19 死に戻りの王子
俺は、オクタビオ王国の第一王子ノア・オクタビオ。
幼い頃には自分の想いなど、何一つ叶わないのだと悟った。他の者の様に外で自由に泥だらけで遊んだり両親に甘えたり、そんな普通がしたかった。
けれど「王が仰せです。」「王妃の意向です。」なんて言葉ばかりだ。朝から晩まで王子だからとスケジュールはビッシリだ。
幸いにも俺は、ある程度の事は出来てしまった。
一度、聞いたり実行したりすれば身に付く。そのせいで期待をされた。物覚えが早いだけだ、優れているとは言い難い。努力で積み重ねた奴の方が重みが違うと言うか俺にしてみれば勝てないと思うのだ。
時々、命を狙われた。毒を盛られたり、暗殺者を送られたり、馬車に細工されたり。運が良いのか分からないが助かってしまう。
死んでしまった方が良かったのにとさえ思う事もあった。俺は何の為に生きてるのか?王になりたい訳じゃないのに。
その頃、婚約者が決まったと知らされた。
いつだったか城の中庭で見た女の子だった。
キャッキャッと大声で笑って走ってた女の子は、陽の光を一身に浴びて輝いて見えた。とても整った顔は、とても綺麗な笑顔で思わず本心で笑顔になった。
そんな俺と目が合った女の子は、大きく目を見開き驚く顔を見せたかと思うと走って逃げてしまった。
その、女の子が俺の婚約者となった。
いつか誰かが決めた相手と。とは思っていたがトレント公爵家の令嬢とは思ってなかった。
幼い頃から貴族名鑑なんて分厚い本を覚えろなんて強要されたから、一通り貴族の家名や立ち位置や王家としての重要度なんかは5歳にして頭に入ってた。
他を差し置いても、貴族の把握が最優先だと教育係が言っていた。王が一番なんだろ?何で御伺とかいるんだ?とか5歳には分からなかった。
聞いたところで「そう言うモノなのです」とか言われるんだ。そのうち疑問も口に出さなくなった。
婚約者のミリア・トレントは、俺の前では甘えた感じで猫を被った他の令嬢と変わらない女だった。
けれど外では我儘令嬢として有名人で、大人だろうと子供だろうと身分さえ関係無く等しく全ての者に言いたい事は言う女だった。俺とは正反対の女に興味を持った。
善悪は関係無く、自分が気に入らないモノは全てが悪とばかりの言動が内心は可笑しくて、なんて面白くて馬鹿で可愛い女なんだろうと思うようになった。
しかし成長と共に益々、俺の立場への期待と重圧が上がっていく。周りの期待に応える様に俺は自分を作り上げる。周りが思う俺を全て詰め込んだ王子に成り切った。それが普通かの様に自分自身を騙した。
徐々に、変わらず自由気ままなミリアが憎らしくなっていく。好きだった所が憎悪に変わりそうだった。
憧れた存在なのに、それに自分が余りにも欠け離れて居るからこそ嫉妬し憎しみに変わったのだ。
俺こそ子供だった。自分自身で変わろうともせずに。
そんな時、平民の女のミラと出会う。
彼女は珍しい神聖力を宿す者だったが、その神聖力は未熟だった。階級の世の中で必死な彼女を最初は哀れに思った。特に容姿も好みではなかったし、けれど貴族との会話に疲れてた俺にとって話やすい女だった。
なんとなく、ミリアを避けてた俺はミラと流れで過ごす事が多くなる。ミリアはミラを攻撃したが、俺にしてみたらミリアらしいとしか思わなかった。
貴族として育ったミリアにとって、ミラの礼儀作法は叱られて当然だからだ。ド正論しか言っていない。
けれど言い過ぎだろうとも思う。それに俺がミラばかり見てるのがムカついたんだろう。分かり易い女なのだミリアは。
それが、素直で馬鹿で可愛いミリア。幼い少年が憧れた女。
俺はミリアと、このまま一緒になれば自分が惨めになる気がして嫌だった。好きだけど大嫌い、相反する想いが邪魔だった。俺が俺を保てなくなりそうで怖かった。ミリアは俺を俺じゃなくさせる。
そしてミラが聖女へと覚醒する。
この女と一緒になった方が俺は俺で居られる気がした。完璧な王子である俺にだ。
