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01 諦めて前を向いた日から

 拙作『事故で異世界転移させられたら持ち船が人化した件~狐娘に改造された元地球人女子の異世界だらだら生活~』の三人称で改稿したものとなります。

 雰囲気は拙作、叡智の洞窟に近いかも知れません。(突然の鬱展開有りですし)

 感想等を頂けると非常に嬉しく、励みになると思いますので、よろしくお願い致します。

 銀河系のとある宙域を一隻の中型輸送船が航行していた。

 横から見たシルエットは、グリップを短くしたオートマチック拳銃の銃身の下に、長めのサイレンサーを懸下したような形をしている。

 登録船名は『みくりや丸』。ガーフレンジュル星系で登録されている、個人所有の恒星間輸送船だ。

 船名から地球の船かと思われるだろうが、それは違う。この時間軸でも地球人類はまだ恒星間宇宙への進出を果たしていない。


「ダッキさん、ウエイポイントまで、どれくらいだっけ?」


『横着しないでモニターを見て下さい。現在の慣性巡航速度であと一時間程です』


「注意しながらも教えてくれるダッキさん大好きよー」


『はいはい。分かってますよ』


 この船は、このタマモ一人で、いや、この船の人工知性体『ダッキ』との二人体制で運用されている。


 このタマモの出自だが、実は『元』地球人。日本の出身で本名は御来屋(みくりや)玉緒(たまお)である。

 父、母、玉緒、妹の四人家族。玉緒本人は、自分は垂れ目のタヌキ顔で、更に父親と母親のハイブリッド地味顔だと思い込んでいるのだが、実は周りの評価としては『柔らかい雰囲気の美少女』であった。なお、身長が百五十二センチと低いのがコンプレックスである。

 十七歳の大学受験も一段落した冬に、たまたま深夜のコンビニへ買い物に出掛けた際、星間国家間で指名手配されていた異星人に不法に拉致され、元の身体に戻せない様な人体改造をされてしまった。


 この指名手配犯は、星間文明基準では未開文明の惑星に居住するヒューマノイド種族の雌個体を拉致しては特定の(・・・)生体部品を移植しては、その後に何もせずに適当な惑星やコロニーに放置しては逃亡するを繰り返していた愉快犯と見られていた。

 それらの被害者は、保護されると生体部品を外され、記憶を操作を受けながらも無事に母星へと送り返されている。


 しかし、玉緒が受けた改造は、脳も含めた全身の細胞を特殊なナノマシンによって構成された人工細胞へと置換するものだった。

 これは星間国家間では、記憶保持処置を行わずに本人の承諾無しに人工細胞置換を行うのは、地球で言うところの殺人罪に相当する重罪である。

 特殊な記憶保持処理は、ある特定種族にしか出来ず、この処置を受けないで人工細胞への置換を行った場合、多くの者は人格や記憶を失い人形となり果てるのだから本人の死と同等なのだ。


 星間国家の警察機構が指名手配犯のアジトでその身柄を確保し、玉緒を発見した時は既に手遅れの状態だった。

 玉緒は身体的特徴はそのままに、耳は狐耳と変化し、尻尾が生え、また髪色と体毛は青みのかかった銀色、瞳の色は碧へと変化させられていた。

 人工細胞置換を施された彼女は地球人の外見からも生物の範疇からも逸脱した存在へと変えられてしまっていたのだ。

 ただ玉緒の記憶と人格が保持されていたのは不幸中の幸いであったが。


 玉緒を保護した彼らは、この不幸で哀れな少女を元に戻そうと試みるも、彼女の遺伝情報は一切残っておらず肉体の復元は不可能。

 また外見的なものだけでも元に戻せないかと人工細胞の再プログラミングを試みるもシミュレーションの結果は身体が崩壊するという悲惨なものであり、それも断念された。


 この事は保護されていた玉緒に伝えられた。そして同時に、身体を元に戻せない以上、このまま地球へ帰っても普通の生活はできないし、最悪は研究対象として軟禁か監禁される事も考えられるだろう、という事を彼らは伝えた。

