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08 旅の薬師として

 所謂『説明回』

 エンラモントィ国の辺境リモへ向かう街道に、タマモとダッキの姿があった。

 彼女達はタマモの希望で、あちこちの町や村で宿に泊まり、時には野宿をしながら巡る、普通の歩き旅をしてきた。

 途中で偶に魔獣に襲われた以外にトラブルも無く、比較的順調に旅をしてきた二人である。


 これから向かう辺境リモは、タマモ達が定住するのに選んだ候補地である。

 辺境と言っても辺鄙な土地と言う訳ではなく、隣国との国境にあるから辺境と呼ばれているだけである。

 高地にある盆地であり、牧畜と林業が盛んで、穏やかな気性の住民が多い。

 隣国の港町とは山一つ隔てているがが距離も近く、交易もそこそこ盛んであるらしい。

 日本なら奈良盆地と大阪・堺の関係をイメージして貰えれば分かりやすいかと思う。


 幸いにもこの惑星は人種として地球人に良く似た種族の他に、エルフやドワーフを始めとした多種族が居住していて、その中には獣人も含まれている。

 タマモ達にそっくりな特徴を持つ狐の獣人も存在し、タマモは銀狐族、ダッキは金狐族と言われる獣人と同じ様相をしているので人々に怪しまれる事は無かった。

 この二つの獣人種族は、個体数は少ないものの、エルフやドワーフに匹敵する程の長命種である事も知られており、何年経っても姿の変わらないタマモ達にとっては尚更に都合が良かったのだ。


 そして旅をして定住先を見付けるにあたり、仮にでも身分が必要となる。

 タマモが頭を捻りながら検討した結果、種族的に旅をしていても不自然にならず、且つ人々から信用を得やすい身分・職業として『薬師』が選ばれた。


 この惑星でタマモ達が目を付けた地域で、薬師を名乗るには国毎の鑑札が必要である。

 タマモ達は、みくりや丸の例の万能プリンターを使い、遠い別の国で発行されている鑑札の、本物そっくりに偽造した物を用意した。

 また路銀として使う貨幣も、両替の専門家でも見破れない偽造貨幣である。

 世界常識の悪用ではあるが、これくらいは目を瞑って欲しいものである。


 薬師の鑑札については旅を始めて早々に、この国、エンラモントィ国の正規の物へと切り替えた。

 リモの領都バセノに着いたら、それを見せて薬師としての営業許可を得るつもりだ。

 偽造貨幣は生活基盤が整備されお金が稼げるようになったら残りは全て破棄すると決めている。


 服装に関しては、データベースから銀狐族と金狐族の旅装を調べ、そこからデザインを拾って、良い具合にヨレた感じで製作した。

 見た目は生成の麻のような布で出来ており、半袖前開きのシャツの上から長袖の上着を羽織り、裾が縛れる長ズボンを穿き、その上に巻きスカートを纏っている。

 上着と巻きスカートには銀狐族と金狐族にそれぞれ伝わる模様を、タマモ達オリジナルにアレンジした物が施されている。

 足には革製に見えるブーツを履いて、背には薬師としての商売道具である薬箱を背負い、旅道具をその上に載せている。

 これまで通って来た町々で奇異に見られなかったので無難な選択だったのだろう。


 薬師と言えば薬と薬草であるが、旅を始める前に、自分達で山野を巡って集めた様々な種類の植物を使って薬を作り、予備の物としての複数種類の薬草(この惑星の本職の薬師は『本草』と言う)も現地仕様の薬箱にある本草入れと呼ばれる部分へと詰め込んだ。

 いざ旅を始めてみると、立ち寄った町や村で、何故か結構な頻度で薬を求められ、そこそこ売れてしまうようになった。

 薬が売り切れにならないようにと、時に自分達で本草採取をしたり、町に立ち寄った時に薬種問屋などがあればそこで材料を購入しては調薬して賄った。

 これらの経験で、どれが売れ筋かも分かり、無駄な在庫を抱えないで済むようにもなった。



・・・・・・・・



 薬と薬草の話が出たついでに、この惑星での薬・薬草事情やスキルについて少し述べておく。

 この惑星、と言うよりもこの宇宙全体ではレベルとステータス、スキル制と思しきシステムが法則として備わっている。

 所謂ゲーム世界とかネット小説によくあるゲーム要素のあるファンタジー世界と言っても過言では無いかも知れないが。

 果たして、その様な世界で薬師など必要となるのだろうか。


 意外と思われるかも知れないが、この世界のスキルとは技能であり技術である。

 使用者が身に付けたそれらを補助する役割を持つだけのものだ。

 タマモとダッキに与えられた言語理解や世界常識、人化などは非常に特殊な例である。

 また、『生活魔法』の訓練でタマモが四苦八苦していたのを覚えておいでだろうか?

