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07 星巡りの末に

 暫く宇宙を漂っていた二人。その後ダッキは人化を解き、タマモを船内へと収容した。


「ダッキさん、あたしどれくらい眠って(・・・)たの?」


 不思議な経験をした後、タマモは自分の事を自然と『(わたし)』ではなく『あたし』と言うようになっていた。それは拉致される前に玉緒が使っていた自称だ。


船内時間(地球時間)で四十九日です』


 追善法要と同じ日数なのは、果たして必然か偶然か。


「……エネルギー、よく保ったよねぇ」


『生物で言うなら仮死状態でしたからね。消費エネルギーが通常の二十分の一以下と推測できます。ところでタマモ、その……』


「ん? なに、ダッキさん」


『気分はどうですか? まだ(つら)いですか?』


「うん、人間(・・)、そんな簡単に割り切れるものじゃ、ないからね。でも大丈夫。お父さん、お母さん、真緒に発破かけられて、なんとか前を向けたかなってね」


『辛くなったら言って下さいね? いつでも人化してタマモを抱き締めますから』


「えへへ……、なんか照れ臭いかも。ダッキさん、ありがとう」


 タマモの照れ笑いは自然なものだった。ダッキは、その笑みを見て今までのタマモと違う事を理解する。


『タマモは、そんな顔で笑う事も出来たのですね』


「そうかな? これからはもっと自然に笑えるようになるよ。……うん、なれるといいなぁ」


 タマモは操舵室のキャプテン・シートの上で膝抱え、顔を伏せ、肩を震わせたながら言う。


「正直ね、まだ怖いの。前を向こう、元気になろう、生きて行こうって思っても、足がすくんじゃう……」


『タマモ……、ねえ、タマモ。探しに行きませんか? 前に言っていた、基地(ベース)を設置する星、それを探しましょう。この星系に無ければ他の恒星系へ、そこでも無ければ、また別の恒星系へ。旅をしましょう』


「それ、いいかもね。でもダッキさん、燃料はどうするの? それにさ、強重力源の調査もしながらじゃないと、ロスト・ジャンプする危険性もあるよ?」


『なにも長距離ジャンプはする事は無いんですよ。それに、まだ恒星間航行をするって決まってないでしょう?』


「あ、そうか。この星系で見つからなかったら、だよね」


『そうですよ、タマモ。ゆっくりと探しましょう』


「うん……」


 この恒星系には、ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)に、二つの惑星が存在している。

 一つはタマモ達が召喚された惑星、もう一つはその惑星の内側の軌道を公転している。

 そのもう一つの方を第一惑星、召喚された惑星を第二惑星と呼称し、外側に行くに従って第三、第四と呼ぶ事にした。

 ハビタブルゾーンの内側には岩石型の準惑星が二つ存在するのみ。

 ハビタブルゾーンの外側には、岩石型の惑星が二つ、ガス惑星が三つ並んでいて、岩石型惑星の軌道の間に小惑星帯がある。

 ガス惑星の外側、恒星系外縁天体となる。太陽系では所謂カイパーベルトと呼ばれる領域だ。


 ハビタブルゾーンの内側にある準惑星は除外された。重力測定で、準惑星の質量が小さく、期待される資源が少なすぎたのが理由だ。

 それと一つは恒星に近いので熱すぎるという問題もあった。


 次に調査されたのは、召喚された惑星の内側の軌道にある第一惑星。

 資源に関しては申し分なかったが、地殻の活動が活発に過ぎて、惑星の至る所で噴火と地震が発生している有り様だった。

 原因は連星と言って良いほどの大きさの衛星との潮汐力にあると思われる。また、この衛星も地殻変動が激しく、候補足り得なかった。故にこの惑星と衛星も除外された。


 第二惑星そのものは除外対象だが、この惑星には地球の様に大きめの衛星が存在した。地球の月は直径が地球の約四分の一であるが、この第二惑星の衛星は、惑星の五分の一程度。

 重力測定により、この衛星も資源が乏しいと予想されたので、除外された。


 次は第三惑星。第二惑星と非常に良く似た惑星で、質量は第二惑星よりも若干小さい。

 衛星は無く大気と凍った海があり、資源も豊富そうで地殻も安定していた。

 生物の生息が認められたらが、原始的な偏性嫌酸素性のバクテリアのみ。ここが第一の候補とされた。


 第四惑星は、表面が氷で覆われていた。レーダー探索の結果、氷の下には平均水深五千メートルの深い海がある事が判明。ここは陸地の存在しない『水の惑星』だった。開発難易度が高く、これも除外された。