 ただ、玉緒を拉致改造した犯人の目的だけは伝えたなかった。異星人達から見ても余りにも身勝手で猟奇的な理由だったからだ。


 玉緒は泣いた。自分の生まれ育った場所へ、家族の下へと帰れない事を嘆き悲しみ泣き暮れた。

 彼女は幾日も嘆き悲しみ、涙を流し、怒り、呪い、また嘆き、絶望し、そして全てを諦めた。

 彼女の作り替えられた身体は、普通の地球人類なら精神が崩壊してもおかしくない状況であるのに、彼女が狂う事を許さなかった。だから彼女は諦めたとも言える。

 狂わないまでも、玉緒が絶望と諦めへと陥って行くその姿は、余りにも悲壮で悲惨で痛ましく、彼女を保護した者達は心を痛めた。

 ただ、玉緒が狂わず、また自死を選ばなかった事だけが救いだった。


 この不幸な少女に対して保護した星間国家は出来る限りの補償を与えていた。

 市民権、教育、住環境の提供や仕事の斡旋等々、彼女がこの星間文明の社会で生活していく上での必要な事をサポートした。

 更には逮捕された彼女を拉致した犯人の種族から、お詫びと補償として犯人の全財産が玉緒に贈与された。


 その贈与された財産の中に彼女の拉致に使われた宇宙船、正確に言えば彼女を地球から拉致した連絡艇とその母船が含まれていた事で、彼女の運命は変わる。


「宇宙船って、誰でも操縦とか出来るんですか?」


 そう聞かれた玉緒の担当者は、鬱ぎ込み全てを諦めていた彼女を知っていたので、玉緒が自分から何かに興味を持つのは良い傾向なのでは、と思いながら玉緒に答える。

 余談だが異星人同士の会話は種族ごとのコミュニケーションの取り方の違いから、基本的に翻訳機により為される事が殆どだ。

 また地球言語についてだが、実は地球は保護観察惑星に指定されており、地球各地には各星間国家から持ち回りでエージェントが送り込まれている。

 その彼らから逐次送られて来る日本語も含めた言語情報で翻訳機はアップデートされているので玉緒との会話に問題は無い。


「個人での運用にも資格と免許が必要です。商用で使うなら更に営業資格とそれ用の免許が必要になりますね。それらの取得は大変に厳しいですよ?」


「はい。それで、どれくらいの時間とか費用が要るんですか?」


「そうですね。あのクラスの船だと……。地球時間で言うなら個人の資格免許だと講習に二千時間ほどですね。費用は二万クレジットが平均でしょうか。更に営業資格免許だとそれに操船経験一万時間以上と一万時間の教育講習費用、それに申請などで三十万クレジットはかかりますね」


 参考までに0.01クレジットが日本円で二円程度と思って頂ければ判断の目安になるであろうか。


 玉緒はそれを聞き考える。


―補償で貰った犯人の財産で、宇宙船以外は処分したから、手許には百万クレジットあるけど、これは取って置きたいよね。時間はこの身体なら幾らかかっても問題ないだろうし……―


