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第09話 少女、頑張る

 ドロシーは控室へと通じる廊下に戻り、大きなため息を吐いた。


 その目じりには涙が浮かんでいる。


 あの場所から離れたことで、多少は緊張感が和らいだが、今度はあの場所から逃げ出した罪悪感のようなものが大きくなっていた。


 王都に来たときから、緊張はしている。建物と人の多さに圧倒されてしまい、自分の存在が場違いに感じた。


 それでも、母親が一緒だったから、筆記試験は何とか頑張れたが、実技試験は難しそうである。


 今まで感じたことが無いほどの視線や重圧で、気を失いそうになるほど緊張した。


 そして、何もできず、ヤジを飛ばされ、大恥をかく。


 田舎者と言われた。


 でも、確かに、実は田舎者だった。


「……やっぱり、私が来るような場所では無かったのかな」


「そんなことないと思うよ」


 ドロシーはハッと顔を上げる。


 ライトがそこに立っていた。


「ライトさん……」


 ドロシーは口を結び、顔を伏せる。合わせる顔が無かった。


「何で、そんな顔をしているのさ。試験は、まだ始まったばかりでしょ」


「で、でも、田舎者の私は、こんなところに来るべきじゃなかったんです。田舎で、大人しく芋でも掘っていれば良かったんだ」


「そんなことないと思うよ。ドリィちゃんには才能がある。それこそ、芋掘りだけでその生涯を終えるには欲しいほどの才能が」


「……」


「それに、勇者のように、出自を言い訳にせず、人のために頑張れる人間になりたいんじゃないの? あれは嘘だったの?」


「嘘じゃないですけど……」


 ドロシーはスカートをぎゅっと掴む。その言葉は嘘では無い。しかし、何も知らないからこそ、言えた言葉な気がしてきた。


「ドリィちゃん。これはチャンスだよ」


「チャンス、ですか?」


 ドロシーが顔を上げると、ライトは力強く頷いた。


「ああ。勇者の精神を学ぶ絶好のチャンスだ。だって、そうでしょう? 勇者だって、今のドリィちゃんのように、貧民街の出身というだけで、ヤジを飛ばされ、傷ついていたのだから。でも、この入学試験でそれらの声を黙らせて、自分の能力を認めさせた。だから、ドリィちゃんも同じことをすることで、勇者の精神ってやつを学べるんだよ」


「うぅ。でも」


 ライトはドロシーの前に立つと、その手を握った。


「あっ」とドロシーから声が漏れる。ライトの温もりを感じると、自然と気持ちが落ち着いてきた。


「最初に、俺がドリィちゃんに魔法を教えたときのことを思い出して」


 ドロシーは思い出してみる。あのピンク色の部屋で、ライトに教えてもらったことを。全身をめぐる快感を思い出し、顔が赤くなった。


「思い出してきてみたいだね」


「……はい」


 ドロシーは照れながら答える。


「それじゃあ、そこから、今日までやってきたことを思い出してみようか。最初に比べて、ドリィちゃんの魔法はどう変わった?」


 ライトから受けた指導が頭の中を過る。ライトのおかげで、数週間ではあったが、自分でもわかるくらい魔法が上達した。あと、気持ちのいい感覚も蘇り、変な気分になる。今はそんな場合じゃないとわかっているのだが……。


「余裕が出てきたみたいだね」


「え、あ、確かに」


 言われて気づく。変なことを考えることができるくらいには、気持ちに余裕が生まれていた。


 しかし、これでいいのか? という気持ちもあるので、恥ずかしそうに目を伏せる。


「よし。なら、あとはいつも通りやるだけ! そうすれば、ちゃんと合格できるから。もしもできなかったときは、この俺をぶん殴っていい!」


 ライトに微笑みかけられ、ドロシーも自然と笑みがこぼれる。


「はいっ! いっぱいぶん殴ります!」


「いや、合格しなよ」


「そうですね。へへっ」


 ライトは苦笑するも、どこか嬉しそうではある。


「今のドリィちゃんなら、いつも通りやることができるよ。だから、そろそろ行かないと。俺もちゃんと応援しているから、頑張れ!」


「はい!」


 ドロシーは再び試験会場へ戻ろうとした。が、途中で振り返る。


「あの、ライトさん。ありがとうございます」


「ん。その言葉は合格してから受け取るわ」


「はいっ!」


 ドロシーは早足で試験会場へ戻った。


 入場口を通る。太陽の光が眩しかった。


 同時に、鋭い視線と嘲笑がドロシーを迎えた。


「おいおい、戻ってきたぜ」


「帰れよ、田舎者」


「ここはあなたのような人間がいる場所では無いですわ」


 様々な悪意を前に、ドロシーはやはり緊張する。


 逃げ出したくなる気持ちもあった。


 だからドロシーは、下腹部に手を当て、ライトから初めてもらった温もりを思い出す。


 頬が赤くなった。


 その温もりから始まった物語が、自信と余裕を与えてくれる。


 ドロシーは再び試験官の前に立った。その顔に迷いはない。


「いけそうですか? あなたが最後なんですけど」


 試験官の問いかけに、ドロシーは自信をもって頷く。


「はい! いけます!」


「それじゃあ、位置について」


 ドロシーは定位置に付き、的に向かって、杖を構える。


 深呼吸を繰り返し、集中した。


 観衆のヤジや視線が遠くなっていく。


 ――そして、呪文を唱えた。


「"当たって、燃えろ!"」


 ――瞬間。杖先から大きな火球が放たれた。


 それが、成長の証。


 ドロシーは反復練習を繰り返した結果、ライトから教えてもらった手順をほぼ同時に行えるようになっていた。


 火球は豪速で的にぶち当たると、爆発した。


 空気が震えるほどの轟音に観衆は息を呑む。


 煙が晴れたとき、的は壊れて、棒だけになっていた。


 静寂が、大きなどよめきへと変わる――。

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