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第三話

 私は紙を持ったまま、六畳間のちゃぶ台前へ。すでに置かれている座布団に腰を下ろす。

 ちゃぶ台の上には、革製の財布がひとつ。中にはやや高めのリゾートホテルに、数日は宿泊できそうな額が入っていた。

 メモによると、この部屋もお金も私のために用意されたものらしいが、それを些末なことに追いやる内容が、紙面には書かれていた。


『落ち着いて、読んでほしい。君はもう間もなく、終わりを迎える身だ。おそらく一週間とたたずに、その身は果てる』


 本気でもいたずらでも、このような文面を読まされてなんとも思わないものがいようか。

 何もなくば、鼻で笑うかもしれないが、続く文面に私は口元を引き締めてしまう。


『ゆうき。ここにいるということは、君は帰ることができなかった。いや、帰れると思ったが、そこが帰る場所ではなかったと、急に手のひらを返された心地でいるのではないか?』


 まるで見てきたような……いや、たとえずっと私を観察していたとて、読み取れるはずがない内心を、この書いた主はぴたりと当ててきた。

 信用と警戒の間に揺れながら、私はなおも先を読み進める。


『君には真に帰るべき場所がある。だが、その詳細は残念ながら私には分からない。君の記憶の深くにのみあるのだ。

 真の帰り道を、真に帰るべき場所を探せ。

 いまは浮かばずとも、内なる君はその気持ちをおさえることはできまい。鳥や虫が、遠く住処を離れようともそこへ戻っていくことができるように。

 ここは仮の住処に過ぎない。過度な贅を求めねば、暮らすことができるようにはからってはおいた。かなうことならば、一刻も早く君が真の帰り道を見つけ、この部屋が元のようなもぬけの殻とならんことを。

 直接、伝えたいこともあるが私も動かなくてはいけないことがある。その身、くれぐれも大切にな』


 得体のしれない手合いだ。だが、いまはこいつに頼るしかない。

 私の本当に帰るべき場所。あの三宅家とは違うどこかが、まだどこかにあるというのか。そして一週間もたないかもしれないと目される、私の身体……。

 ぽんぽんと、軽く叩いたり触ったりするも、格別痛んだりする箇所はない。苦しみが近くにないと、どうにも危うさの実感は湧かない。


 ――ひとまず、今日は休んでしまおう。


 出歩くには、もう時間も遅い。

 押し入れには布団もしまってあり、ざっと風呂に入ってから、敷布団の上に横になる。

 やはり、「分かっていない」感覚はつきまとう。

 こう操作すればシャワーから水が出ると知っていたのに、いざ浴びてびくついたり。

 いまも布団へ横になりながら、その感触に落ち着かずに寝返りを打ち続けたりしている。


『君はもう間もなく、終わりを迎える身だ』


 言葉を反芻しながら、あおむけになったときに左腕を伸ばし、それを右腕であちらこちらをもんでみる。

 冷たい指から、しきりと圧をかけられているのは感じられた。これが近く、何も感じることができなくなるというのか?

 あの手紙は、せめて最期は自らの家で……というはからいか?

 こちらの心まで見透かすような書きよう、あるいは私と同じような経験をして、『帰ること』ができた者なのか?

 答えの出ないことを考えながら、私は過ぎていく時間を淡々と感じていた。



 やがてドアポストに投函される音に、私は身体を起こす。

 まだ朝の早い時間帯。ドアまで行くと、地方新聞が手紙受けに入っている。


 ありがたかった。この部屋にはインターネットはおろか、テレビやラジオも存在しないのだ。それらは優秀な情報源と知ってはいたが、それに並ぶものとして新聞がある。

 昨日のコンビニの軽トラックの件も、小さいながらも記事として載っていた。おおよそ、あの警察官から聞いたことと同じで引き続き調査を行う旨も書かれている。

 どうやらこの新聞、事故や事件類に特に紙面を割いているらしく、中央の見開き二面をまるまる使って、ところ狭しと記事を詰め込んでいる。


 中でも目立ったのは、電車における人身事故および線路立ち入りによる、大幅なダイヤの乱れについてだ。

 昨日の朝も、私が腕をつかまれたあの線路でトラブルがあり、時間単位で電車が停まるという大きな打撃があったとのこと。

 そして、こいつは珍しいことじゃない。今は月の下旬だが、この月に入ってから間もなく事故は急増。2日に一回を超えにかかるペースで、ローカル路線をおどかしているらしい。


 ――これは、電車を交通手段に使うのは少し控えた方がいいか。


 もし、乗っている途中の事故が発生し、缶詰にされるという事態になるのは避けたい。

 あの手紙に書かれていることが本当ならば、私に猶予はないのだから。


 ――しかし、最期がほどなくやってくるとして、ここで迎えてはいけないのか? 生家ではなく、布団の上ですらなく、命を落とす者は古今東西に大勢いるはず。

 もちろん、最期を避けられるならそれに越したことはない。だがもし、それを断念せざるを得ない事態へなったとき、その大勢へ入ることを私は許されないのだろうか?


 手紙の主へのコンタクト。直接的なものを持たない私は、こちらも文をしたためる他なかった。筆記用具も部屋の中にあった。

 この部屋の合鍵を主も持っているはず。そして私をメモへ導いたところといえば、貯水タンクの裏。

 私は昨日、用意されていたようにメモを張り付けておく。

 ちゃぶ台の上には置いておけない。もし、それが許されるなら手紙の主は最初から、堂々とそうしているだろうからだ。

 どのようなきっかけであれ、私に。「ゆうき」以外には読まれたくないことだからだろう。

 それは同時に、私やメモの主が情報を得るのを面白く思わない相手が、存在することもほのめかしている。

 いずれにせよ、猶予はないことを私はひしひしと感じていた。


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