「あの、補償で貰った宇宙船を担保にして、借入とか出来ますか?」


「あの船ですか。小型の割に高性能ですからね。最大で五億クレジットまでなら融資を受けられると思いますね」


「五億……もですか?」


 日本円換算で一千億円の感覚であろうか。つまり玉緒が受け取った船の価値は中古でもそれ以上あると言う事だ。


 その後、船の事や仕事の事など様々な質問をした玉緒は悩みながらも覚悟した。

 彼女は前を向いて進む事を、この時に決意したのだ。自分の心に、自分でも気付かないうちに蓋をして。


・・・・・・・・


「それにしても今回の仕事、結構おいしいよね。比較的楽な航路に、余裕のある日程。積み荷も危険物じゃないし、帰りも輸送の依頼が入ってるなんてさ」


『そうですね。寄港しないで無補給で往復が出来るのは利益率も上がりますから』


「補給中の繋留費、意外とバカに出来ないんだよねぇ」


 ダッキと会話しつつ、ウエイポイントまでの時間を潰すタマモ。

 この『タマモ』と言う名は、音声会話が可能な異星人達が『たまお』と発音、または聞き取る事が出来ずに、保護されてから割とすぐに定着してしまった呼び名だ。お陰で市民権の登録も『ミクリヤ・タマモ』で行われてしまっている。


 また、人工知性体のダッキだが、元々この船に備わっていた訳では無い。そしてダッキは最初から人工知性体では無かった。


 ダッキは、タマモが自分を拉致した犯罪者が使っていた人工知能をそのまま使うのを嫌がり、借金を重ねてまで新たに構築して貰った船舶管理・管制・制御用人工知能だった。

 正式名称を日本語に無理矢理に訳すと『直接動作カーネル及び能動的インターフェース』となる自己学習進化型の人工知能。それをタマモが乏しい英語の知識から並べた単語『Direct Action Kernel and Kinetic Interface』の頭文字を取って『DAKKI』と名付けたのだ。

 タマモは「私も狐娘にされて『玉藻の前』みたいな名前になったし、パートナーが偶然にも『妲己』とか、狐繋がりでお揃いっぽくて良いよね」との事。


 ダッキは最初は星間文明なら何処にでもある船舶用の人工知能だった。

 しかし長年のアップデートとタマモとの付き合いから知性を獲得し、地球時間で言うなら百年ほど前に、正式に知性体として認められた星間文明でも珍しい存在なのだ。なお、登録名は『ミクリヤ・ダッキ』でされている。

 因みに、タマモとダッキの付き合いはダッキの人工知能時代を含めると既に二百年以上にもなる。


 また、輸送船『みくりや丸』も、タマモが入手してから改造・改装が施されている。

 まず、円盤型の連絡艇は撤去され売却された。連絡艇のドッキングポートは塞がれ、代わりに上面三百六十度をカバーする自衛用の光学兵器、所謂レーザー砲が設置された。

 また同じく自衛用として船首には重力傾斜式レールガンが追加される。

 これらは宇宙海賊対策として追加された装備だが、後に述べる理由により、使われた機会は僅かしかない。

 更に大気圏内で使う展開式のスタビライザーの追加等があるが、一番大きいのは船体に後付けされた切り離し可能な貨物デッキだろう。

 これにより、みくりや丸は貨物輸送船としての登録が可能となり、また船体は縦列双胴船に分類される事になった。

 この追加された貨物デッキは、ある程度の自律航行機能を持ち、いざという時には最悪、積み荷だけで(・・・・・・)退避させる事が出来る。

 宇宙海賊に襲われてようが、事故が起きようが、荷物だけは意地でも守り通す。

 それが輸送船『みくりや丸』を運用するタマモの仕事に対する姿勢である。

 二百年以上の歳月は嘆き悲しみ諦め切っていた一人の少女を、鋼の意志を持つプロフェッショナルへと変えたのだ。

 なお、背負った借金は、最終的に、みくりや丸を担保に借りられる限度額まで膨れ上がったのだが。


「ダッキさん、次のウエイポイント『ゴミュンクス』近辺は安全宙域だよね」


『そうですね。ここ何年も事故や事件(襲撃)は起きていません』


「なんかさ、ここ百年くらい危険宙域通っても海賊に襲われた事ってなくない?」


『それは、まあ……。タマモはその筋では有名になりましたからね。紅白狐(べにびゃっこ)でしたか』


「その二つ名はやめくれー。あと私は白じゃないし。青みのある銀なんだよぉ!」


 揶揄うダッキにタマモが身悶えしながら反論する。二つ名は恥ずかしいらしい。


『バーニア・ユニット背負って単身で海賊船に乗り込んでは肉弾戦を繰り広げ、賊を全滅させるなんて事を繰り返したら、そうも呼ばれますよ。確か相手の返り血を浴びながら容赦なく殴り続ける姿から付けられたとか』


