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名無しキャストの短編集

これが『運命』じゃなくても

作者: 月嶋朔

「『運命の片割れ』、ですか」

「そう! 私の『運命の片割れ』が分かったんだ!」

「……そうですか」

 お互い好意的に思っていなかった婚約者が、嬉しそうに言います。


 私たちの遠い祖先は、背中合わせにくっついた形をしていたそうです。なのでお互いの顔を知らなかった。それでもずっと一緒にいる『片割れ』で、かけがえの無い存在でした

 だけどあるきっかけで引き剥がされ、離れ離れになってしまった。その『片割れ』に焦がれる気持ちに「愛」という名前が付き、いつしか片割れ以外の人も同じように愛するようになった、とか。


 私たちの背中には生まれつき、背中同士がくっついていた時の名残と言われている痣があります。双子でも同じ形の痣にはならないので、指紋のようなものです。

 そして、自分の『背中の痣』と鏡合わせのように対になる痣を持つ方が存在していて、その方を『運命の片割れ』と呼んでいます。

 ただ、出会う事はとても珍しいです。何故なら、全世界の人々……何千万人、何億万人の中から、たった一人を見つけるのですから。だけど有り得ない話ではないので、だからこそ、そのたった一人を見つけられたら『運命』という事になるのですが……。

 しかし、相性や年齢、身分等を理由に皆が『運命の片割れ』を選ぶわけではありません。

 『運命』とは言いますが、精神的な拘束力は無いのです。


 しかも昨今では、この話を悪用する方が増えています。

 対になるように痣を加工して、『運命の片割れ』だと偽るのです。

 主に自分の婚約者に何かしら不満を持つ貴族令息が行うようで、浮気相手を『運命の片割れ』に仕立て上げて、話を否定する婚約者を逆に「酷い人だ」と周囲(サクラ)を使って大袈裟に責めて大勢の前で貶めるのだとか。

 痣の偽造自体に対する罰則はありません。先にも言ったように、精神的な拘束力が無いので。但しやった側の行為を「詐欺」や「不貞」に置き換えて訴える事はできます。

 ですが、ほとんどの場合は、話し合いを面倒くさがり『運命の片割れ』を持ち出して手っ取り早く別れようとする相手に呆れて、早々に見限るそうです。

 確かに『運命の片割れ』に出会えるのはロマンチックですが、それを都合の良い言い訳にして不誠実な対応をするような方と、『運命』じゃなくても誠実な方を天秤にかけたなら、傾くのは誠実な方です。


「なんと相手は、隣国の皇族だ!」

「まあ」

 素直に驚きました。

 痣を偽造してその辺の女に手を出したと言いそうな方なので、もしそうだったら「不貞」で訴える事も視野に入れていましたが……、黙って引くところですね。


 勇敢でありながら穏やかな気質の隣国の方は、先住民である竜人の血が混ざっているので角や翼が生えている方が多いです。

 竜人の血が濃いと、お顔や手足が竜のような形になったり、体に鱗が生えるそうで、その方達は「先祖返り」と呼ばれ、国中で尊ばれています。


 しかし、彼らを「異形」だと嫌う国外の方がいるのも、確かです。

 この国の王は友好的で、人を見た目で判断しない方なのですが、建国から友好関係にある国の王妃が隣国の方の見た目を良く思っていない方なので、国交は最低限になっています。

 そのためすぐ隣の国なのに詳しく知るには、自分から調べなければならないので、興味の無い方にとっては得体の知れない隣人のままなのが、とても残念です……。

 私は彼らを「きれい」だと思った事がありましたが、元婚約者は影で「トカゲ(・・・)の国」と言い、彼らの容姿を笑っていたのを私は知っています。

 その国の方との縁談ですが、相手が皇族だからか嬉しそうです。……恐らく一般の方だったら、彼は婚約者がいるからと(私の存在を利用して)お断りしていたでしょう。

 誠実なのではなく、打算で。


 私が「おめでとうございます」と言うと、彼は鷹揚に頷いてみせました。もう皇族を気取っているようにも見えて、少しだけ滑稽だったのは秘密です。

「出発は再来週になる」

「そうですか」

「忙しくなるから、婚約解消の手続きをやっておいてくれ。ああ、そうだ、言い忘れるところだった。お前も来るんだぞ、俺の世話係(・・・)として」

「……はい?」

 大人しく引こうとしていたのに、一悶着起こしたいのでしょうか?


