14 演技は上々
気付けば朝だった。
誰かが運んでくれた様でベットで寝ていた。
ベルを鳴らせばメイドが駆け付けてくる。
私の体調を気に掛けてくれる。サッパリしたいからと風呂の用意を頼む。
窓に反射する顔が酷い。泣きじゃくったから目が腫れていて今日は1日、外には出られそうにない。
昨日に引き続き今日も学園をサボる事にした。
お風呂に入り少しはサッパリしたものの、目の腫れはどうにもならない。氷嚢を作ってもらい目を冷やして居ると父が部屋に入ってきた。
「可哀想に目が腫れてしまったんだね。
流石、私の娘だね。王に噛み付いて来たんだって?
名演技だったらしいじゃないか。」
情報通の凄さよ。と感心する。
きっと、その場に居たの?と思うくらいに筒抜けなのだと思う。
「ノアには負けるわ。天才俳優かと思ったわよ。
本気で壊れたのかと思ったもの。
伊達に完璧王子を演じ続けてないわよね。流石だったわ。恐ろしい程よ。」
私の正直な感想に父は薬を飲まずとも騙したんだから彼は天才だ!と父は楽しそうに笑った。
父は、今の城の様子を話してくれる。
国王と王妃も、あのノアの見た目のヤバさに狂った様に私を求める譫言、妄言などをノアは聞かせたらしく国王も、相当ショックを受けたのは勿論の事、王妃は倒れて寝込んでるらしい。
医者達は必死に足りない栄養を点滴などで補っているらしい。
「それでだ!コレな〜んだ?」
父はニコニコしながら私に封筒を手渡す。
良く見れば王印が押されてるではないかっ!
私は慌てた様に封を切ると中身を見た。
王から、私への手紙には謝罪とノアに逢いに来てくれと書いてあった。
勝った!
そう思った。コッチも騙したけどお互い様って言うか、息子を監禁なんかするから悪いんだからっ。と自分達の行いは棚に置いて正当性を作り上げる。
けれど、これで終わりではない。
ノアが健康的な元の身体に戻るのは大変だと思う。
毎日のトレーニングを欠かさないからこそ、見た目さえ完璧な絵に描いたような王子様をキープしてたのだ。食べれば体重は戻せるが筋力を造るのは積み重ねなのだ。
流石に、この顔では行けないと明日にでも逢いに行こうと思う。
1日中、冷してたからか腫れが引いた。
これでノアに逢いに行ける。思いっ切りお洒落してシェフに頼んだ食べ物とフルーツを持って城に向かった。
数年ぶりに入るノアの部屋は何も変わってない。
とてもシンプルな部屋だ。勿論、一つ一つは高価な物だけど必要最低限の物しか無いと言う感じだ。
ベットに横たわるノアは寝息を立てて居た。
私はテーブルに荷物を置きベットサイドの椅子に腰掛けてノアの寝顔を見つめた。
監獄に居る時よりは顔色が良くなった気がする。
けれど、やつれていて目の下には隈が薄っすらあった。ツヤツヤだった髪もくすんで見える。
私はノアの髪を撫でながら言葉を紡ぐ。
「遅くなってゴメンね」
更に細くなった指。腕も筋肉が落ちて細くなってて、痛々しい。手を握ると握り返してくる。
ノアの顔に視線を移せば、弱々しく微笑むノアが居た。
「ゴメンね。起こしちゃった?」
「逆に起こしてよ。1秒でも多く一緒に居たいんだから。」
「馬鹿ね」
他愛も無い会話をした。
それだけで、なんだか落ち着く気がした。
「そうだ。食べ物を持ってきたのっ。
覚えてる?幼い頃に海の近くの王家の別荘に行ったじゃない?その時、私が熱を出しちゃって。
1人だけ味の薄いリゾットを食べる事になって、私は我儘だったから、そんなもの食べる位なら食べないって我儘言って。そしたらノアが、味の薄いリゾットを私の目の前で食べて見せて『美味しいよ』なんて言って。釣られて私も食べたのよね。
あの後、聞いたらノアはリゾット以外食べてないって聞いて優しい人だなって、もっと好きになったの。」