馬鹿なミリアは聖女となったミラを害してしまった。
庇いきれない馬鹿な事をしたミリアに俺は罪悪感が生まれた。犯罪を犯してまで俺を求めたのか?不謹慎にも喜びさえ感じた。憧れた女が俺しか見えてない、見えてないからこそ浅はかな馬鹿な事をしたのだが。
ミリアは処刑台の上で泣き叫んだが、それは俺への愛の告白だった。
「こんなに愛してるのにぃ〜っ!」
散々、俺やミラを罵った癖に。最後には俺への愛の言葉で終わらせた馬鹿な女は、俺に最高な呪を残して死んで行った。
あれ程迄に、どんな俺でも愛してくれる女は他に居ない気がした。散々、ミリアを酷く傷つけ最低で冷たい態度も何度見せたか分からない。
完璧な王子では無い俺を見せた唯一の女。気付いた所で彼女は居ない。俺が殺したから。
気が狂いそうな罪悪感で苛まれる。
夢にもミリアが出てくる。夢の中のミリアは輝く笑顔で俺に笑いかける。満面の笑みでだ。
恨み辛みを言って罵ってくれたら楽だったのに。
コレが彼女が残した呪いだ。死ぬ迄、忘れさせてくれない。最高の呪いだ。
ミラは聖女として皆に愛され満面の笑みだが、ミリアの笑顔には勝てなかった。
あの日見た幼き日のミリアの笑顔に勝る者は居ない。
ミラが他の男と良い雰囲気でも気にならなかった。
御飾りで良かった。偽りの愛なのだから。
俺は夢の中のミリアを愛した。
俺だけのミリア。変わらず完璧な迄のミリア。
日々は平穏に過ぎて行く。
可もなく不可もなく同じ様な日々の繰り返し演じ続ける日々が早く終わらないかと夢の中のミリアに御願いする。
助けてミリア…。
ある日、俺の願いが叶う。
トレント公爵。ミリアの父親に殺された。
呆気なく。毒耐性があった俺にも効く毒を飲まされた。
大勢の人が集まるパーティーでの出来事だった。
苦しみながら目に映るのはトレント公爵の毒々しい微笑みだった。大切な娘を奪った俺への復讐だろう。
けれど感謝した。トレント公爵の微笑みがミリアと重なり死を持って、やっとミリアに逢いに行けると思ったのだ。
が、意識が浮上してしまった。
しかも、過去に戻っていた。何故だ!?と動揺が隠せない。
夢!?と思うが、毒で身体中が灼けるように熱く痛い感覚は鮮明に残っていた。
あまりにも長く鮮明な夢などある訳が無い。
戸惑いつつもメイドに着替を急かされ部屋で朝食を取って居ると報せが届く。
紙切れ一枚の報せ。
俺とミリアの婚約解消許可証だった。
「はっ!?」
俺は大きな声を出してしまい、戸惑う父の家臣が驚きの表情で俺を見ていた。
俺は、素が出てしまった事に慌てたが平静を装い。
「どう言う経過か教えてくれるかな?」
いつもの様に笑顔で聞くと家臣が教えてくれる。
トレント公爵家の方から婚約を無かった事にして欲しいと要望があったと言うのだ。
そして家臣は続けて話す。
元々、俺とミリアの婚約はトレント公爵のゴリ押しで決まった話で王は渋々といった感じで決まった。
今度も向こうの都合で勝手に。と言うと家臣はトレント公爵の横暴ぶりを批難した。
「経緯は分かったよ。有難う。下がっていいよ。」
一人になると、混乱した。
何故だ?死に戻り前と違うではないか。
もしかしたらミリアも死に戻りしてるのか?と思った。と思ったら居ても立ってもいられない。
俺は、御触れも出せず。外出許可も無視してトレント公爵家へと急いだ。
早くミリアに逢いたかった。
恋い焦がれた女に逢いたかった。
自分が犯した過ちなんか忘れて、とにかくミリアの笑顔が見たかった。
やっと逢えたミリアは、冷たい顔で淡々と話す女だった。
まるで別人でパニックだ。
まさか、俺を恨んでるのか?ミリアも死に戻りして俺など見たくもないと思ってるのだろうか?
哀しさと同時に怒りも込み上げ。
良く分からない感情が俺を飲み込んで行くようだった。
理性で感情を抑え込み、俺は目の前のミリアと対峙する。この女は誰なんだ?と思いながら。