7:シャトーブリアン
精神的ストレスで自分の世界に閉じこもりかけていたミホは、シャトーブリアンという言葉に反応し顔をバッと上げた。
(つ、ついに念願のシャトーブリアンが食べられる! いやっふぅ! グッジョブ王様! さすが行動が速い。あーもう、魔族のこととか、どうでも良くなっちゃった。今行くからね、シャトーブリアン!)
「はい! よろこんで!」
笑顔でミホは言った。
「「「ミホ様がおっしゃるなら!」」」
「しょうがねーなぁ」
皆が同意するとフリーデンは宴会場に案内した。
宴会場は豪華な内装の大広間だった。 それぞれの席には飲み物、スープ、サラダ、パンが用意されていた。……わーお豪華! とミホのテンションが上がった。
「では、お座りください」
フリーデンの合図で皆が席につき、皆が座ったのを見てフリーデンは話し始めた。
「え〜 コホン 改めましてミホ様この度は有難うございます。!? …… では、乾杯!」
「「「「「「乾杯ー!」」」」」」
フリーデンはヨダレを垂らしながらシャトーブリアンを待っているミホに気を使って最短で乾杯の挨拶を終わらせた。
皆は、楽しく食事をはじめた。フリーデンとローズマリー、グランダは優雅に、男の魔王達はガツガツと、ブリアンは意外にも丁重に味わいながら食べている。
そしてミホはというと…… なんと、何も食べてはいなかった。
(シャトーブリアンがくるまで、ガマン、ガマン……)
ヨダレを垂らしながら必死で待っているミホを見かねて
「コホン」
フリーデンが注意を引きつけ、パンパンと手を叩くと豪華な皿に盛り付けられた肉が配られだした。
皆に皿が配られるのを見てブリーデンは
「ミホ様、シャトーブリアンでございます」
と告げた。皿の上には一口サイズの肉が、4切れだけあった。
その後、シェフが現れ肉料理の説明を始めた。
「お皿に天然塩と特別ソースを用意しております。肉本来の味を楽しむ方は塩でお楽しみ下さい」
会場中の者がミホのシャトーブリアンを食べるのを見守っていた。それは興味本位というのもあるが、今回の功労者のミホがまず最初に食べるのを待つというマナーでもあった。
しかし、当のミホは念願のシャトーブリアンを目の前にして難儀しているようだった。
(ついに食べれる〜! ん? ちょっと待って? 記念すべき一口は塩で食べる? それともタレ?)
ミホは高価な肉料理と言えば『焼肉』しか知らないためソースを『タレ』と思い込んでいた。
(塩はその素材の味が引き立つんだよね。でもお肉と絡むタレも良いよね。塩だと肉の味が口中に広がって味わい深いし、タレは味が濃いからごはんが進むよねー
も〜う決められない! こうなったら両方一緒に食べようかなぁ〜 いやそれはシャトーブリアンに失礼だよね〜 やっぱ決められない!)
ミホは悩みに集中しだした。すると先ほどまで制御していた魔力の制御に意識が向かなくなり、ミホの魔力が解放されだした。これによって魔力が弱い者は城の内外で動けなくなってしまった。
「ミホ様いかがされました?」
フリーデンが心配して声をかけてきた。
ミホはハッとして顔を上げると、皆、シャトーブリアンを食べずにミホの様子をうかがっていた。
「お気に召しませんでしたかな?」
フリーデンが恐る恐るミホにたずねた。
(みんな私を待ってくれてたんだ……)
「すみません、塩とタレのどちらで食べるか悩んでしまって。皆さん、私に構わず食べて下さい」
ミホは申し訳なさそうに答えた。
しかし、ミホが食べてくれと言っても周りの大人たちはマナーがあるので、そうですか、というわけにもいかない状況だった。
「確かにうめーな!」
ブリアンの驚く声が聞こえた。会場でブリアンだけが美味しそうにシャトーブリアンを食べていた。しかも2切れ同時に。
(…… 先に食べられた〜 しかも4切れしかないのにブリアン師匠ったら2枚同時に!)
「ミホ、食べないなら俺がもらっていいか?」
とんでもないことをブリアンが要求してきた。
「な、なんですと〜! イヤですよ、師匠!」
(こうなったら悩んでいる場合じゃない。じゃあもう適当に塩にしよう。オーダーは塩→タレ→タレ→塩だ!)
ついにミホは塩をつけたシャトーブリアンをほうばった!
「お、お、美味しーい!」
思わず声を上げてしまう。
「「「「「おおー!」」」」」
そんなミホを見て会場からも声が上がる。
(何コレ? お肉がすごく柔らかくて口に入れた瞬間に肉汁が溢れ出す。歯が触れた瞬間に肉が切れちゃう、っていうか溶けちゃう! あっ、もう口の中からなくなっちゃった。じゃぁ、次はタレだ!
