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02 帰還不能の異空間

 みくりや丸はタマモとダッキの二名により運用されている。

 しかし、いかな人工知能搭載船でも、普通であれば交代要員が複数乗船しているのが常である。

 ではなぜ、みくりや丸が少人数での運用が可能なのか。これはタマモに因るところが大きい。


 タマモは全身が人工細胞に置換されてしまった事で、不眠不休でも問題の無い身体になってしまったのだ。

 更に、通常の飲食が不要。彼女の人工細胞はその内部に存在するナノマシンによって、凝縮核融合反応膜が形成されており、通常は水(H2O)を摂取するのみで彼女の身体は活動・維持される。

 この凝縮核融合反応膜は、水素の核融合ばかりか、それより重い元素の核融合や核種変換も可能で、最も安定なニッケル(Ni)まで核融合・核種変換できるのだ。

 これらの元素が基本となり、彼女の身体の人工細胞は構成されている。

 それ以外にも微量だが必要な元素はあるのだが、それらは寿命を終えたナノマシンからのリサイクルでほぼ補えるので、かなり長いサイクルでの定期摂取で済む。

 また核融合・核種変換で生じる放射線は、凝縮核融合反応膜に付帯するエネルギー変換格子器官により、熱エネルギーや電気エネルギー、化学的エネルギーなどへと変換・転化されて血管様器官や神経様器官を通して全身に供給される。

 また喫食した物は、どの様な物でも元素まで分解され、完全に吸収されてしまう為に基本的に排泄の必要も無い。(核融合・核種変換されて余剰分となった物は一定量は身体に貯蔵されるが、それも超えると排出が必要になる。酸素、窒素、炭素、ネオン等は気体として排出可能であるが、鉄、ニッケル等の重い元素を核種変換で軽い元素にして気体として排出するのはエネルギーの無駄となるので核種変換しての排出は行われない)


 タマモ曰わく「う○こじゃないから恥ずかしくないもん!」だそうだ。

 いや、出すとこ一緒だろ、と小一時間ほど問い詰めたい。


 タマモは基本的に水以外の飲食と、体内余剰分元素以外の排出(排泄)が不要の身体になってしまっているので、みくりや丸をタマモとダッキだけで運用するなら、食料を積む必要も排泄物処理設備(トイレ)を船内に設置する必要も無いので、その分のスペースはダッキのメイフレーム拡張や、娯楽の為のコンテンツ保管システムに割り当てられていたりする。


 更に長い宇宙船生活と、借金の為にしていた節約生活が祟り、タマモにとって食事とは、贅沢な嗜好品扱いになってしまっている始末である。


 曰く「水飲んで土食ってれば取り敢えず動けるから」とはタマモ本人談である。


 生物からは逸脱してしまったが、幸いにも、彼女には各種感覚(五感)や体液分泌(唾液・涙・汗等)、無条件反射等の機能は残されている。そのお陰で、保護直後に泣くことが出来た訳であるのだが。


 他にもまだまだタマモの身体には秘密があるのだが、それは追々明かされていくだろう。


『イン・ポイント到達。主機起動します』


「了解。ジャンプ・アウトは二時間後かぁ。それまではまた暇になるねー」


『私は色々と忙しいのですが?』


「頼りにしてるよ、ダッキさん。今度AV(アニマル・ビデオ)コンテンツ購入するから許してね」


『ありがとう。それでタマモ、私専用の義体も欲しいのですが、ダメですかね』


「あー、小動物をモフりたいって前から言ってるもんねぇ。でもなー、ダッキさんの要求仕様のってエラい高いんだよ。何よあの見積もり。二百万クレジットって! 何もしないで五十年以上は余裕で暮らせるだけの値段よ?」


 日本円換算で四億円である。サラリーマンの生涯収入以上のお値段である。


『船の改造・改装で五億クレジットの借金をした人が何を言ってるんだか』


「商売始める為の必要経費だったんですぅ!」


 頬を膨らませて抗議するタマモである。そんなタマモを無視してダッキは告げる。


『主機起動しました。ジャンプ・インのシーケンス開始しますよ。再計算しましたが再突入は予定通りです。ほら、席に着いてコマンド発令して下さい』


「ほんと、律義と言うか融通が利かないと言うか。はいはい、それじゃジャンプ開始!」


前方障害物無し(クリアード)。ジャンプ・シーケンス開始。カウントは五。五、四、三、二、一、ジャンプ実行(エグゼキュート)


