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漆ノ巻

 以下が氷室の報告である。




 狭い付け書院の中、息を潜めていると部屋の戸が開き、男衆が戻ってきた。

 足音の数や衣擦れ、畳に座った気配から数は四人。


「……くそっ、廃神社の金品はすでに奉行所が持って行っただと!」

「だから言っただろう?金で雇った無法者に任せぬ方がいいと」

「これまでは上手く隠しおおせていたのだが……。噂通り、あの軍師の勘の鋭さは本物らしい」

「感心している場合か!」

「大きな声を出すな。寝ている者たちが目を覚ますぞ」

「多少は問題なかろう。今夜に限っては皆、死んだかのように深く眠っている」

「しかしだな……、ここの隠し金も遅かれ早かれ見つかるだろう」


 神妙な空気が流れ、室内が沈黙に満たされていく。


 (まず)いな。

 香木の香りは効果の割には微香性。匂いに気づかれるより先に睡魔が襲ってくる。

 中途半端に話しが途切れた今、彼らが会話を再開するか、眠気によって奥の寝室へ入ってしまうか。

 現に一人、二人と、あくびを噛み殺しているようだ。氷室の内心に苛立ちと焦りが差し込んでいく。


「否、隠した金品が見つかるよりも、我々の計画を邪魔される訳にはいかぬ。絶対に」

「そうだ。かつての我らの国・那邦(なほう)を滅ぼした憎き南条の名を騙ってまで立てた計画なのだから」


『那邦』の名に氷室は瞠目し、片手で口元を強く押さえた。そうしないと、唾を飲み込む音が引き戸越しに聞こえてしまうかもしれない。

 動揺を必死に抑え、音もなく付け書院の引き戸を、気づかれない程度に薄く開ける。今にも消えるか消えないか、薄っすらたよりない白煙上る最後の木片を開いた隙間に差し込む。


「……いかん。今宵は疲れているらしい。頭がうまく回らぬ」


 男衆の一人がぽつり、絞り出すようにつぶやくと、それが合図かのように、彼に同調する者、大きなあくびをする者が現れだす。遂には「まともに回らぬ頭で考えても埒が明かん。今宵はひとまず眠ろう」との一声をきっかけに、全員がぞろぞろ、奥の寝室へ下がっていく。


 寝室との境の襖越しに全員が眠った気配を悟ると、氷室は速やかに脱出した。

『那邦』の名への動揺はなかなか収まらないが、伊織の下へ辿り着くまでには収めなければ。



「……父上、母上。…………義姉(ねえ)様」


 那邦は名の知れた神社であり、氷室の父は那邦神社の神官かつ、土地を治める領主だった。

 土地を守るための兵力は持ちつつ、那邦は神に仕える者の国として、いかなる大名たちも手出しせず。乱世の只中とは思えぬ平和を享受していた。

十五年前、氷室が数え八歳の時、南条家に侵略されるまでは。


 南条から持ち掛けた和平の条件──、氷室の腹違いの姉、月白(げっぱく)姫を人質に差し出すことを、父・那邦氏が受け入れ、一度は停戦となった。しかし、その和平は二月(ふたつき)と経たずして南条側から破られ、那邦は再び攻め込まれた。

 氷室は覚悟を決めた父によって、平民の子供に扮させられ、落城直前に脱出させられた。結局は乱取りに遭い、流れ流れて、南条の忍び一族の元へ売られてしまったが。

 時同じくして、義姉・月白も南条領主に強引に側室にさせられ──、後ろ盾のない敵方の姫として周囲から散々冷遇されたあげく、数年後に病で世を去った。


 当時の氷室は那邦での幸せな日々も、優しく美しい義姉のことも思い出せなくなるほど、常に血反吐を吐き、地獄とも言える日々を生き抜くのに必死だった。

 八年前の数え十五の年、伊織に尾形領へ連れてこられなければ。比較的平穏な日々を過ごすことがなければ。本来の己の出自も、慕ってやまなかった義姉のことも一生思い出さなかっただろう。