ウグッ
うゎ、タレもスゴイ! 味が濃くて深い! ご飯と一緒に食べたい! ってパンがあるじゃん、私には! ナイス、good job! ミホ! さっそくパンに援軍に来てもらおう)
と『孤独のグ◯メ』並に自分1人の世界で食事を楽しむミホを見て、周りの大人はホッコリした気分になり、皆シャトーブリアンを食べ出した。
ミホはモグモグとスゴイ勢いで食べだしたため、あっという間にミホの皿にあるシャトーブリアンは無くなってしまった。
それを見ていたグランダは
「ミホ様、手をつけて無いので私のも良ければどうぞ」
といって自分のシャトーブリアンの皿を差し出すグランダに、
「えっ? もらっちゃって良いの?」
ミホは不思議な顔をする。
「はい、ミホ様がお喜びになられるのなら! そして私の国にはそれはそれは美味しい『スライムゼリー』という食べ物がありますので」
「何ソレ!? 美味しそう!」
ミホがすごく興味を示したことを確認したグランダは、ニッコリ笑い、話を続ける。
「その名の通りスライムみたいな見た目とプルプルしている食感のゼリーで、スライムと同様、色んな種類がございますの。私の国、マーレリングの特産物なのです!」
「おぉー!」
グランダにもらったシャトーブリアンを食べながらミホは歓声をあげた。
「ミホ様がよろしければ、マーレリングに是非来て下さい! 国を上げて歓迎いたしますわ!」
グランダは他人の一歩二歩先を考えて行動し、他を制する魔王だった。
「分かった! 今からグランダの国に行こう!」
ミホは立ち上がった!
「「「「えっ!? 今から!?」」」
ミホとグランダ以外の全員が驚きのこえをあげた。
グランダは勝ち誇った笑顔を浮かべている。そして今にもグランダの国へ飛んで行きそうなミホをアルクロスとドウェイグは慌てて止めにはいった。
「待って下さい! グランダの国よりも我が国の方がスゴイのです!」
そう言いつつも突然のことで、何が具体的にスゴイのか全くアイデアが浮かばないドウェイグ。
「私の国こそが1番なのです! ここから一番近いですし、食べられる肉の種類は数えきれません! 無論、ミホ様が来るのは第一配下の私の国ということです!」
必死にアルクロスも訴えた。
完全に劣勢となった男魔王に対し、冷たい冷気のこもった声でグランダは
「あんた達の国は女にとって面白くないのよ。特にアルクロス。あそこは汗臭いし、暑いだけ!」
「ウム、まぁ確かにアルクロスの国は何も無いよな」
ドウェイグも悪びれもなく同意した。
「なっ!? 何だって!? 俺の国には…… あっ…… う〜ん…… き、筋肉がある! この上なく熟成された魔族の筋肉を堪能することができるゾ!」
2人に痛いところを指摘され、怒ったアルクロスは苦しい反論をした。
「熟成肉!?」
ミホだけがアルクロスの反論に食いついて反応するが
「「「熟成、キ・ン・ニ・ク!!」」」
ブリアン、グランダ、ドウェイグがつっこみ、訂正した。
「じゃあ最初はグランダ、次にドウェイグ、最後にアルクロスの国に行けばいいんじゃねぇ?」
宴の席で言い合う魔王達を見かねて、ブリアンは提案をしてきた。
「あっ! 確かに〜! どの国が一番かなんて決まらないもんね! じゃあ行くよ〜! いざマーレリングへ!」
ビューン!
ミホは飛んで消えていった。
「有難うございます! ミホ様! 我が国を1番最初に選んで頂き!」
グランダはそう言ってミホに続き、空へと消えた。
「「まっ、まってくれー!」」
ドウェイグとアルクロスがそう言って後に続いて飛び去った……
ミホと魔王達が去っていった様子を見ていたフリーデンとローズマリーはただただ呆然としていた。
「あー…… 行ってしまわれた…… 明日会議があると申していたのに……」
国王フリーデンは人気が無くなった豪華な宴会場でボソリとなげいた。
(魔王が言い争いをしてる時、「魔王の国へは日を改めて」と、何度言おうと思ったか! でも、魔王が怖くて何も言えなかった……)
フリーデンが自分の勇気のなさを悔いていると、ローズマリーがそっと肩に手を置いてきた。フリーデンとローズマリーは視線を合わせ、静かにうなずき合った。
「魔王達もザツ頭と同類だな……」
そう言ってシャトーブリアンを全部食べ終えたブリアンは羽ばたきを始めた。
「だが食後に運動したくないんだよなぁ〜 し、か、し! こうなることを予想し、瞬間移動ができるように自分の国名を言ったグランダを最初にしといて良かったぜ。
すまねぇ〜 フリーデンとローズマリー。俺も行くしかない、ってことだから! 料理うまかったぜ! じゃあな〜! …………
<瞬間移動魔法 『マーレリング!』>」
棒立ちになっているフリーデンとローズマリーを置いて、ブリアンも姿を消した。
その後、国王フリーデンは押しかける貴族や人民に、『魔族との戦の終結』と『ミホ』の説明をする多忙な日々を迎えるのだった。
そして3人の魔王と対峙した唯一の人族の国王、また魔族を配下にもつ謎の少女ミホを見つけた最初の人間でもあるフリーデンが、グレッセル国の歴史上、最大の繁栄をもたらした英雄王として語り継がれていくことになるのだが、それはまた別の話だ。