 彼が言うには、向こうからの条件として、元婚約者の私を連れてくるように言われたけど、その時に従者(・・)を連れてきても構わないとも言われたので、今まで自分の代わりに色んな手続きや作業をしていた私を世話係(・・・)として連れていく事にしたそうです。

 元婚約者()を従者として連れてこい、とは明らかに言ってないのに、彼はそう捉えたのでしょう。


 世話係。従者。

 彼にとって私はそういう存在(・・・・・・)だったようです。婚約者、ではなく。


 へぇーーーーー、ふぅーーーーん。そぉーーーーーなんだぁーーーーー。


 手元にある飲み物を顔面にぶっかけてやろうかと思いましたが、何も知らない(・・・・・・)彼の口から『運命の片割れ』の名前が出て、気が変わりました。

 やり返すのは今じゃない、と。

 私はにこやかに「では、準備しますね」と返して家に帰り、両親と手を取り合って喜びました。




 * * *




「どういう事だ!?」


 元婚約者が『運命の片割れ』を見て声を上げます。

 その失礼な言動に、しかし『運命の片割れ』である皇太子様(・・・・)はにこやかに笑みを返します。

「どうもこうも、僕が君の『運命の片割れ』だよ。前もって名を知らせていたのにその反応とは、解消した以前の婚約者の女性の方が素晴らしくて『運命の片割れ』に興味が無かったのか、それとも()に興味が無かったのか」

 そうです。

 『運命の片割れ』は、必ずしも異性ではありません。稀にですが、同性である事もあります。

 元婚約者は、皇族という情報以外に興味が無かったのでしょう。男だなんて聞いてない、と騒いでいますが、国交が最低限とはいえ少し調べれば皇太子様の名前だとすぐ分かります。

 いつものように私に調べさせておけば良いと丸投げしたままでこの国に来た事が、挨拶もまともにできていない所からも丸分かりです。

 皇族の皆様が、皇太子様の『運命の片割れ』であるはずの元婚約者を冷たい目で見据えています。

 私は助けを求めて振り返った元婚約者を無視し、一歩後ろで、彼にそう紹介された「従者」らしく頭を下げて黙って控え続けます。だって皇族の前なので。

 そんな私に近付いてくる気配に、私は喜びを隠せず、つい口元が緩んできます。

 美しい装飾の靴の爪先が目に入ったと思うと、皇太子様の手が私の頬を優しく撫でて、そっと顔を上げさせます。

 手の甲から肘までを白銀で彩る美しい鱗と、優しく細められた金色の目はあの頃(・・・)と変わっていません。

 うっとりと見つめあっていると、皇王様の咳払いが聞こえました。慌てて離れようとしますが皇太子様が手を離してくれないので、皇王様も仕方無くそのままにします。皇后様と一緒に皇太子様(息子)の様子を嬉しそうに見ていますが、「しかし、人前で……」とちょっと呆れた顔にも見えます。

「な、ど、どういう事、ですか。何故、彼女に……そんな……」

 密着して。と言いたいのでしょう。

 皇太子様がこれ見よがしに私の腰を強く抱き寄せたので、私も彼の胸に頬を寄せました。今まで見せた事の無い私のしぐさを、元婚約者が凝視してきます。

 ちょっと、性欲が見えて気持ち悪いですが……。

 私を連れてきたのも、もしかしたら「世話係」という慰みものにしようと思っていたのかもしれません。

 婚約していた間は、そういう雰囲気になった事も無かったのに。


 まだいやらしい視線を送ってくる気持ち悪い元婚約者を、皇太子様が睨み付けて牽制します。

「我が国では『運命の片割れ』は『番』と言われて、古くから我が皇族は『番』と結ばれる事が何より優先されるのは、知っているな」

 知らない、と言いたげな元婚約者を無視して話が進んでいきます。

 精神的な拘束力は無い『運命の片割れ』ですが、国によってはこのように物理的な拘束力がある場合があります。建国に関わる事であったり理由は様々ですが、この国では先住民に伝わる「神託」で決められています。

 ですが、そうそうに出会えないため、現皇王様までは貴族子女から相手を選んでいました。元婚約者は、実は数百年ぶりに所在が特定できた『運命の片割れ』『番』なのです。

「そして『番』が同性であっても、例外は無い。だから君には同性婚を認めているこの国へ籍を移してもらったのだ」

 驚いた顔で元婚約者が私を見ます。

 移動の手配はもちろん、移住の手続きも全部私に丸投げ(・・・)していましたからね。彼も、彼のご両親も。恐らく今頃は書類の控えを見て、元婚約者と同じように驚いている事でしょう。

 話は続きますが、呆然としている元婚約者はやはり無視されたままです。

「当然同性では子を作る事ができない。我が国では多妻を認めていないが、こういった場合にのみ特例で側室を一人だけ許される。だから(・・・)私は彼女にこの国に来て欲しかった。

私が真に求めていたのは、『運命の片割れ』……『番』の君ではなく、君の元婚約者の、彼女なんだ。理解できたか?」

 あの間の抜けた顔は、理解できていない顔ですね。いつもあの顔で「お前に任せた」と丸投げして逃げていたので。




 * * *




 木の影から子どもが泣いている声が聞こえたのでそっちに行ってみると、金色の目から大粒の涙をぽろぽろと溢している、棒のように細くて襤褸を着た男の子がいました。

 どうしたのか声をかけても怯えるばかりで、だけど逃げる元気が無いのか、身を守ろうと体を縮ませてしまいました。その時に、服の隙間から腕に生えている綺麗な白銀の鱗が見えたのです。