実際にできるかできないは別で、生きている内に義姉を救いたかった。


 だからこそ、彼らが本当に那邦の武家の生き残りで、(滅びたとはいえ)仇敵・南条の名を使ってまで不穏な計画を立てているのが……、信じ難かった。





「成る程。那邦の生き残りが絡んでいたとは。さすがに思いも寄らなんだ」


 伊織は、空になった茶器を丁寧な手つきで畳へ、直に置くと姿勢を崩し、胡坐へ切り替える。

 その正面、伊織の胴服をしっかり着込んだ氷室が言葉を続ける。


「当然だ。那邦が尾形に仇なす理由などない。国を奪った南条を滅ぼしたのだから」

「それはのう、其方(そなた)の私見じゃ」

「私見だと?」

「怒るな怒るな。最後まで話を聴け」


 眉を深く寄せ、凄みのある目つきで詰め寄りかけた氷室を、伊織は鷹揚な仕草で宥めた。


「話の続きの前に一つ問う。お救いの小屋の男衆に見覚えはないか?那邦の神社に仕えていた者か、城館に出仕していた者か」


 氷室の静かな怒りが瞬時に消えると共に、切れ長の瞳が物憂げに伏せられる。


「わからない。全員、わずかな狭い隙間から顔かたちの確認はしたが……。あたしの記憶にある那邦の者は血縁を含め、ほとんど死んだ」

「……そうか。嫌なことを思い出させた」

「別に構わん。昔の話だ。ただ……、側室腹の幼い(あたし)(じか)に接する者、特に男となると……、数は限られてくる筈。それでも覚えていない、ということは」


 氷室の形の良い細眉が、再び顰められた。


「何か思い出したのか?」

「……否、何でもない。此度の件に関わりないだろう上に、あたしにとって物凄く面白くないことだ」

「お主がそう言うのであれば、訊くのはやめておこう。……問いの前の話に戻す。これもまた、儂の私見に過ぎぬのだが。那邦の生き残りたちは、南条が滅んで欲を起こしたのかもしれぬ」

「欲?」


 伊織は両腿を同時にポンと叩き、少し前のめりになる。

 伊織の顔が近づいたことで、氷室の背も反射的に少しのけ反った。


「那邦の再興じゃ」

「那邦の、再興だと……?」

「従属せざるを得なかった南条は滅びた。尾形に恨みはないものの、いずれは領地の一部を奪い、新たに国を興す気でいる。だが、おそらく人数自体は少ない。ゆえに、資金調達も違法賭博やお救いの小屋経由などの地味な方法なのだろう。南条の名を騙るのは、情報撹乱し、しなくてもいい残党狩りをさせ、計画実行までの時間を稼ぐため。そんなところではないかのう」


 淡々と語ったのち、伊織はさりげなく氷室の顔色を窺う。

 伊織の私見に気分を害した……訳でもなく、能面顔は変わらず。感心半分呆れ半分でこう言ってきた。


「よくまあ、そのように分かった口を叩けるものだ。でも、お主の私見はすべて真実(まこと)だと思わされる」


 悔しいことにな、と、とどめに嘆息までされてしまう。


「え。それ、儂、褒められてる?貶されてる?どっち?」

「さあ?好きなように取るが良い。で、明日(あす)以降どう動く?あたしは今宵中にもう一度お救いの小屋へ戻ればいいか?また化粧せねばならぬな」

「否、戻らなくても良いから化粧を落とさせた。夜が明ける前までにやってもらいことがあってな」

「まだ働かせる気か。人遣いの荒い主め」

「本当にすまぬのう。だが、今度は儂も一緒じゃ。共に夜を明かそう」


 スッ……と、手本のような美しい所作で、伊織は静かに立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 共に、でも、今夜は甘くなさそう…… 故郷を再興したい気持ちは解るけれども、焦ったやり方はよろしくないですねぇ。
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