 次元重力子衝撃駆動航法装置から発せられる重低音と共に、みくりや丸は、この宇宙のDブレーンから離脱した。


「んん、何回経験しても、このジャンプ中の自分が在る様な無い様な違和感て慣れないなぁ」


『私は何も。強いて挙げればいつも通りレーダーと外部センサーが無反応(イン・アクティブ)な事ですが』


「不思議だよね。私って存在としてはダッキさんに近しいはずなんだけど、この感覚って普通の知的生命体と同じらしいんだよね。あれ? 違和感が消えた?」


『タマモ、おかしいです。メインデッキ以外には無いはずの重力が。船の下部方向への重力が船内全域で確認されました』


「なによそれ? どっかの惑星か、最悪恒星表面でもジャンプ・アウトしたって事? もしそうなら私達も無事じゃないよね。レーダーとかセンサーは?」


『ジャンプ中と同じく全て無反応(イン・アクティブ)


「あのさ、これって理論的には予測されてたけど観測例が無い散発性(Sporadic)異常(anomaly)空間(brane)、てヤツじゃないかな? 講習の時に聞いた記憶があるよ」


『Dブレーン外に現れると予測されてる疑似空間ですね。真空の確率的な揺らぎで発生しては消える、場合によっては宇宙まで成長すると予想されてるアレですね』


「あちゃー。だとしたら脱出は不可能か。私達の宇宙との紐付けが無くなっちゃうようなもんだからなぁ」


『この空間に再突入したと言う事は、そうなんでしょうね。消滅する確率が高いんですよね。タマモ、長いようで短い間でしたが、ありがとうございました』


「あー、こんな唐突な終わり方するとは私も思わなかったよ。ダッキさん、私からも、ありがとうね。私の所に来てくれてさ。楽しかったよ」


 笑顔で、しかし涙ぐむタマモ。

 散発性異常空間に捕らわれたら、脱出は不可能。諦めるしか無いと理論的にも結論づけされていると、船舶の講習会で教わっていた。何も手は打てず、足掻きようもなく、諦めるしか無いのである。


 その時、彼女には、どこからか声が聞こえた気がした。


―……す……か……き……すか―


「んん? スカ? ハズレくじかいな。確かに盛大なハズレ引いた気分だよ」


『タマモ、どうしました? どうしましょう、元から変だったけど、ついにタマモがおかしく』


「いやいやいや、違うよ! 声が聞こえた気がするんだよ!」


『センサーは相変わらず無反応ですが?』


―きこ……か。……たら……じを―


「んんん? ダッキさん、ちょっと待ってね」


―……返事をし……さい―


 耳から聞こえて来る訳ではなく、直接に頭の中で聞こえて来る感じの声にタマモは戸惑う。『聞こえたら返事を』と言っているようだ。テレパシーみたいなものかと思い、タマモは試してみた。


