プロローグ・タクヤ
以前の僕の名前は『上野タクヤ』、外資系の大手製薬会社で営業職を勤めるアラサーのサラリーマンだった。
今は違う。
今の僕の名前は『ラオウール』だ。
僕は、剣と魔法の西洋ファンタジー風のゲーム『ヴィアドライ』の中の世界で、魔法剣士ラオウールとして転生していた。
前世の記憶は、会社からリストラの通知を受け取った当日に、飲み屋でヤケ酒をあおっているトコロで止まっている。
記憶を飛ばすほどに酒を飲んだ帰り道で、交通事故にでも巻き込まれたのだろう。
転生してしまったものは仕方ない。
僕はラオウールとして生きる新しい人生を受け入れることにした。
そして僕は今まさに、パーティの仲間と共に狩りの真っ最中だ。
パーティのリーダーである勇者のグレリオがメンバーに指示を出す。
「みんな、いつも通りの戦法で行くぞ! 各自の役割通りに動いてくれ!」
狩りの最中だというのに、僕に与えられた役割はというと、パーティの最後尾でモンスターの攻撃に備えて盾を構えて防御をするだけというものだった。
後はせいぜい、戦闘後に魔力回復薬で仲間の魔力を回復するぐらいだ。
これでいいのか?
これでいいのだ。
なぜならば、僕達の戦い方がこの周辺での狩りにおいて最も効率の良い戦法だからだ。
だから、これ以外の選択肢はない。
――最初はそう思っていた。
レアリィは赤い髪をショートカットにした、設定年齢十五歳の少女だ。
ゲームの初期に登場してから最後まで一線級で戦える、頼もしい魔法使いだ。
彼女は後方支援型の性能であるにも関わらず、複数のモンスターからの激しい攻撃を受けながら、モンスターの群れの中心に陣取った。
「いっけぇぇっ! 爆裂魔光!」
直後、レアリィを中心とした広範囲の攻撃魔法が発動する。
この一発で体力の低いモンスターはまとめて退治できたのだが、少しタフなモンスターはまだ幾つか生き残っている。
「グオォォ!」
爆裂魔光を耐えたレッド・リザードの内の一体が僕に噛みつきにかかる。
この攻撃を僕は盾を構えて防御し、ダメージを最小限に抑える。
「喰らえ! 連続斬撃!」
「ギャアァァ!」「ギイィィ!」
グレリオが叫びながら、剣を縦横無尽に振り回すと、生き残っていたモンスターたちも次々とその場に倒れていった。
剣を持ち鎧に身を包んだグレリオは、精悍という言葉がよく似合うほど、若々しさに溢れている。
設定では十八歳だったはずだ。
このゲームの主人公で、最初から最後まで優秀な攻撃役として活躍する、まさに勇者そのものと呼べる存在だ。
「よし、戦闘はこれで終わったね! イテ、イテテテ……」
「大丈夫ですか、レアリィ! まあまあ、こんなに幾つも傷を負って……。今、治癒しますからね。回復魔法!」
傷ついたレアリィに駆け寄ったセロフィアが、回復魔法を詠唱する。
セロフィアは白い法衣を身にまとっている十七歳の設定の修道女だ。
腰まである長い金髪は艶やかで美しく、豊満な胸元は安らぎを感じさせる。
レアリィ同様にゲームの初期から登場して最後までお世話になる回復役だ。
レアリィの治癒をしている内に、ラオウールとしての自己紹介をしておこう。
ラオウールは、全五章あるシナリオの第二章中盤で勇者パーティに参加するキャラだ。
今は二章の後半に差し掛かっているトコロだから、僕はまだパーティに参加したばかりだ。
僕は勇者パーティに参加した直後のラオウールに転生していたのだ。
パーティ加入後は、コレといったイベントに深く関わるわけでもなく、他のキャラに大きく絡むでもなく、ただ淡々と勇者のパーティに最後まで付いてくる、地味な役どころだ。
穏やかな二十代前半の好青年といった見た目をしていて、背は高く、まるでフィギュアスケート選手のようにスリムな体格をしている。