 そして小惑星帯やガス惑星の衛星を調査し、恒星系外縁天体へと進んだが、特に目ぼしい天体は見付けられなかった。


 結局、タマモ達は調査には三年以上を費やした。

 その間、タマモの心の状態は徐々にではあるが快復して行った。


『現状では第三惑星が最適ですね。地殻も安定していて、大気と水もあり、地下資源も豊富な事が予測されます。生息しているのも原始的な偏性嫌酸素性バクテリアのみなので、環境に配慮する必要も少ないでしょう』


「バクテリアかぁ。設置の時に、船の内外が汚染されないように注意が必要だよね」


『生物としてはかなりデリケートですよ。惑星大気圧での濃度三十パーセント以上の酸素か、地球単位で摂氏五十度の温度で全て死滅します』


「それなら、いつもの方法で大丈夫なのかな?」


『防疫用の船体高温処理ですね』


 星間文明では、有機生命体が存在する惑星へと降下した宇宙船に対して、星系を離れる前に船の内外を一定以上の高温にする事を義務化している。

 通常はそれ専用の検疫用宙域が、星系の主星近傍に設定されている。

 乗員は全て、検疫用ステーションに収容して検疫の為の検査を受けさせられる。

 その間に、宇宙船の生命維持装置を全て停止させ、人工知能のみの自動制御にて主星へと近付けさる。そして恒星からの熱で船体ごと、謂わば炙り焼きにするのだ。

 この検疫の手順を全て行って初めて船は星系離脱が許可される。


「検疫ステーションが無いから、あたしは乗船したままだね。この身体なら三百度くらいなら平気だから問題ないでしょ」


『それでは早速、設置に向かいましょう』


『ダッキさん、その前に船体高温処理やっておこう。いくらバクテリアしか居ない星でも、第二惑星の微生物とか持ち込むんじゃうと、ね』


『それもそうでした。主星近傍へと向かいます』


 みくりや丸は、ゆっくりと軌道遷移を行い、主星近傍の軌道へと進路を取った。


「ねえ、ダッキさん。基地(ベース)が完成するまでさ、あの星、第二惑星のどこかの田舎で暮らしてみない? 畑とか耕しながら、のんびりとさ」


『私達は、食料は必要としませんが。なぜ食料生産を?』


「そうじゃなくて、船の中ばかりじゃなくて、土の上で生活してみたいかな、なんてね」


『そうですか。一時的でしたが私も地上での暮らしは結構気に入ってましたよ』


「ダッキさん、あれは暮らしじゃなくてサバイバルだよ。あはははは。あー可笑しい」


 タマモが笑う。久し振りに声を上げて笑う。思考リンクを通してダッキにはタマモの『快』の感情が流れて来ていた。


 みくりや丸は、そんなタマモを乗せて、一路、目的の惑星へと向かうのだった。



・・・・・・・・



 目的の第三惑星は、凍りついた海と大陸のある、大気に満ちてはいるが荒涼とした星だった。

 もう少し内側の軌道だったなら、第二惑星のような生命溢れる星になっていたかも知れない。


 その惑星の地表に、みくりや丸は着地、正確には地表から一メートルほど浮かんで停泊していた。


 その惑星上に、タマモは船外作業服を着て上陸していた。


『ほんと、地上には何も無いね』


 景色を眺めながら、タマモは何気なく呟いた。


『この地下に露天堀り出来るレベルの鉄鉱床が存在しています。炭素は少ないですが、大気中の二酸化炭素で賄えますから、スタートアップは問題無いと判断出来ます。近くに正マグマ鉱床も見受けられますから、プラントが拡大して行けば、そちらの資源も利用出来るようになりますね』