―なんとなくですけど、聞こえてますよー!―


―ああ! 良かった。聞こえてるんですね―


「うわっ! はっきり聞こえたよ……」


『全センサーは相変わらず無反応ですね』


「会話出来るか試してみるよ。もしかしたら脱出のヒントがあるかも」


 戸惑い困惑しながらもタマモは会話を試みる。


―あのー、どちら様で? 私達はこの変な空間に捕らわれて脱出不可能なんですよ。何かご存知ですか?―


「ダッキさん、思考リンク無制限で繋ぐの許可するよ。ひょっとしたらダッキさんもこの謎の声と会話出来るかも知れない」


―それについては誠に申し訳なく。原因はこちらにありますが、事故の様なものです―


―その辺を詳しく―


―会話パスが繋がったお陰で位置が分かりましたので、そちらにお伺いして説明しますね―


 そう言うと、タマモには声の気配が遠ざかったような気がした。


「ダッキさん、聞こえた?」


『はい、タマモを通してはっきりと聞こえました。こちらに来るとか言ってましたが、どうやって来るのでしょうね』


―お邪魔します―


「うわあ! ビックリしたぁ!」


 突然、ここメインデッキの操舵室、タマモの目の前に一人の女性が現れた。驚いたタマモの尻尾がピンと立ち上がり、毛が『ぷわっ』と膨らむ。お前は猫か。


 タマモの目の前に立つ女性、青い髪はしているが、どう見てもヒューノイド、髪色を除けば地球人とも思えるが、その美貌は人間離れしていた。


「な、なな、何者っ!?」


 狼狽えながらもタマモが誰何すると、女性は優雅に一礼する。


―始めまして。(わたくし)はイスカリア。とある惑星で管理者をさせて頂いている女神です―


「女神……さま? ダッキさん、センサーでこの方の姿、認識できてる?」


『……ええ、認識出来てます。処理落ちして少しフリーズしていました』


「ダッキさんがビックリしてフリーズするとか初めてなんだけど……」


―あの、どなたとお話を?―


 首を傾げる女神を名乗るイスカリアという女性。口が動いていない。


「あ、済みません。私はタマモ。それで今、私と話してたのは、この船の管制・管理・運用をしている人工知性体のダッキさんです」


―船、ですか? ああ、この大きな物は船だったのですか―


「そうですそうです。恒星間輸送船の『みくりや丸』、私の持ち船なんです。それでジャンプ中に、この散発性異常空間と思われる所に迷い込んでしまって立ち往生してたところなんですよー。どうしてこうなったかご存知なんですよね?」


 ほとほと困ったと言う体で訴えるタマモに女神イスカリアが応える。


―それについては大変申し訳なく。実は、私の管理する惑星のある国が召喚魔法陣を使いまして―


「召喚、ですか?(なんか昔に読んだファンタジー小説みたい)ええと、私の理解だとなんかこう、不思議パワーで異世界から勇者やら何やらを喚ぶ事で合ってます?」


―ええ、概ねその理解で宜しいかと。遠い過去に別の神から人に与えられたものの、悪用されたので全て破棄したはずなのですが、一つ残っていまして。神託を下して使わぬ様に警告はしたのですが、それを使われてしまいました―


 眉尻を下げて、済まなそうに頭を下げる女神イスカリア。


「それで、私達が巻き込まれて、ここに?」


―はい。どうやら召喚パスが伸びている所に貴方が、いえ貴方の船が触れてしまい、パスに乗ってしまいまして―


「あー、本当に事故なんですね。それにしても、神様が実在する世界で、その警告を無視するとか、ろくでもない国ですねー。えっと、それでですね、私達はここから元の場所に戻れますかね?」


―申し訳ありません。召喚パスは一方通行でして。それに貴方達がここに来た事で、元の世界との繋がりが切れてしまいました。元の世界の位置も特定出来ません―


「やっぱりそうなるかぁ」


『予測されてる散発性異常空間への突入ケースと同じ状況ですね』


「となると結果は脱出不能。やっぱり、この空間ごと消滅かぁ。悔しいなぁ」


―いえいえ! 召喚先へと行って頂ければ、存在が消える事はありませんから! ご悲観なさらずに!―


 タマモの言に、慌てて女神イスカリアが否定する。


「えーっと、お話からだと正式と言うか正常な召喚ではないんですよね? 大丈夫なんですか、それ」


―はい、問題はありません。その為のこの空間でもあるのです―


 女神イスカリアによると、この空間は偶然発生した散発性異常空間ではなく、神々が召喚者に説明したり、様々な付与を行う為に永続的に設けられているものらしい。よって消滅する事は最悪の場合でも無いとの事だ。


「付与? なんですか、それ」


―界渡りをした方が困らない様に、言語理解を初めとした生活に役立つ、或いはすぐに死なないようにする為の能力を与える事ですね―


「んー、なんか昔読んだファンタジー小説のスキル付与っぽいですね。まぁ私達は特には必要ないかな。ほら、私達だけで宇宙に出てしまえば問題無いてすし。補給の問題はあるけど、時間をかければ何とかなるだろうしなぁ。いやマテ。あの、ちょっとお聞きしたいのですが、この船、みくりや丸って、そちらに持って行けるんですか?」