戦いに身を投じるようには見えない、いわゆる優男と呼ばれるようなタイプだ。
魔法剣士とは、バフやデバフのスキルを得意とする剣士だ。
剣士を名乗っている割には直接攻撃が特に強い訳ではなく、サポートスキルに特化した、いわゆる『縁の下の力持ち』タイプのジョブだ。
要所要所でスキルを上手に活用する事でゲームの難易度を低下させられる、玄人好みの性能をしている。
特に、低レベル攻略等のなんらかの縛りプレイをする場合には、ラオウールは欠かせない。
「これで良し……。さて、ラオウールさんも攻撃を受けていたようですが?」
レアリィの治癒が終わったようだ。
声をかけてくれてはいるが、セロフィアが僕の身を案じている様子は一切感じられない。
「僕は平気だよ。盾で防御していたから、大した傷は負ってない」
「ただ身を固めていただけですもの、それはそうでしょうね」
少しトゲのあるセロフィアの言い方に僕の心は曇る。
元はと言えば、この戦法を提案したのは僕なのだから、非難されても仕方ない。
とはいえ、女性から直にジト目で見られるのが、こんなにキツイ事だとは。
転生するまで知らなかった。
僕には、この周辺での狩りにおいて有用なアクティブ・スキルがない。
僕が防御を捨ててモンスターに攻撃をしたとて、戦闘効率は変わらない。
むしろ事故でレアリィが戦闘不能になる可能性が高まるのだ。
実は、魔法剣士である僕には防御共有というパッシブ・スキルがある。
僕がなんらかの防御行動を取った場合には、味方全員にも若干ながら同様の被ダメージ軽減の効果が発動される、という内容のスキルだ。
このスキルによって、後方支援型のレアリィがモンスターから集中攻撃を受けても、戦闘不能になるトコロをギリギリのところで耐えきるのだ。
何も行動をしていないように見えて、実はしっかりとパーティに貢献していたのだ。
ついでに言うと、僕がガードに徹することで僕の体力回復の必要回数を減らすことができ、結果的にセロフィアに使用する魔力回復薬の数を減らすことにも繋がる。
『レアリィ特攻作戦』などと呼ばれる、レアリィ一人に大きな負担をかけるこの戦法は、このゲームでは定石のものだった。
RTAの実況動画配信でも、レアリィを最前線に送り出して狩りを繰り返すこの場面では、
『レアリィ、まじカワイソスwww』『ブラック企業がホワイトに見える』『これが格差社会というものか』
などのコメントが飛び交う、ひとつの目玉ポイントになっていた。
「そんな奴の心配なんてする必要ない! アタシを最前線に飛び出させておいて、自分は皆の後ろでコソコソと逃げ回って!」
レアリィの声が耳に痛い。
普通の価値観であれば、大人の僕に守られて然るべき年頃の少女の声なのだ。
本当にスマン、レアリィ……許してくれ。
「そのような物言いは良くありませんよ、レアリィ」
セロフィアはレアリィの言い方を窘なめたものの、発言内容そのものは否定していない。
彼女もこの戦法には反対なのだろう。
僕は前世の知識を使って最高効率の狩りを実現することで、仲間からの賞賛を得ようと目論んでいた。
だが、その作戦は完全に失敗だったようだ。
ゲームの外と中とでは価値観も違うということを、僕は強く思い知らされた。
「もう、やだよー! アタシばっかり必死に働いて! 不公平じゃん!」
「グレリオ様。このまま、ここでの狩りを続けるのですか?」
レアリィとセロフィアの二人は、この戦い方に対して我慢の限界が近いようだ。
そりゃ、そうだろう。
ただただ防御をし続けているだけの僕だって、経験値以上に溜まっているであろう仲間からのヘイトに耐えられず、居たたまれない気持ちに押し潰されそうなのだから。