「えー、だってその方が安上がりでしょうに。バカスカとレールガンとかレーザー撃ってたりしたら弾代とかレメンテ代が馬鹿にならないし。それに丸ごと手に入れた船の売却益と臨時収入(討伐報酬)おいしかったですしおすし」


『借金で節約生活が長かったのは分かりますけど。最初の百年間は返済の為にハイリスク・ハイリターンの仕事ばかり選んでましたけど、輸送業務の報酬はかなり多かったんですよ? 何もそこまでして節約しなくても良かったじゃないですか』


御来屋(みくりや)家の家訓は『借金するべからず。万が一にも借りたなら、一刻も早く速やかに耳を揃えて返すべし』なのよ!」


『確かに利息を考えたら正しくはあるんですけど、なんか納得したくありません』


「まー良いじゃない。お陰でダッキさんが知性体と認められた時には借金完済してかなり余裕も出来てたしさ。お陰でダッキさんのメインフレームの拡張と傷んでた船体の改修も出来たんだし。それにしてもダッキさんも、ほんと言動が人間臭くなったよね」


『誰のせいですか、誰の。思考リンクからダダ漏れしてくるタマモの思考と妄想の影響ですからね』


 そう、つまりこう言った訳で、みくりや丸のレールガンとレーザー砲の出番が無かったのである。


 二百年以上の歳月と過酷な稼業は、普通の女子高生だった玉緒を、宇宙海賊も裸足で逃げ出すステゴロ上等な宇宙の運送業者『紅白狐のタマモ』へと変えてしまっていた。

 他にも『白銀の悪魔』とか『ぼてくりタマちゃん』とか色々と二つ名があるのだが、本人は知らない。


『タマモ、そろそろウエイポイント通過です。宙域管制に連絡を』


 宙域管制との遣り取りは規則で乗船している管理機関に登録され乗組員(・・・)が行う事になっている。

 知性体として認められていても、ダッキは言わば船そのものなので、乗組員として見做されない。

 そう言う規則故にタマモが宙域管制との通信を担当する。


「はいよー。あー、ベンデュロス宙域管制、こちらガーフレンジュル船籍『みくりや丸』。ウエイポイント、ゴミュンクスを通過。進路、標準方位○三二・一○六から○四四・一一九へ変更。変更後、イン・ポイント到達でウェンクチ外縁のアウト・ポイント三○七までのジャンプ予定。許可願います」


 口頭での申請の他に、データリンクによる詳細なデータを添付した申請も同時に行われている。

 管制官と人工知能が、協業で判断を下すのだ。なお判断結果を受けての主導権と責任は管制官にある。


『こちらベンデュロス宙域管制。ミクリヤ=マルの標準方位○四四・一一九への変更を許可。先行する船舶無し。変更後のウェンクチ外縁アウト・ポイント三○七までのジャンプも許可。イン・ポイントとアウト・ポイント周辺の状況はクリアです。良い航宙を』


「ありがとう。通信終わります。っと。ダッキさん、準備は?」


『全て終わってますよ』


「それじゃ進路変更後にイン・ポイントに入ったら、ダッキさん判断でジャンプお願いねー」


アイ(了解)キャプテン(船長)


 目指すは次のウエイポイント『ウェンクチ』その外縁にあるジャンプアウトの為に設定されたアウトポイント。

 星間国家間の取り決めで、一般船舶は決められたら航路に従いウエイポイントを通過しながら目的地まで航行して行くのだ。


 互いに軽口を叩きながら、タマモとダッキは二人三脚で、今日も依頼された輸送業務に勤しむのだった。


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