―召喚されるものの大きさは、召喚魔法陣の大きさに依存するので、残念ながら―


『タマモ、私は大丈夫ですから。貴女だけでも』


「イヤだよ、ダッキさんも一緒じゃなきゃ! ダメなら私もダッキさんとここに残るよ!」


 ダッキはいわば、タマモの家族だ。置き去りにして、離れ離れになるのは受け入れられない事だった。


―あの、幾つかの方法は有るにはありますが―


「どんな事です!? お願い、教えて下さい!」


―一つは、タマモさんに異空間収納を取得して頂いて、そこにこの船を収納してから召喚される。それともう一つは、この船の意思であるダッキさんに『人化』を取得して頂いて、人化して人と同じ大きさと姿になって頂いてからお二人で召喚される。取り敢えず提案出来るのはこの二つですね。縮小化と言うのもありますが、縮小した場合に、はたしてこの船の絡繰りが正常に動くかどうか……―


『! そこ、人化について詳しく!』


「ええ……、ダッキさん。ああ、前から義体欲しいって言ってたもんね。動物モフりたいから……」


 人化と言う言葉にダッキが食い付くと、タマモは呆れたように溜め息を吐いた。


―あの、人化は上手く行くかは保障できませんよ? 知性を持ったドラゴンでも取得が難しいスキルですので―


「やっぱスキルって言うんだ……」


『構いません。ダメだったらタマモに異空間収納とか言うのを取得して貰って一緒に行きますから。お願いします』


―では、少しお待ちを―


 女神イスカリアが手を組み何やら祈り始めた。暫くすると操舵室全体が薄く光り、すぐに元に戻る。


―一応、スキル付与は出来たみたいですね―


『意識領域のパラメーターの一部に不明なプロトコルが確認されました。詳細を解析してみます』


 そう言うとダッキは黙り込み、改変された自身の一部の解析を始めた。


「了解。使えるようになるといいね」


 タマモはダッキにそう声をかける。すると女神イスカリアがタマモへと話しかけて来た。


―タマモさん。よろしいでしょうか?―


「あっ、はい。なんですか?」


―一応は現地に一度は行く事になりますから、言語理解とか言語取得とかは必要になると思います。それに魔法とかもありますよ?―


「スキル取得ですよね? いや、私達ってなんと言うか機械生命体と言うか知性体と言うか、生物の範疇から外れた存在なんですよ。ダッキさんへの付与は上手く行ったみたいですが、生物用のスキルが果たして発動するんでしょうかね?」


―それは問題無いかと。パペットなどと言う、非生命体の魔物でもスキルを持ち、魔法を使いますから―


「あー、そう言えばどんな世界か聞いてませんでしたね。居るんですか? その魔物とか魔獣とか怪しげなもの」


―そう言う知識を閲覧出来るスキルもありますよ―


「なんか、やけにスキル取得を勧めて来ますね。何かあるんですか?」


―はい。実は私の管理する惑星を含む管区を担当している神から『不慮の事故による被害者なのだから出来る限り便宜を図るように』と通達がありまして―


「なるぼど。イスカリア様って中間管理職みたいですねー。神様の居る宇宙って、面白いです。まるで役所か会社みたいで。あ、不敬でしたか?」


―いえいえ。今回は私どもの不始末が原因ですので。お叱りは覚悟しておりました―


「いや、イスカリア様に怒りをぶつけても解決しないし、それに不始末は前任者? の神様が破棄漏れをやらかしたからでしょ? そもそも禁止されてる召喚陣を使った国が一番悪いんじゃないかなーと」


―お心遣い痛み入ります―


『解析終了しました。これは面白いですね。プロトコルの構成もですが、心に強く思い描いた姿になるとか。これはCADデータのフォーマットを少し変えて本船のボディ・データとリンクすると処理が楽になりますね。ちょっと仮想肉体(イマジナリボディー)のデザインもしてみますから、待って下さい』


「はいはーい、じっくり納得行くまで取り組んでねー」


―凄いですね。ドラゴンとかは何となくで使っているのに―


「そりゃ、自慢の超高性能人工知性体のダッキさんですから」


―それで、スキル取得はどうされます?―


「そこに戻りますかー」


 まだまだ、この空間での女神イスカリアとの遣り取りは続く。

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