 そう、『魔力操作』と言う技術を取得した上で、普通は『生活魔法』と言う技術が訓練により取得可能となるのだ。元来のスキル取得とは、この世界ではそういものなのだ。

 そう言う意味でダッキはチートである。なにせ与えられたスキルをハッキングして訓練も無しに使えてしまうのだから。


 さて薬と薬草に関してだが、薬の専門家の薬師の多くが取得している『調薬』と言うスキルについて少しだが説明しようと思う。

 これは使用者に、これから作ろうとする薬に必要な薬効のある動植物や鉱物の知識と、その薬に関する知識があり、そして材料が揃っている場合に限り、計量器など無くても意識せずとも正確な分量で且つ正確な手順での調薬が出来ると言うスキルである。

 材料揃えて手を翳してポンとはならない。

 知識と経験を積まないと取得出来ない技能と技術と知識に裏打ちされたスキルなのだ。

 なお余談として、この惑星にも『本草綱目』の様な書物があり、そこには千五百種以上にもなる薬効のある動植物や鉱物の詳細が掲載されている。

 この惑星ではファンタジーによくある治療魔法のような便利なものは存在していない。

 故に怪我や病気になれば、民間療法も存在するにはするが、しっかり対処するなら医者や薬師に頼り、薬を処方してもらうしかないのである。

 また、ファンタジーと言えばポーションが定番ではあるが、その類も存在しない。この惑星でポーションと言えば錬金術師が小遣い稼ぎで作る効果の怪しい栄 養 剤(精力剤・回春剤)の事だ。

 みるみる怪我や病気が治ると言うような代物ではない。

 神々が実在し、レベルやステータス、スキルがある世界ではあるが、存外、現実的で世知辛い世界でもある。



・・・・・・・・



 徒歩の旅を続ける二人は、とある宿場町の近くまで来ていた。


「ダッキさん、もうすぐリモ領に入るね」


「そうですね。このペースなら明後日には領境でしょうか。途中に宿場町が二つと脇に逸れると村が三つありますが、どうします?」


「急ぐ旅じゃないけど、村には寄らないで行こうか。次の宿場町には日暮れのだいぶ前に着きそうだね」


 薬箱を背負い、護身用の六尺棍棒を杖代わりにして、街道を歩く二人。日は既に子午線を過ぎて西に傾きつつある。

 普通の歩き旅ならそろそろ休憩を入れる頃であろうか。しかし、不眠不休で動ける二人はそのまま歩き通して日が暮れる相当前に宿場町へと着いてしまった。


 エンラモントィ国では宿場町への入場の際には入場税が取られない。

 では税が取られていないのかと言えば、実は宿泊費に税が上乗せされていて、宿泊客から自動的に徴収されるようになっている。税額は入場税が取られる町等よりも低いのだが、連泊すると逆に割高になってしまう。