『最初は鋼鉄から建設や採掘の機械を作るんだったかな?』


『そうです。その後、プラントが拡大して行けば最終的に目的の基地(ベース)が完成します』


『ダッキさんの計算だと、基礎開発からだから早くて五十年だったよね。』


『その後の拡張も可能ですよ。何なら居住可能惑星への改造(テラフォーミング)までやってしまいますか?』


『何年かかるのよ』


 タマモは苦笑する。居住可能惑星への改造(テラフォーミング)なんて星間文明でも、本気で取り組んで千年以上かかる大事業だ。

 小惑星開発キットからスタートさせてだなんて、万年単位になるかも知れない。


『さ、ダッキさんの冗談は置いといて、設置開始しちゃおう』


『冗談ではなかったのですが……。私も人化して手伝いますよ』


『GTTの重力場制御しながら、身体も制御できるとか、やっぱりダッキさんは凄いなぁ』


『借金完済の時の余剰金でメインフレームを拡張して貰えましたからね。あと最近、サブフレームも増設してくれたでしょ? 義体を用意してくれる為だって分かってましたよ』


『なーんだ、バレてたんだ』


『思考ダダ漏れはタマモのデフォルトですから』


『あはは、それはそれとして、設置作業を始めようよ』


 タマモは照れ笑いをすると、ダッキに促した。最近、笑う事が増えたタマモを見ながら、ダッキは思考プロセスにまた(・・)変異が生じるのを認識する。

 サブフレームからの自己診断では悪影響を及ぼすようなものでも無いので、ダッキは敢えて今回もそれを修正しなかった。

 タマモの大脳辺縁系がその機能を取り戻してから、彼女から流れてくる様々な本能に根ざした感情、情動、情緒、生物の持つ欲などが、ゆっくりと確実に、ダッキを普通の(・・・)人工知性体から逸脱させようとしていた。

 その事に、タマモも、ダッキ本人(・・)すらも気が付いていなかった。



 さて、小惑星開発キットとは言ってはいるが、その外観は履帯、或いは車輪の付いた箱の集団である。

 作業員の指示で所定の場所まで移動すると、自らを固定する。

 その後は配管や配線が為されたダクトで、各車両と言うかモジュールを接続して完了となる。但し初期採掘用の機器は独立稼働するので接続の対象外だ。

 なお、普通はダクトの運搬は現場に事前に搬入されているフォークリフトの用な車両によって自動制御で行われるのだが、生憎とタマモ達は、それを所有も搭載も、貨物として積載もしていなかった。

 故にダクトの運搬はダッキの重力場操作とタマモ達の両の手で行われる事となる。


『オーライ、オーライ。はい、ストップ! ダッキさん、そのまま保持しといてー』


『タマモ一人で大丈夫なのですか?』


『平気だよ。位置調整してポン付けで接続だもん。楽勝楽勝』


『調子に乗って接続カプラを破損させないで下さいよ』


『マニュアル通りにやるから大丈夫。あたしってそんなに信用無いかなぁ』


 モジュール固定が終わり、ダクトの接続を行うタマモとダッキ。作業は順調に進んで行く。


『これで最後と。よし、全部終わったよ』


『接続プリ・チェックしますね。タマモ、一度離れて下さい』


 ダッキが人化した身体で、モジュールを一つ一つ操作しながら、接続に問題が無いかを確認して行く。


『はい、プリ・チェック問題無し。リアクター試運転に移りましょう。タマモは船内に退避して居て下さい』


『ダッキさんの過保護が加速してるー』


『いいから船内へ戻ってて下さい。万が一と言う事もあるんですよ?』


『これで事故が起きたって聞いた事ないのに……。ダッキさん、そんな睨まないでよ。はいはい、船内へ退避します』


 タマモは、すごすごとランプドアから貨物デッキへと入って行く。

 そして、リアクター試運転は何も問題無く終了し、各モジュール、採掘機器の確認も正常に終わり、全体の試験稼働も問題無しで終わった。


「それじゃいよいよ本稼働だね。暫く留まって様子を見る?」


『そうですね。何かあった場合に即時対応が出来ますから。様子見が終わったら主星近傍まで行って船体高温処理を行います』


 ダッキは人化を解いて、みくりや丸の姿に戻り、タマモはいつもの操舵室に入っている。


「そうだね。その後は、適当に第二惑星を旅しながら住むとこ見付けて、そこに暫く定住かな」


 ダッキは思考プロセスの中で、タマモが人々と触れ合う事での、彼女への影響を考える(・・・)。結果、悪い影響は無いだろうと結論づけた。

 タマモは改造される前は普通に人々の中で生活して来たのだ。寧ろ現状より更に良い方向へ向かうかも知れない。

 ダッキは、思考プロセス内に、そんな希望(・・)願望(・・)が生まれた。


『私も楽しみです』


「取り敢えず、現地で浮かない様な服とか装備とか作っておかないとだね。どうせ暇だし、あたしが調べとくね」


 そう言うと早速タマモは操舵室で思考リンクを使い、ダッキが世界常識スキルから作ったデータベースを操作し始めた。


『タマモ、前に造った端末は使わないのですか?』


『あれはお外用、船内(おうち)なら大画面で見るに決まってるじゃん』


 拉致前は、外でスマホを使っても、家では絶対にパソコン、と言う微妙な拘りを持っていたタマモであった。


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