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ちょっかい

クラスメイトの話し声がやけにうるさく感じる空間の中で俺は隅っこでただ独り寂しく読書をしている。

俺はそんな時間が好きだった。


別に孤独でいることで感傷に浸っているわけではない。


ただ目立たず、平穏な日常を送ることこそが俺の最大級の幸せだったからだ。


そう、俺の前にあの女が現れる前までは……―――


―――「おはよう~!」


艶のある亜麻色の髪をたなびかせて、はつらつとした声で挨拶をする女生徒。

彼女の一声でクラスメイトのほとんどが、彼女の方へと集まりだした。


彼女の名前は一色雫いっしきしずく。学業では常にトップクラスの成績をたたき出し、部活動では所属しているバスケ部を全国大会出場まで導いた天才だった。それに加えて容姿も非の打ち所がなく、まさに完璧超人を絵にかいたような人物だ。



そんな彼女の非現実的なスペックに対してもはや嫉妬を起こす人物も存在しておらず、その持ち前の明るさも相まって皆、彼女のファンになっていた。中には崇拝する者まで現れる始末だ。


そんな中、先日俺はその一色さんと席替えで隣の席になってしまった。

以前までの俺は当然、そんな超絶高スペックの彼女と関わる機会はおろか、まともに会話すらしたこともない状況だった。それが、隣の席になったところで変わることはないだろうと思っていたのだが……―――



―――「佐藤君、おはよう!」


彼女はクラスメイト達と一通り会話を終えて、自分の席へと向かっていた。そして突然、読書中の俺の背後からやたら元気よく挨拶をしてきた。


「おっ…おはよう……」


いきなり背後から声をかけられ驚いた俺は、意図せずに若干詰まった口調になってしまった。


そんな、情けない俺を見て彼女は笑っていた。最近、俺はどうやら彼女のお気に入りらしい。面白いおもちゃ的な意味で……


近頃、俺は彼女に些細なイタズラをされて、そのリアクションを見て楽しまれるということを繰り返していた。


「いいね~そのリアクション。佐藤君、やっぱり面白い!」


彼女は満足そうにそう言うと自分の席でかばんに入っている荷物の整理を始めた。



高嶺の花だと思っていた彼女だが実際に接してみると、誰にでも分け隔てなくフランクに接していて人気があるのもうなずけた。


しかし、俺はあまりこの状況を好ましく思っていなかった。理由として平穏な日常生活を送りたい俺はあまり目立ちたくなかった。だが、彼女は高嶺の花だ。当然、男子生徒の人気も高い。そんな彼女にたとえちょっかいをかけられる形であったとしても会話しているところを見られたりしていらぬやっかみを買いたくはなかった。


学園生活に波風をあまり立てたくない俺は周りの生徒に変な誤解をされてしまうことを非常に恐れていた。


特に、俺のような平凡な人間が調子乗っていると目をつけられたりしたら学園生活の終了を意味している。


そんなことを考えていると突然、一色さんが教科書の整理をしながら伏し目がちに話しかけてきた。


「佐藤君、もしかしてこういうの迷惑かな?」


「え?……」


「私が佐藤君にちょっかいをかけたりするの、佐藤君嫌だったかな…って思って」


彼女は申し訳なさそうに俺にそう聞いてきた。


「そんなことないよ……」


伏し目がちに問う彼女の顔を見て俺は咄嗟にそう答えてしまった。

あまり目立ちたくないから控えてほしいというのが本音だったが、彼女の表情にほだされた…。



「無理しなくていいんだよ?……。もし嫌ならそうだと言ってね?ただ折角、席も隣同士になったんだし仲良くなれたら良いなと思って、でも私、あなたのリアクションが面白くてちょっとやりすぎちゃったかなって反省してたんだ……」


そうか仲良くなりたいと思ってくれてたのか。しかも彼女なりに俺に対して配慮してくれてたんだ。メチャクチャ性格良いな一色さん。

そう思ったとき、俺は自然に彼女に対してこう答えていた。


「むしろありがたいよ!俺なんかに話しかけてきてくれるなんて迷惑なはずがないじゃないか。むしろありがとう」


俺は素直に感謝していた。距離をつめるのが苦手な俺に対して話しかけてくれるなんてこれほどありがたいことはない。


そう思っていると……


「今、確かに言ったわね?」


「ん?」


「ありがたいって言ったということは、これからもちょっかいをかけても良いと公認したってことでいいのよね?」


え?何かがおかしい。そう思って彼女の表情を見ると、先ほどまでの伏し目がちで申し訳なさそうな表情は消え去り、妖しく微笑んでいた。いつもの彼女の俺にちょっかいをかけてくる時の表情そのものだ。


つまり、俺は騙されたってことか。彼女に。申し訳なさそうな表情も全て演技だったのか……


「一色さん待って。さっきのなし。やっぱりちょっかいをかけるのは控えてほしい。あまり目立ちたくないんだ」


俺は思いのたけを一色さんにぶつけた。


「え?さっき自分で言ったことをすぐ取り消しちゃうの?佐藤君って案外、責任感ないのね」


「ち…、違う……。それは一色さんが俺を騙したから…」


「私のせいにするの?それに騙したって言っているけど、本当にそうかな?」


「な……、何が言いたいの?」


「本当に嫌だと思っているのならもっと早くそう言ったはず。つまり、あなたの本心は嫌だとは感じていないってことよ」


あれ……。そんなはずないとすぐに言おうとしたが言葉が出なかった。俺の本心は、静かに平穏に目立たず暮らすことのはず……。それを言えばいいだけなのに言葉にならない。本心は違うのか?……


俺は一色さんにちょっかいをかけられるのを本心では楽しみにしていたってことか?……


自分の本心が分からなくなる。


そんな俺を見て一色さんは微笑みながらこう言った。


「これからもよろしくでいいのよね?佐藤君」


彼女の言葉に俺は無意識のうちに無言で頷いていた。




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