 きれいねと言うと、だけど男の子は悲しそうに

「きもちわるいって、いっぱいいわれた」と言うので、私は首を横に振って

「わたしは、きもちわるくないよ。キラキラしててきれいね」と返しました。

 その事が男の子の警戒を解いたらしく、ゆっくりお話ししてくれたんです。

 竜人でも珍しい金色の目と光に当たると白銀が虹色になる両腕の鱗を見た奴隷商に拐われた隣国の子で、この国に入った時に荷馬車の車輪が外れて横転した隙に逃げ出してきたのだと。よく見ると、大人に叩かれたような怪我がいくつもありました。


 不思議な男の子がすっかり気に入った私は、彼の手を引いて自宅に連れて帰り、驚いた母親に教わりながら手当てをして、昼食のおかずを半分よりちょっと多めに譲って、そして父親が呼んできた国境警備兵のおじさん達と一緒に男の子が隣国に帰っていくのを、泣きながら見送りました。

 後から警備兵のおじさんに、あの男の子が実は隣国の皇族で、お忍びで街に出た際に人混みで護衛とはぐれてしまい、そのまま一ヶ月以上行方知れずだったのだと教えてもらいました。

 男の子を拐った奴隷商の人達は、お触書で彼が皇族だと知り、処罰を恐れて、遠くに逃げようとしていたところだったそうです。もし車輪が壊れた時に逃げていなければ、口封じに殺されていたか遠い海の彼方に連れていかれたか、どちらかだったとか。


 その後、息子の命の恩人だと皇室からお礼としてお金や宝石がたくさん送られてきて、貧乏だった私の家はお金持ちになりました。だけど両親は驕ること無く、そのお金も、稼いだお金も、人助けに役立てています。

 そのお金と宝石と一緒に、私は男の子から「おおきくなったら、むかえにいくね」と約束が書かれた手紙をもらいました。私は嬉しくてすぐに「まっているね」と返事を書きました。

 それから今まで、頻繁ではなかったけれど文通が続いていました。その間に男の子の……皇太子様の『番』が私の国にいるとわかり、二人で途方に暮れてのですが……。




 * * *




 皇族の方達からも国民の皆様からも、皇太子様を救った恩人として、側室に迎えられた私はとても歓迎されました。異例の事ですが、今回はむしろ『運命の片割れ』『番』であるはずの元婚約者の方がオマケにすぎなかったのです。

 皇太子様の『番』が私と歳の近い男性だと分かったので、敢えて私が彼の婚約者になるよう皇族の方達が裏で手を回しました。

 そうして時期を見て皇太子様の『番』である事を明かし、元婚約者を国に呼んだ時に、私が彼と一緒にこの国に来られるようにしたのです。

 あとは決まりなので、皇太子様と元婚約者は形だけの婚姻をして、特例に沿って私を側室に迎える。

 皇后様が考えたこの作戦は、ひとまず成功しました。


 利用してしまった元婚約者にはこの事情を説明し、離宮で皇族と同等の暮らしを約束する予定だったのですが、彼が私の事を「従者」と言った事が皇太子様、そして皇王様達の逆鱗に触れてしまったのです。竜人の皆様は普段は穏やかですが、物理的または精神的に逆鱗に触れてしまうと恐ろしいのです。

 なにせ、皇太子様を昔拐った奴隷商の方々は、あの後すぐに全員捕まり広場で八つ裂きにされたので。


 元婚約者は味方の一切いない状態で、一番古い離宮を宛がわれ、そこで暮らしているそうです。雨漏りもなくちゃんとした建物だけど、設備がとても古いので、現代に慣れていると不便なのだとか。例えるなら、洗濯を手でするような感じです。

 それでも大人しくしていれば、待遇の改善を考えていたそうです。あんなのでも、私と皇太子様が一緒になるために巻き込んでしまったわけですから。

 だけど彼は欲求を抑えられず、メイドを手込めにしようとしたのです。寸前でメイドが彼を張り倒したので事なきを得ましたが、離宮は女人禁制になりました。

 それで収まったかと思えば、今度は顔の良い少年に手を出そうとしたとか……さすがに庇えず、近々切断されるそうです。ナニが。


 この事もあり、ますます周囲から私と皇太子様の子を切望されるようになって、私は皇太子様と毎日夜を共に過ごすようになりました。

 そして、私にはわからないのですが、竜人は自分の血を引く子が宿るのが感覚で分かるそうです。ある朝、ベッドの中で皇太子様に抱き締められ、体中にたくさん口付けを頂きました。


 きっと私の『運命の片割れ』も、この世界のどこかにいるのでしょう。

 だけど私は優しく笑いかけて下さるこの方と、お腹にいる新しい命を手離して、唯一の『運命』と添い遂げようとは思いません。


 何故なら、私の幸せ(運命)は、ここにあるからです。

元ネタはアンドロギュノス。

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