 病気や怪我で連泊せざるを得なかった者は、宿屋に証明して貰い、役場に届ける事で余分に払った分が還付されるようにはなっている。


 宿場町に入ると、二人を見た人々がざわついた。

 旅装とは言え、タマモとダッキは優しげな美少女と妖艶な美女のペアである。人目を引かない訳がない。

 しかし、その辺の破落戸(ごろつき)でも銀狐族や金狐族の見た目に騙されると痛い目に遭うと知っている。

 もし銀狐族や金狐族相手に乱暴狼藉でも働こうものなら、例えそれが王侯貴族であろうと問答無用で自爆覚悟の殺傷力の高い魔法が飛んで来るのだ。

 更に恐ろしい事に、金狐族と銀狐族は互いに朋友と認めあっており、同族意識が非常に強い。

 見知らぬ氏族の者でも、襲われたとか理不尽な目に遭わせられたなどと知ると、これまた問答無用で報復対象となるのだ。

 これが原因で取り潰しとなった貴族が他国に居たりする。

 意外と武闘派な両種族である。

 タマモとダッキが、旅先でトラブルに見舞われなかったのは、この事も一因であったのかも知れない。


 割と早い時間に宿場町に着いたので、宿の確保は楽に終わった。

 彼女達は大部屋には泊まらず、必ず二人部屋に泊まる事にしている。

 理由は言わずもがな、みくりや丸の船内へアクセスする為である。

 薬草類の中には摺り潰したり粉砕した時にキツい匂いを出す物があり、迂闊に宿の部屋では作業が出来ないから、みくりや丸の船内で作業するのだ。


「ダッキさん。宿も取れたし、ご飯でも食べにでも行く?」


「まだ時間的に早くないですか? それよりも先に埃を落としましょうよ」


 この旅でタマモは食事の楽しさを思い出していた。それに付き合うダッキも、味覚という物を学習し、タマモを通して食事に伴う快の感情というものを理解し始めている。


「あー、身体には付かないけど、服は確かにね。んじゃ街着に着替えて埃落としでもしとうこか」


「脱いだついでに背中拭きましょうか?」


「ダッキさん、面白がって当てて来るし揉んで来るし触って来るから自分でやるよ」


「軽いスキンシップじゃないですか。タマモもお返しして良いのに」


 旅により人と接する事で、タマモの心は完全とは言えないが、かなり良い方向に癒やされ快復していた。

 また、ダッキも深い部分で変化してきている。

 OSで言えばカーネルよりもっと深い部分、よりハードウェアに近いファームウェアに例える事が出来る所で、タマモの大脳辺縁系を模したプロセスが生まれつつあった。

 タマモが宇宙で身投げした後、ダッキが『より生物に、人に近付く事』を選択したが故に。タマモの感情や情動、情緒を理解し、そして彼女に寄り添う為に。

 今後、ダッキがどう変化していくのか、ダッキ自身も予測出来ないでいる。


「ダッキさんに仕返しすると、さらに倍返ししてくるじゃん」


 ……なにをしてるんだか、この金銀コンビは。うまやらしいぞ(変換できない)


 二人姦しくじゃれ合いながらも、テキパキと着替えて、宿の裏庭にある井戸を借りに行く。

 水浴びではなく、旅装の埃を払い、軽く水で濯いで干す為である。

 この旅の最中に、タマモはどうにか生活魔法が使えるようになった。

 その中の『脱水』は洗濯物を乾かしたり、採取した薬草類を干したりするのに便利な為、他の生活魔法に比べて使用頻度が高い。


「ほんと、苦労したけど生活魔法って便利だよね。使うのは殆ど脱水だけどさ」


 濯いだ旅装を『脱水』しながらタマモが笑う。宇宙の運送屋をしていた頃は、こんな屈託な笑顔を見せた事は無かく、どちらかといえばシニカルな笑いが多かった。

 この変化にダッキは『嬉しい』という感情を抱いている。そして自然と笑みがこぼれるのだ。


「タマモ、仕上げは私がやりますね」


 ダッキは旅の最中に、そのチートな能力で、世界常識から得たデータベースから魔法の知識を漁り、この世界(惑星)で使われる主な魔法の全てを(・・・・・・・・)習得してしまっていた。


「ありがとう、ダッキさん。ほんと、全魔法取得とか流石は超高性能人工知性体」


「誉めてもハグくらいしかしませんよ?」


 ふふっと微笑みを浮かべるダッキ。自然で艶っぽい表情だ。


 そんな時、二人に声を掛ける人物が居た。


「ちょっと済まない。あんたら二人、旅の薬師って言ってたよな?」


「おや、宿屋のご主人じゃないですか。何か薬のご入り用ですかー」


 現れたのは宿の主人である。人の良さそうな、恰幅の良い禿頭の親爺さんだ。

 ダッキに温風で乾かして貰った旅装をばっさばっさと振りながらタマモが返事をする。


「いやな、(せがれ)が熱を出しちまってなぁ。悪いが診てやってくれねえかな? お代は払うからよ」


 困ったという体で頭を掻く宿の主人。


「じゃあ薬箱持って伺いますね。カウンターの奥で良いんですか?」


「ああ、そこから儂らの部屋に行けるからな。来たら声を掛けてくれや」


「分かりました。ダッキお姉ちゃん、行こう」


「はい、タマモ。ご主人、すぐに伺いますね。それでは」


 そう、他人の目のある所では、タマモはダッキを『お姉ちゃん』と呼んでいるのだ。

 ダッキは軽く一礼するとタマモの後を追った。


 それを、鼻の下を伸ばして見送る宿の主人。


「いやぁ堪らんね。儂もあと三十、いや二十年若けりゃ」


「あと二十年若けりゃ何だって?」


「げぇっ! (かかあ)!」


 女将さんが現れた!


「あんた、金狐族銀狐族に手出しなんてしたら、ヤバいの分かってんだろうね?」


「お、おう。分かってらぁな」


「で、バカ息子が熱出したって、あたしゃ聞いてないんだけどね」


「あ、いや、なんだその、な?」


「な? じゃないよ、あんた! この、すっとこどっこい!」


 その時、宿の方から派手な破砕音とともに男の叫び声が聞こえた。

 暫くすると、泡を吹いて気絶している若い男の首根っこを掴んだタマモが、怒りの形相で肩を怒らせ引き摺りながら歩いて来た。

 その後ろには薬箱を持って苦笑いのダッキが続く。


「あんた、この宿、終わったかも知れないねぇ……」


「ああ……」


 宿の主人とその倅は、ダッキの妖艶な美貌に中てられて、魔が差したのかも知れない。


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