思い出話をするとノアはニコニコしながら聞いてくれる。そして「起こして」と甘えてくる。
起こして上げようと上に覆い被さる体勢になったら抱き締めてきて「もぉ~潰しちゃうでしょ」と私が笑いながら怒ると「潰れないよ」とか言って余計に抱き締める力が強くなる。細い癖して力だけは変わらない気がしてズルいと思ったりして何だか分からない感情に包まれる。
たかが一ヶ月くらいで、なんでこんなに細くなってんのよっ!なんてムカついてくる。だから、私はノアを問い詰める。
「ちょっと、痩せすぎなんですけど。
食事は、ちゃんと出てたはずでしょ?なんで食べなかったのよ?死なない程度にしか食べてなかったんじゃないの?本気で死ぬ気だったの?」
私の質問にノアは黙った。
「黙るの禁止!黙秘権なんて無いんだからっ。
こんなに心配掛けて怒ってるんだからねっ!」
ノアは、子供みたいにあからさまにシュンとして、恐る恐る話始めた。
「話し合いにもならなくて、いきなり幽閉されてさ。
あ〜、やっぱり俺の価値は王子としての俺だけで、王子を捨てるって言ったから従順じゃない俺なんて必要無いんだって…。何か何もかも疲れちゃったんだ。
俺に残ったモノはミリアだけで、ミリアに逢いたかった。けど、時間感覚が無くなってきて誰も話を聞いてもくれない話してもくれない。ミリアに逢いたくて妄想に逃げて夢か妄想か、もうどうでも良くてさ。
もしかしたら、夢から醒めなきゃいいって何処かで思ってたのは事実で…。
自分の弱さとか力の無さだったり、なんの抵抗もせず現実から逃避してミリアに助けてって心が叫んでて…。
カッコ悪いだろ?こんな男がミリアを幸せにしてあげるなんて言えないと思った。
そしたら、消えて無くなりたいと思っちゃったんだ。
ごめん……。」
「まったくっ。ほんと子供だね。
甘ったれの馬鹿野郎ですねっ!
何でもかんでも一人で悩んで、勝手に落ち込んで。
何かをする前から諦めて。怖いよ、助けてぇ〜って。
助けを求めた癖に助けを持たずに勝手に諦めて消えるって何よ?
ほんと自分勝手なヤツよね。」
優しい言葉の一つも言わない私の言葉を大人しく聞くばかりで何も言い返さない。
イライラして来た私は逆ギレしてしまう。
「あんた。それでも男なの?
何か言い返しなさいよ!ウジウジしてないでさっ。
誰もが、同情してくれる訳じゃ無いのよ?
こんな恵まれた環境に生まれてチヤホヤされて。
確かに上に立つ者の重圧とか縛りとかあると思うけどさ。平民からしたら、貧民街の住人からしたら私達は、めちゃくちゃ恵まれてんのよ?
生きるか死ぬかの日々を生きてる人だっている。
生きたいのに生きられない人だって居るのっ。
甘ったれてんじゃ無いわよっ!
自分で自分の命を絶とうなんて許さないから!」
怒られた子供が泣くように、声をあげて泣くノアは弱くて惨めでカッコ悪くて。
だけど一番、人間臭かった。
私が大声で怒鳴るわ、ノアは大声で泣くわで騒がしくし過ぎた。メイドが国王を呼んだらしく、国王が静かに部屋に入ってきた。
「ミリア嬢。すまない。
君に嫌な役周りをさせてしまったね。
子供の頃に子供らしく育てなかった私達の落ち度だ。
こんな息子に呆れて愛想尽かしただろ?
ノアの事は私達が何とかする。君は何も気にしなくていい。」
そんな国王の言葉に私は笑って答えた。
「何を言ってるんですか?
コレが私達のスキンシップなんですよ。
ノアって私に怒られるのが好きなんです。
だから、大丈夫です。ちゃんと私が最後まで育てます。」
国王は、寂しそうに微笑んで無言で深々と頭を下げた。この一連の動作で、国王の中でノアを王太子にする事を諦めたと私は感じた。
それは国王にとって苦渋の選択だったのだと思う。
国王の後ろ姿を見送り、私も深々と頭を下げた。
「息子を奪って、御免なさい」と心で呟きながら。