前世では、ゲラゲラと笑いながらプレイしていた場面だというのに――。
「もう少しだ、もう少しで新しい境地に辿り着けそうなんだ……!」
グレリオは剣のグリップを強く握る。
そろそろレベルアップが近いのだろう。
グレリオが次のレベルアップで習得する予定のスキルは獣王裂斬、獣系のモンスターに対して特攻効果のある単体攻撃スキルだ。
彼が獣王裂斬を習得していないままでシナリオを進めてしまうと、この先に出てくるエンシェント・ウルフの討伐で詰むことになる。
エンシェント・ウルフの討伐はゲーム内でも屈指の難所なので、獣王裂斬がなければ運頼りの攻略を強いられる。
リストラされた挙句に酒に酔いつぶれて死んでしまうような運のない僕がいるパーティが、運頼りの攻略で次のイベントボスを突破できるとは思えない。
やはり正攻法で攻略するためにも、グレリオに獣王裂斬を習得させるべきだろう。
だから、今はまだ、狩り自体を止めることはできないのだ。
「アンタのせいだよ、ラオウール! アンタがこんな作戦を提案したせいで、アタシばっかり大変な目にあうことになったんだからね!」
「人間の心というものを持ち合わせていれば、まずこのような作戦を思いつきはしません。もしも思いついたとしても、心に押し止めているでしょう」
僕はレアリィとセロフィアから強い非難の言葉を浴びせられた。
「ねえ、グレリオ。やっぱり、狩りの場所を変えないかい? もう少し、敵の攻撃の緩い場所で狩りをしてもいいんじゃないかな?」
僕がグレリオに場所の変更を提案したのは、これで何回目になるだろうか。
今回も即座に、僕の提案は却下される。
「弱音を吐くんじゃない! 君は戦闘中にただ防御しているだけじゃないか! 防御こそが君の最大の取柄なのだから!」
グレリオの強い言葉に僕は何も言い返せない。
いや、今はたまたま防御する事が最適な行動なだけであって、僕にも活躍できる場面は今後ちゃんとあるんだが……。
「アタシ、もうやってらんない! 我慢の限界だよ!」
「君だって以前よりも強くなっているのを感じる! 頑張ろう、レアリィ!」
「もう十分に頑張ったよー!」
「あと少しなんだ! 本当にあと少しで、何かが掴めそうなんだ!」
どうやらグレリオはサイコパスと呼ばれる種類の人間らしい。
少女が傷つきながら必死に戦う姿を見て、何かを感じている様子が全くない。
自分のパワーアップにしか興味がないように見える。
やはり頭のネジが数本飛んでいないと、勇者なんて務まらないのかもしれない。
このパーティのリーダーはグレリオだ。
結局、リーダーの意見を覆すことはできず、この場での狩りを続けることになった。
僕は鬱屈した気分を入れ替えようと、次に待ち構えているシナリオに想いを馳せた。
次はレイアレス王国でエンシェント・ウルフ討伐のクエストを受ける予定になっている。
その後、エンシェント・ウルフを討伐して魔獣の爪を入手し、それをレイアレス王国へ持ち帰る事で、シナリオは先に進むのだ。
エンシェント・ウルフの討伐には、魔法剣士が持つバフやデバフのスキルが欠かせないゲームバランスになっている。
ここで魔法剣士として大活躍して、今まで溜まりに溜まった仲間からのヘイトを少しでも下げて置きたい。
僕は、ちゃんとまともな形でパーティに貢献して、皆に仲間と認められたいんだ!
集団から見捨てられて惨めな思いをするのは、もう嫌だ!
だから僕は、エンシェント・ウルフ討伐のイベントが待ち遠しくて仕方がなかった。
お読みいただきありがとうございました。
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