力回復薬だね? あいよ」
鞄の中を体力回復薬でいっぱいにした後で、僕はたった一人でエンシェント・ウルフを討伐するための旅に出た。
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